第11話 あばら家


 マサヒデ達は僧に着いて歩いてきた。

 既に町の灯火が遠くに離れ、喧騒も遠い。

 ランプを持って歩く僧の後ろを歩きながら(これは騙されたかな?)と考えていると、


「もうすぐじゃ。そうそう、お主らの泊まる所だがな。寺の近くのあばら家じゃ。一応、拙僧が預かっておるから、たまに手入れには来るが・・・」


「が?」


「幽霊が出ても驚くなよ」


「幽霊?」


「ふふふ、御僧、驚かせないで下さい」


「なんだお主ら、死霊魔術もあるのに、幽霊などおらぬと言うのか? 今どき珍しいな」


「まさか、本当に出るのか? おいマサヒデ、お主、幽霊は斬れるか?」


「まだ幽霊に会ったことがないからな。分からん」


「ははは、冗談よ、冗談。本当に幽霊がおれば、拙僧がとっくに供養しておるわ。ほれ、このあぜ道を行った所だ」


 ランプの光で獣道らしきものがあるのが何とか分かるが、草が鬱蒼うっそうとして、一尺先も全く分からない。


「・・・あぜ・・・道・・・? ですか・・・?」


「なんだ、怖いのか。やれやれ、仕方ないな。ついてこい」


 『このあぜ道の先』と言われても、その道が分からないのだ。がさがさと僧は草むらの中へ分け入って行く。

 仕方なく一列に並びんでマサヒデ達も続いたが、少し歩いた所でマサヒデは念の為、自分が先頭へ、アルマダは殿しんがりへ、とそっとアルマダへ手で指示を送る。騎士達もマサヒデの指示を見て、2人ずつ左右に並ぶ。

