第10話 宿


 トモヤと魔族の将棋勝負はすぐに終わった。

 5人とも駒の動かし方は知っている程度で、勝負にはならなかった。


「詰みじゃな」


「くっ・・・」


「お主が最後じゃな。ふふん。ワシらの勝ちじゃ」


 魔族達は焚き火の周りで肩を落としていた。


「まあ、国に帰るまでの旅費も必要であろうの。金は半分で良い。お主らも良い経験になったであろう」


「良い経験だと!」


 1人がいきりたって、立ち上がった。

 瞬間に、マサヒデは柄に手を添え、鯉口を切っていたが、トモヤは落ち着いて座ったまま、真剣な顔で言った。先程までの笑顔は消えている。


「よいか。将棋というものはな、ただの爺様たちの遊びではない。ヤクザ者たちの争いに血を流さぬよう、これで決着を決めることもある。ヤクザ者だけではない。その昔には、国同士の厄介事の解決に、戦の代わりに、将棋で決着をつけたこともあったのじゃ。将棋とはそれほどのものじゃ」


「・・・」


「お主らも知っておろうが、この祭、なんでもありじゃ。今言うた通り、将棋は遊びではない。この勝負、認められて当然。武だけで勝負というのでは、お主らはまだまだということじゃ」


 それを横で聞いていたマサヒデもアルマダも、はっとした。

 いきり立っていた魔族は下を向いて、黙ってしまった。もう殺気は消えている。

 トモヤはいつもの笑顔に戻り、立ち上がった。


「はーっはっは! では、アルマダ殿、マサヒデ。参ろうぞ!」


 トモヤはじゃらり、と魔族たちの金袋から金をつかんで、魔族たちのパーティーの横に投げ置き、颯爽と歩き出した。


----------


 いつしか日はほとんど沈み、暗くなりかかっている。

 トモヤは上機嫌で、後ろの騎士達と大笑いしながら歩いている。

 町の灯りはすぐ近く、祭で賑わう声がかすかに聞こえてくる。

 先頭を歩くマサヒデとアルマダは、無言であった。


「マサヒデさん」


 ぽつりとアルマダがマサヒデに話しかけてきた。


「私達も、まだまだ未熟ですね」


「はい」


「私達も、トモヤさんに負けましたね」


「はい」


「・・・」


「・・・」


 2人は無言になった。


----------


 町はもう夜だというのに大賑わいであった。

 露天が多く出ていて、たくさんの人が歩いている。

 近くの宿や飲み屋からは大きな笑い声が聞こえてくる。

 人が多く、アルマダ達は皆馬から降りて徒歩だ。


「さて、もう日も沈みました。早く宿を探しましょう。祭の初日から野宿はしたくありませんし」


「おう! 今日は金がある! 良い宿に美味いメシ! 酒も飲もう! このトモヤ様のおごりですぞ!」


「ふふふ。豪気ですね。もう宿はほとんど一杯でしょう。さ、急いで、片端から聞いていきましょう」


 アルマダはそう言って、すぐ近くの宿に入って行った。


「すみません、部屋は」


「すまねえ、兄さん。とっくに一杯だよ。遅すぎだったね」


「ありがとうございます。皆さん。次へ行きましょう」


 少し歩いて、別の宿へ。


「部屋は?」


「もう一杯だよ」


 次の宿。次の宿。どこも一杯であった。

 最後の宿で、店主が教えてくれた。


「もうどこの宿も一杯でしょう。宿以外で、泊めてもらえる所を探した方が良いかと。見た所、兄さんは金もありそうだ。宿賃を払えば、他の店でも家でも、泊めてくれるとこが見つかるかもしれません」


「そうですか。ありがとうございました」


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「というわけで・・・皆様、もう宿はどこも一杯だそうです。宿以外で泊めてもらえる所を探しましょうか」


「うーん、すまねえ。ワシの将棋で遅くなっちまった」


「あなたのせいではありませんよ」


 騎士の1人も旅慣れているのだろう、アルマダへ言った。


「アルマダ様、これも旅ではよくあることです。さ、部屋がありそうな大きめの店や町家を回ってみましょう。早めに荷を下ろし、食事をとって休みましょう」


「そうですね。我々と同じように回っている方々もいるでしょうし、急ぎましょう」


「のう、アルマダ殿。手分けして回った方が良いのではないか」


「いや、やめておきましょう。慣れない町にこの人混みです。迷うのも面倒ですし」


(それに、これは闇討ちには絶好の場だ)


 と、マサヒデは思う。闇討ちはなくとも、スリなどの輩も多いだろう。

 アルマダも同じことを考えているはずだ。騎士達も、最初から手分けして探そうとは言わなかった。

 マサヒデはこれほどの人混みは初めてだ。一見のんびり歩きながらも、笠の下の目はぴりぴりしていた。


「さ、まずは向かいのあの店から行きましょう」


 と、アルマダは大きな構えの店へ向かった。ガラスの向こうに人形が服を着て並んでいる。服屋のようだ。


「む・・・」


 戸に近付くと『勇者の皆様へ。部屋なし』と札がかかっている。

 宿の主人が言っていた通り、宿以外でも部屋を貸してくれるようだが、ここは既に一杯らしい。


「さ、行きましょう。皆様、屋根があれば構いませんね」


「はい」


 がちゃり、と鎧の音を立てて、騎士達も頷く。

 これは遅くなりそうだ、と、マサヒデは思った。


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「どこも一杯ですね」


 一通り回ったが、店だけでなく、町家も「部屋はない」とのことで、一行は町の中央の広場でベンチに座って休んでいた。周りは喧騒でつつまれて賑やかだが、マサヒデ達の顔は暗い。

