第16話 お坊様にお願い


 がさがさと草をかき分けて道に出て、マサヒデ達は寺へ向かう。


「こんな朝早くから、寺へ行かずとも良いじゃろうに・・・ふわあ、まだ眠いわ」


「今日はお坊様に相談があるからな。お坊様も一日中将棋をするとは言ってなかったろう。寺で寝かせてもらえ」


「トモヤさん、すみません。私達の都合で朝早くから」


「構いませんよ、アルマダさん。どうせ行かなければならないのですから」


「のう、マサヒデ。アルマダさんもじゃが、なんで刀を置いてきた」


「基本的に、寺は祭の参加者を入れてくれません。

 これは我らに泊まる所をご用意してくれたお坊様に対する、礼儀のようなものですよ」


「ふーん、良く分かりませんな」


「祭の間、もし寺に入る事があったら、得物は置いて入れ。絶対だぞ」


「分かった分かった・・・ん? もし寺へ行く前に襲われたりしたら、どうするんじゃ」


「先程言ったように、寺は基本的に祭の参加者を入れてはくれません。

 よって、参加者が寺へ近付くことはまずありません。ご安心下さい」


「じゃが、もしそれでも襲われたらどうしたらよいかの」


「逃げて下さい」「逃げろ」


「やっぱりか。ま、寺に駆け込めばよいか」


「ダメです。寺以外の場所に逃げて下さい」


「寺に逃げたらいかんのか?」


「ダメだ。お前、寺で殺生事を起こす気か」


「あー、そうか・・・そうなるわな。分かった」


「まあ誰も来ないとは思いますが、念の為、送り迎えは付けますから」


 トモヤはふうー、とため息をついて、


「送り迎え付きで将棋を打ちに行く、か。ま、贅沢な話し・・・じゃな」


「そうだ。お前もまた町で囲まれたくなかろうし、すまんがしばらく寺に通ってもらえるか」


「仕方あるまいの。それに、坊様の腕も楽しみじゃ。満更でもない」


「ならば良かろう」


 寺は昨晩聞いた通りすぐ近くで、話しながら歩いていると、読経の声がかすかに聞こえてきた。

 門の前に立つと、それほど大きくもなく古いが、しっかりとした作りであるのが分かる。

 庭には綺麗に玉砂利が敷いてある。


「・・・思ったより、なんというか、その、寺じゃな・・・」


「うむ・・・」


「あんなあばら家を・・・ゴホン、その、寺の方も・・・と、勝手に思っていましたが・・・」


 門を潜ると、庭の隅の方で掃除をしている小坊主がいた。

 マサヒデは笠を取り、小坊主に目礼した。


「失礼」


「はい。何でしょう」


「私、マサヒデ=トミヤスと申します。

 本日より、御坊と将棋の相手をさせて頂きます、トモヤ=マツイを連れてきました。

 お取り次ぎ願いますか」


「トモヤ様ですね。聞いております。今は読経の最中ですので、少しお待ち頂くことになりますが」


「構いません。よろしくお願いします」


「では、こちらへどうぞ。茶などお出し致します」


----------


 通された部屋も、広くはないが綺麗なものであった。

 ずず、と茶を飲んで、読経の声を聞いていると、静かな気持ちになってきた。

 アルマダもトモヤも、黙って読経を聞いている。


 マサヒデには茶碗の良し悪しは全く分からないが、この茶碗も安いものではないのでは・・・

 と、そんなことを考えていると、読経が止み、ごおーん、と大きなリンを鳴らす音が響いた。


 しばらくして、さらりと障子が開き、僧が入ってきた。


「おう、早いな。感心感心。ついでに掃除でもしていくか」


「朝早くから、失礼致します」


 とアルマダが頭を下げ、マサヒデも頭を下げた。

 トモヤは手を上げて、


「おう、坊様。今日はお手並み拝見じゃ」


「阿呆! 頭を下げんか!」


「わははは! 構わん、構わん」


「すみません、トモヤは礼儀を知らず・・・失礼しました」


「良い良い。して、今日はお主ら3人が将棋の相手か」


「いえ、本日はお願いがありまして」


「ほおーう、初日の朝から、いきなりお願いときたか」


 僧は座り、マサヒデの顔をじっと見た。


「図々しいのは承知の上で参りました。聞くだけでも」


「話せ」


「はい。あのあば・・・いや、その、我々の逗留を延ばしてもらえませぬか」


「なぜ」


「実はこの町に少し用事が出来まして、しばらくここにいることになりまして」


「ふうん。ま、構わん。好きなだけいろ」


「よろしいのですか?」


「だが、その間は真剣師どのに将棋の相手をしてもらうぞ。これは譲らん」


「はい。もちろんです」


「話はそれだけか?」


「はい」


「よし。ならばお主ら2人は帰れ。人斬りを寺に長く置くのは嫌だからな。

 この真剣師どのは別だがな」


「は。これからトモヤがお世話になりますが、よろしくお願いします」


「なに、将棋の相手が出来て、拙僧も嬉しいのだ。さ、堅苦しい挨拶は良い。お主らはさっさと帰れ」