 もし一列に並んでこの暗闇の草むらで左右から襲われたら、ひとたまりもない。


 がさがさと歩きながら、緊張した空気を察したのだろう、僧が笑いながら、


「お主らどうした? いい年した者どもが、本当に幽霊が怖いのか」


 と言って振り返った。ランプに照らされた笑い顔の僧を見て、


「うお! 坊様! 幽霊より坊様の顔が怖いわ!」


 と、トモヤががなりちらし、思わず騎士達もぷっと吹き出してしまった。


「わははは! ほれ、もう着いたぞ」


 ぼんやりと、ランプに照らされた板葺の壁が見えた。

 僧が近付いて、ぎし、と音を立てて門を開けると、門の中も草だらけだ。


「さ、ここだ。3日の間、ここで休め。拙僧は寺へ戻る」


「ありがとうございます」


「寺は先程の道へ戻って右の方だ。ま、すぐ近くだから、日が昇れば見えるわ。真剣師どの、明日の勝負を楽しみにしておるぞ」


「や、真剣師どのはやめてくれい。ワシ程度の腕で真剣師など、恥ずかしゅうなるわ。ま、こっちも坊様のお手並みが楽しみじゃ。坊様、野宿にならんで助かった」


「ははは、ではの」


 手を振りながら、僧はがさがさと草むらへ入っていった。


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「明かりを」


 騎士が手にしたランプをアルマダへ渡し、アルマダはそれを持ち、


「2人はここで、2人は家の周りを回って下さい」


 と指示を出した。

 そして、アルマダがあばら家に向かう。マサヒデもその後ろに続く。

 休める、と安心した時が最も危険だ。


「なんじゃ、幽霊がおるのか調べるのか」


「トモヤ、少しそこで待っていろ」


 と、マサヒデは振り向いて、笠をトモヤに放り投げた。


「分かった、分かった」


 ゆっくりとそのあばら家に近付く。ここに来るまでの草むらの中で想像はついたが、酷いものだ。

 壁の塗りは所々崩れていて、そこから草が生えている。

 板戸も穴が空いていたのか、上から小さな板を打ち付けてある。


「やれやれ、これは・・・戸を開けたくありませんね。本当に出そうだ」


「戸が開くかどうか。借り物の家、壊すようなことはしたくないですね」


「まあ、手入れには来ていると仰っていましたから・・・」


 アルマダはランプを置き、戸に手をかける。

 気配は感じないが、マサヒデは半歩ほど離れ、刀の鯉口を切って備える。


「む・・・む」


 少し重かったが、ずり、と音を立てて難なく戸は開いた。湿気った空気が中から出てくる。


「・・・」


 アルマダがランプを持った手を中へ突き出す。

 やはり、何の気配もない。


「大丈夫そうです。アルマダさん、入りましょう」


「分かりました」


 中に入ると、かびの臭いが鼻をつく。なんと土間の柱にも小さな草が生えている。

 マサヒデは土間を上がって、ぴたりと足を止めた。


「む。アルマダさん、お待ち下さい」


 アルマダに緊張が走り、がちゃ、と剣に手をかけた。


「いや、大丈夫です。床が湿っています。これは腐っているでしょう。鎧では抜けてしまうかも」


「ああ、分かりました。ではランプを」


 マサヒデはランプを受け取り、奥に進んだ。

 右手に脇差を抜き、襖や障子に引っ掛けて、慎重に開けていく。

 開けるたびに、むわりと埃とカビの混じった湿った空気。

 淀んだ空気は、まさに『うごめく』といった感じだ。


 床の埃の積り具合で、人の出入りがなかったことが分かるが、気は抜けない。床下や天井もある。

 天井、床下と気配を探るが、ネズミの走る音がたまに聞こえる以外、何も感じられない。


 少しぐにゃっとした腐った畳、その下の腐っているであろう床の感触を足の裏に感じながら、ゆっくりと壁沿いに家全体を周る。床が腐っている以外は大丈夫そうだ。


 マサヒデは土間に戻り、アルマダにランプを渡した。


「お待たせしました」


「大丈夫そうですか」


「幽霊はいませんでしたが、いやあ・・・そこら中、床が腐っています。鎧で中へ入るのは無理ですね」


「それは仕方ありませんね。まあ、鎧は外で脱ぎましょう」


「それと、あまりに空気が悪すぎます。せっかく屋根がありますが、今夜は戸を全部開けて、外で寝ましょう。このまま中で寝ては、胸をやられてしまいますよ」


「刺客より藪蚊が怖いですね」


「ははは、では戻りましょうか。お、そうだ、アルマダさん。少し皆を驚かせてやりますか」


「ふふ、マサヒデさんもお人が悪いですね」


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 ざっ、と音を立て、マサヒデが急いでトモヤ達の前に走って来た。アルマダも後ろから続く。

