第13話 熟練騎士の強者対策


 夜の闇にさわさわと草の揺れる音がする。

 そのまま少し黙って2人の騎士と馬を並べて歩きながら、マサヒデは尋ねた。


「そういえば、あなた方のお名前を聞いておりませんでした。良かったらお教え願いませんか」


「ミツル=サクマです」


「ラック=リーです」


「申し訳ありません、騎士殿に大変失礼を。お詫びします」


 ぺこり、とマサヒデは頭を下げた。

 有名な道場の者とはいえ、ただの町人。騎士とは身分が違う。

 今はその道場からも放逐され、トミヤス道場の者とも言えない。ただのトミヤス流を使う浪人だ。


「気になさらないで下さい。我々は皆、一時の雇われ騎士。騎士の身分も祭が終わるまでです」


「え、そうなのですか」


「ええ。まだ勇者への夢が諦めきれず、こうやって貴族に雇ってもらい、いい装備を揃えてもらって・・・」


「ま、破れた夢を追いながら、稼いでいるというわけです。腕は立たずとも、旅の知識はありますからね。今回はアルマダ様のような腕の立つお方の騎士になれて良かった」


 実際、マサヒデの見た所、騎士4人の腕はマサヒデにもアルマダにも遥かに劣っている。

 だが、長年戦い慣れた者は単純な強さのみで図れるものではない。


「私はまだ実戦に慣れておりません。参考にお聞きしたいのですが、もしあなた達騎士の4人が私と戦うとしたら、どう戦いますか?」


「ふうむ。まあ、我ら4人で組んでも勝てますまい。まず挑みはしませんが・・・と、これでは答えになりませんね。まあ、搦め手となりますな。うーむ」


「そうですなあ・・・どうしても戦わなければならないとしたら・・・」


 夜の闇に、しばらくぽくり、ぽくり、と馬の歩く音だけがする。

 サクマがぽん、と手を叩いて、顔を上げた。


「うむ、私なら、まずしばらくマサヒデ殿達の後をついて旅しますな」


「そうして隙を見つけて、と?」


「ま、簡単に言えばそうです」


「簡単に?」


「かいつまんで説明しますと、先に進めば進むほど、マサヒデ殿にも苦境が訪れましょう。連戦は認められておりませぬが、さて、マサヒデ殿がこれはというような強者と戦った後。身体は疲れ、怪我も致しましょうな」


「まあ、でしょうね」


「怪我をして身体を引きずって宿につき、やっとの思いで休む・・・そこへ我らは闇討ちか。医者を装って毒を・・・というのも良いですかな」


「なるほど」


「しかし、マサヒデ殿達の後をずっとついて行かなければなりません。その間、我らも戦うこともあるでしょう。マサヒデ殿1人ではなく、パーティの方々もおられましょう。ですので、かなりの運が必要とされますが」


「ふふふ、サクマ殿。まずまず、といった手ですね。では、私の案を聞いてもらいましょうか」


「リー殿、良い手が」


「ございます」


「是非、聞かせて頂きたい」


「用意するのは、大量の金です」


「金? 私を買収・・・ですか?」


「ははは、まさか。マサヒデ殿を買収など。我らは人を雇います」


「人を雇う? 腕利きの方でしょうか」


 マサヒデも少しは腕に自信はある。なまなかの武芸者なら追い返すことも出来るだろう、と自負はある。金で雇われるような者、腕利きの暗殺者か。


「ふふふ。我らが雇うのは、祭に参加していない武芸者です。そこらのヤクザ者でも構いませんかな」


「祭に参加していない? といいますと?」


「マサヒデ殿は名の聞こえた御人。かれらを立ち会い所望として・・・いや、理由など必要ありませんかな。ま、とにかく昼夜問わずに送り続けます」


「む」


「祭の参加者ではありませんので、一度に10人、20人も送れるでしょう」


「うーむ・・・」


「で、マサヒデ殿の組がたまらなくなって弱りきった所で最後に我々が・・・いかがです」


 祭に参加していない者を使う。これは盲点だった。


「リー殿・・・あなた、騎士ではなく、政の方に仕事を見つけられては・・・」


 サクマは呆れ顔だが、マサヒデは考え込んでしまった。

 上手い手だ。この策には敵わない。

 逃げ回るしかない。祭が終わるまで、逃亡生活。勇者になどとてもなれまい。


「はははは! ま、こういう手もありますかな。そんな金も用意出来ませんし、たとえマサヒデ殿を打ち倒すことが出来たとして、人の口に戸は立てられぬもの。まして、最後に止めを刺すのは我ら。それでは画策したのは我らとバレバレですな。以降は後ろ指を指される暮らしになりますね」


 ヤクザ者や武芸者を使えばそうだろう。

 しかし、闇討ちを生業とするような者を使われたらどうか。

 祭の参加者ではない。

 人数も限りなく、昼夜問わず。参加者ではないから目付けもなく、規則に縛られずに襲ってくる。

 彼らは元々隠れて生活する者たちだから、口も固い。

 結局、最後に止めを刺しにくる者が送り続けてきた、というのがバレバレということは変わりないが・・・


 金さえあれば成り立つ、裕福な貴族であれば出来うる策だ。

 『財力』。金も力なのだ。間違いなく認められる。

 金と力があり、周囲を黙らせることが出来る者なら、やる。


「どうなさいました」


 はっとして、マサヒデは顔を上げた。


「いや、サクマ殿、リー殿。良い話を聞かせて頂きました。ありがとうございます」


「お役に立てましたかな」


「はい。良い話を聞かせて頂きました」


 と、サクマが「あっ」と声を上げた。


「リー殿。我ら大切なことを忘れておりますぞ」


「はて、何でしょう」


「これは『勇者祭』。強さは当然ですが、何より名誉が目的の祭です。それは闇討ち組であっても同じこと、彼らもその世界で腕が立つ、ということを知らしめる為に参加しておりますな」