「おい、坊様。さっさと帰れは酷くないか」


「トモヤ、黙れ。では、我らはこれで失礼致します」


 マサヒデとアルマダは頭を下げ、寺を後にした。


----------


「いやあ、簡単にご了承して頂けて、幸いでした」


「ええ。懐の深い方で良かったですね。今回はついてます。

 たしかにあばら家ではありますが、改めて考えてみれば町の宿より安心できます」


「今夜からは屋根の下で眠れますね。腐った床には注意しないといけませんが」


「安全面でもそうですが、私はあの夜中まで大騒ぎしている町よりも、静かなこちらの方が眠れそうです」


「昨晩、弁当を買いに行った時ですね。夜も更けていましたが、そんなに盛り上がっていましたか」


「ええ。あの調子では、今日もすごいでしょうね。

 少しでも人が少ない方が良いですから、朝の内に行った方が良いでしょう」


「わかりました。すぐ着替えてギルドに行きましょう」


 がさがさと草を分け入ってあばら家に戻る。


「お疲れ様です」


 入り口の見張りはサクマとリーに代わっている。

 昨晩、見張りをしていた2人は、家の中で眠っているのだろう。


「お二人とも、これから見張りは明るい内は入り口の外でなく、塀の中に居て下さい。

 馬も中に入れておくように」


「え、良いのですか? 馬も中に?」


「ははは。お二人がここに立って居ては『ここに貴族のパーティーがいます』と教えているようなものですよ。

 当然ですが、騒いだりとか、番の方の居眠り、飲酒は厳禁です」


「ありがとうございます」


「あと、曲者に対する警戒は当然ですが、火の用心や、床を抜いてしまったりしないよう、気を付けて下さいね。

 もしこの家で何かあったら、お坊様に向ける顔がありません」


「分かりました」


「ギルドとの交渉がどれくらいで済むか分かりませんので、食事はあなた方で弁当を買ってきてこちらで。

 買い物組と留守番組で2人ずつ。マサヒデさんがいますので、護衛は結構です。

 昨晩あなた達も聞いていたでしょうが、大きな交渉になります。遅くなるかもしれません。

 留守は頼みましたよ」


「はい。お任せ下さい」


「それと、お手数ですが・・・」


 アルマダが騎士達に指示を出すのを聞きながら、マサヒデは荷から代えの服を出した。

 トモヤの家で荷を確認していた時、油紙に包まれたこの服を見つけた。質素ではあるが、高い生地のものだとひと目で分かる。

 きっと、母が念のためとに用意してくれたのだろう。

 もし身分の高い方々と会う時に失礼のないように、とこの服を・・・


 ぶんぶんと頭を振るい、着ていた服を脱いだ。

 左腕には、手裏剣代わりの五寸釘が巻いたボロ布に仕込んである。

 腕にこれを巻いたまま、寺に行ったのは内緒だ。

 やはり、何も得物を持たないのは、あまりに落ち着かない・・・


「おや」


 マサヒデはぎくり、と動きを止めた。


「マサヒデさん、その腕は、どうかされたのですか」


 左手に巻いたボロ布に気付かれてしまった。中には釘が仕込んである。

 騎士からの視線も感じる。

 僧への礼儀には厳しいアルマダのことだ。得物を身に着けて寺へ入ったと知ったら・・・


「いや、その・・・怪我ではありません」


「そうですか」


「・・・」


 まるで、いたずらが見つかった子供のようだ。


「マサヒデさん。それ、何か仕込んでいますね?」


「・・・はい・・・」


「それを着けたまま、寺へ?」


「はい・・・」


「マサヒデさん。あなた、トモヤさんには『寺には得物を持って入るな』と、厳しく言っていましたよね」


 返す言葉もない。

 マサヒデは正座のまま、アルマダに背を向けている。動けなくなった。


「・・・」


「それ、見せて頂けますか」


「はい・・・」


 マサヒデはアルマダの方を向き、腕に巻いたボロ布を解いた。

 五寸釘がかららん、と音を立てて、床の上に落ちる。


「ふうん。こんなものを仕込んでいたんですね」


「・・・」


 アルマダは近付き、畳の上に転がった五寸釘を手に取った。

 騎士達も、こんなものを、と、言う顔で、じっと見ている。


「ふふふ、やりますね」


 アルマダはにやりと笑い、釘を振った。


「棒手裏剣の代わりというわけですね。なるほど。

 釘なら手に入りやすいし、巻いておけば小手代わり、というわけですか」


 こくり、とマサヒデは下を向いたまま頷いた。

 こういう時のアルマダは、怒っているのか、いないのか、良く分からない。


「お見事です。気付きませんでしたよ。良い考えですね」


 どうやら、怒ってはいないようだ。

 マサヒデはふう、と息を吐いた。

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