 騎士達の間にさっと緊張が走り、槍を立てた。トモヤも棒を握る。


「マサヒデ、どうした! 幽霊か!」


「む・・・」


 アルマダは背を向け、あばら家の方を見ている。

 マサヒデは真剣な顔をして、顎に手を当て、あばら家を振り向き、トモヤ達に向き直った。


「うむ・・・」


 と唸った。


「な、なんじゃ、どうした」


「これは・・・うむ・・・いや、はっきり言おう。これは、俺とアルマダさんでは、とても敵わん」


 トモヤは真っ青になり、ぺたん、と尻もちをついた。騎士達もぴたりと動きを止めた。

 がらん、と騎士の1人が手に持った槍を落とし、暗闇の中、音が響く。

 アルマダの腕は相当だ。それに加えてトミヤス家の神童がいても・・・? つまりそれは・・・

 騎士達の顔も、兜の中で蒼白になっているだろう。

 マサヒデの顔は真剣だ。


「何? まさか、まさか、本当に? 出たのか?」


「・・・」


 マサヒデは無言でトモヤを見つめる。


「くくっ、ま、マサヒデさん」


 こらえきれず、後ろでアルマダが笑いを漏らしてしまった。つられてマサヒデも笑い出した。


「く・・・ははは! いや、床が腐っておって、空気も淀んでおってなあ! とても中では眠れんな!  や、これはかなわんな! はははは!」


 がくり、と、トモヤが肩を落とし、次いで真っ赤な顔をして立ち上がった。


「いい加減にせい! 冗談にもほどがあるわ!」


「はははは! 悪かった、悪かった! はははは!」


「ははは! や、皆様、これは冗談が過ぎましたね。今夜は戸を開けておいて、外で寝ましょう」


 騎士達もがっくりと肩を落としたが、ぷんぷんして怒鳴っているトモヤを見て、笑い出した者もいる。


「アルマダ様! マサヒデ殿も! ご冗談が過ぎます!」


「本当に驚きましたよ・・・ここまでかと・・・」


「いやあ、申し訳ありませんでした。汚いだけで、幽霊も曲者もいませんよ。ははは!」


 ランプの光だけ暗闇の中、ぶんぶんとトモヤが棒を振り回し、マサヒデが笑いながらひょいひょいとそれを躱している。


「トモヤさん! マサヒデさん! さあ、遊ぶのは終わりにして、早く野営の準備をしましょう!」


----------


「全く・・・!」


 外でアルマダ達が野営の準備をする間、マサヒデとトモヤはあばら家の戸を開けていた。

 大きな家ではないが、雨戸がガチガチになっていて、大変な作業だ。


「そうむくれるなよ」


「騎士どの達も、驚いて気を失いそうだったではないか。あれはひどいぞ」


「はは、悪かったよ。むん!」


「よいしょっ!」


 がたん! と最後の雨戸を外し、外に立てかけて、火に向かう。

 アルマダ達は馬から荷を下ろし終え、鎧を外している。全身の金属鎧なので大変だ。


「のう、アルマダ殿。もう真っ暗じゃが、ほれ、町はまだ明るい。迷うほどの距離でもなし、馬ならすぐじゃ。火の番を残して、飯屋まで弁当でも買いに行くのはどうじゃ? 結局は野宿になってしもうたが、メシまで味気ないものにすることはあるまい」


 トモヤはアルマダに声をかけた。


「むっ、それも、良い、です、ねっ! っと・・・ふう・・・」


 がちゃっと音を立てて鎧を外し、アマルダは鎧を地面に置いた。騎士達も鎧を脱いでいる。

 マサヒデは騎士達は自分より少し年上くらいかと思っていたが、皆、思ったより年かさだ。


「騎士の皆様はどう思われますかの」


「よろしいのではありませんか。せっかく町まで来たのですし。それに今夜はトモヤ殿の奢りでしたな」


「そうでした! 酒も頼みたいところですな! ははは!」


「む、しまった! そういえば今日はワシの奢りじゃった!」


 ぺちん、とトモヤは額を叩いて、騎士達が声を上げて笑う。

 そんな皆の様子を見て、ここで水をさすこともないかな、とマサヒデは思う。


 マサヒデ達はともかく、アルマダ達は既にここまで1ヶ月、旅をしてきている。

 マサヒデもトモヤも友人のように口をきいているが、彼は貴族なのだ。供の騎士達は、今までぴりぴり警戒してきただろう。適度な休憩がなければ、すぐ限界がくる。


「では、火の番に3人、町に4人で。今回財布になっていただくトモヤさんは町ですね」


 そう言って、アルマダはにやりとトモヤの方を見た。


「トモヤが行くなら私も参りましょう。迷子になっては困りますから」


「おいおい、鼻タレ小僧ではないぞ」


「では、私が参ります」


「私も供しましょう」


 騎士の2人が手を上げた。


「これで決まりですね。さて、我々はゆっくりと休ませてもらいましょうか。トモヤさん、馬は乗れますよね? 好きな馬をお使い下さい」


「ありがたい。うまい酒をお持ち致しまするぞ!」


「ははは、町でつまみ食いしたり、飲んだりして、待たせないで下さいよ。我々も腹が空いていますので」


「ささ、マサヒデ殿、トモヤ殿。参りましょうぞ。酒が我らを呼んでおります!」


「ははは、町で飲んで、主を待たせないで下さいよ」


「ははっ! 出来る限り気を付けます」


「脱いだものをまた着るのは面倒でしょうが、念の為に着込み(鎖かたびら)は着て行って下さいね」


 アルマダも騎士達も、ようやくの休みに浮かれているようだが、さすがにアルマダは浮かれきってはいない。

 マサヒデ達は馬に乗り、町へ向かった。

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