「ええ。そうですね」


「では、このような不名誉がバレバレで腕もたちません、と宣伝するような策は取らぬのではありませんか?」


「あ、たしかに」


「たとえ周りを黙らせることが出来るような者でも、きっと評判の悪いものになります。それほどの者となれば、政に関わる上位の者や、各国に名の知れたような大きな商家の者と、限られてきます。そのような方々が、影で皆から後ろ指を指され、評判も下がるような事はしないでしょう。たとえそれで勇者になれたとしても、不名誉な勇者として、後世まで語り継がれる」


「この策で勝ちを得ても、一切得はなく、損だけ・・・たしかに、仰るとおりです」


「仮に勇者となり、国を頂いたとしても、そんな王に民はついては来ますまい」


「良い策だと思いましたが、さすがサクマ殿。うーむ」


「まあ、個人的な恨みや復讐の念でなら、このような策をとる者もあるかもしれませんが・・・勇者になるためにこの手はないでしょう。また、祭の最中、勇者にそんな横やりを入れることも、評判を落としてしまいますよ。もし魔術で放映されてしまえば、世界中に知られてしまいます」


「たしかに、これは悪手でしたね」


「しかし、リー殿。あなたの悪どさには舌を巻きましたよ」


「ははは、これはこれは。お褒めにあずかり光栄ですな。ははは」


「褒めてはおりませんぞ、ははは!」


 だが、マサヒデは笑う気にはなれなかった。

 祭の参加者以外を使う・・・やはり、これは上手い手だ。

 たしかにサクマの言う通りだが、バレなければ問題はない。

 リーの言うように大人数を送れば簡単に事は明らかになるが・・・少数でなら・・・


 が、ここまで考えて、マサヒデもこれは自分たちでも使える、と、やっと気付いた。

 全てを自分たちだけで済ませなくてもよいのだ。

 さすがに暗殺者を雇うような事はしないが、荷運びや道案内人。医者を雇うのも許されるだろうか?

 また、自分たちの護衛としては使えないが、失格となった者を雇い、彼らの護衛とするなど、いくらでも思い付く。

 当然、危険はつきまとう。ゆえに、金はかかるだろうが・・・


「いや、リー殿。これは良い事を聞きました。ありがとうございました」


「そうですかな?」


「ええ。やはり、これは良い策でした」


「マサヒデ殿、まさか」


「いやいや、無法者や暗殺者を雇うようなことは致しませんよ。ほら、参加者でなくとも、荷運びや案内人などを雇うとか、いかがでしょう?」


「うーむ・・・まあ、私はおすすめしませんな」


「あれ、だめですか」


「間違って襲われたりすると、雇った我々の責任になりますね。当然、大きな危険を伴う旅ですので、雇うとなると、それなりの料金も請求されますよ。それで荷物や金を持って逃げられる、なんてことがあれば・・・」


「そうか、そういう危険もありますね」


「ええ。たとえ真面目に逃げないよう着いてきてくれる方でも、間違って彼らが怪我をしないよう、常に気を配る必要があります。彼らの護衛を雇うにしても、そこらのちんぴら共ではとても務まらないでしょう」


「うーむ、確かに」


「まあ、信用できる者たちもいるにはいますがね」


「え、いるんですか? 必ず信用できると?」


「ええ。各ギルドなどに属す冒険者たちです。腕も立ちますし、危険を承知の上で仕事を請けますから、何かあっても文句は出ません。ギルドの信頼を背負っていますから、当然泥棒のような真似もしません。が・・・」


「やはり法外な?」


「そうです。詳しく説明しますと、新人冒険者などは賃金は安いですが、役に立つような者は滅多におりませんし、そもそも危険な仕事は回されません。そうなると、自然と腕が立つ上位の冒険者となりますね」


「上位の冒険者の方々となると、やはり高額ですよね」


「はい。恐ろしい額になりましょうな。ギルド所属の上位の冒険者となると、各都市や、時には国からの仕事なども請けて、世界中を飛び回っておられる方々です。額の面もありますが、皆さん非常にお忙しい方々です。長旅に雇うことはまずかないません」


「なるほど」


「運良く空きがあったとしても、ギルドの冒険者達には仕事の選択の自由が約束されております。当然、気に入らなければ無視されます。荷運びや荷の護衛、道案内など、まず請けないでしょうな」


「そのような方々であれば、当然ですね」


「ええ。彼らは国からも重要な仕事を任せられる方々、そんな仕事をしている時間もなければ、興味もないでしょう。無理に雇おうとすれば、ギルドはもとより、下手をすれば国家まで敵に・・・と、いうわけで、どんなに裕福な貴族達でも、彼ら上位の冒険者を雇えるようなパーティーはありませんな」


「冒険者は信用はおけるが、雇うのは無理、ですか」


「ふーむ・・・サクマ殿、マサヒデ殿。冒険者でひとついい案が思い付きましたぞ」


 リーがにやりと顔を上げた。

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