 さすがに皆疲れた様子だ。軽装のマサヒデやトモヤはともかく、アルマダや騎士達は鎧を着て歩いていたのだ。


「ははは、ここまで歩くのでしたら、最初から野宿にしておけば良かったですね」


 アルマダは笑ったが、その笑い声は乾いていた。


「アルマダ様。とりあえず食事だけでもすませましょう」


 と、騎士の1人から声が出る。


「そうしましょうか。食事をとったら、町の外に出ましょう・・・」


 ふう、とアルマダがため息をついた。

 そこに1人の僧が歩いてきて、足を止めた。日焼けで真っ黒な顔でマサヒデ達の顔を見て、にやりと笑った。


「ふーん、お主ら、どうやら泊まる場所がなくて困っておるな」


 アルマダは顔を上げた。


「ええ、まあ、そうです。ふふ、御僧が我らを泊めてくれますか」


 冗談めかしてアルマダが答えた。まさか寺に武装した祭の参加者たちを泊めるわけもない。


「ふっふっふ。条件付きだが、お主らが泊まれる所を用意してやってもよい」


 意外な答えが返ってきて、アルマダは驚いて顔を上げた。


「え、本当ですか?」


 おお、とトモヤと騎士達が声をあげた。


「寺内に泊まらせんぞ。泊まれる所を外に用意するだけだ。ただし、条件付きで、だぞ」


「条件ですか。で、その条件とは?」


「うむ、その前に確認したいことがある。そこのお主、さきほど将棋で魔族を追っ払った者だな?」


「む、ワシか。如何にもそうじゃ」


「やはりな。見ておったぞ。中々の腕と見た」


「ふん、さっきの若造どもならともかく、村の爺様達にはいつも負け続けじゃ」


 とトモヤは答えたが、満更でもない顔をしている。


「よし、では条件だ。お主らは3日の間そこに泊まり、町を出ぬこと。その間、お主が拙僧の将棋の相手をすること。他の者は自由にしておって構わんが、まあ望むのであれば相手をしても良い。念を押すが、必ず3日はこの町にいてもらうぞ」


「3日間、ですか」


 マサヒデもアルマダも、黙り込んで考えた。


 マサヒデの考えはこうだ。

 まず、この町で自分達の組に人を誘うつもりだった。3日間この街に滞在する場所が確保でき、誘いたい参加者をじっくり探すことができるというのは、願ってもないことだ。

 しかし、トモヤには寺でずっとこの僧の将棋の相手になってもらうことになる。

 将棋はトモヤの趣味ではあるが、この祭で賑やかな町で、寺から出られず3日間。遊び好きのトモヤの性格を考えると、彼には大きな負担だ。


 次に、トモヤの身の安全。これに関しては絶対に安全とは言いきれないが、寺の中はまず大丈夫だ。

 外に出る時だけ、マサヒデが付けば良い。


 理由はこうだ。

 まず、基本的にはどこの寺社内も不殺生が基本。マサヒデの知る限り、これは人魔どちらの種族の、どの宗派もだ。祭の規則では寺社内での殺生は禁じてはいないが、もし寺社内で何者かを襲えば、その組の者は間違いなく人の国でも魔の国でも、以降は寺社を敵に回す。それでも、という者はまずいない。

 また、これを利用して、安全地帯と多くの輩にたむろされても困るから、ほとんどの寺社は参加者が近付くことを拒む。これは衆知のことで、寺社との面倒を避けるため、ほとんどの参加者は理由のない限りは寺社には近寄りもしない。


 そもそも、公然と人死をよしとする祭なのだ。それに参加する者を迎える寺社はまずない。


 短時間の参拝程度なら許してくれる所もあるが、すぐに追い出される。

 祭の参加者が寺社内に入るのが許されるのは、死者が出た時の葬儀くらいで、宗教の強い市町村などでは、町に入ることさえ拒まれることもある。

 たとえ敷地の外でも『僧が泊地を用意する』というのはまずありえない。

 これが、僧が泊まる所を用意すると言った時、アルマダが驚いた理由でもある。


 さて、アルマダ達はどうか。

 彼らには、マサヒデ達のように人を誘う必要はない。さっさと先に進みたいだろう。3日間も足止めを食うのは・・・と考えていると、


「マサヒデさん、トモヤさん、お二人がよろしければ構いません」


 と、アルマダが顔を上げて答えた。


「アルマダさん、よろしいのですか」


「私達はここまで既に一ヶ月の旅をしております。そろそろ、ゆっくりと腰を落ち着けて休むのも必要かと思います」


 そういえば、アルマダは一度故郷へと帰ってから、こちらへ向かったのだ。すぐ隣の村のマサヒデ達とは違う。準備の時間もあっただろう。それを考えれば、馬でも急ぎの旅であったはず。顔には出していないが、アルマダもかなり疲れが溜まっているだろう。

 お付きの騎士達はかなり旅慣れているようだが、彼らも疲れているはずだ。


「トモヤ。後はお主次第だ」


 トモヤは腕を組んで、空を見上げた。


「うむ・・・3日間、ずっと寺で将棋漬けか・・・うーむ、少しは町を回りたいところじゃ・・・」


「真剣師殿よ、何も1日中寺に閉じ込めておこうというつもりはない。これでも坊主としての仕事はある。拙僧が暇な時に相手をしてくれれば良い。メシくらい外に食いに出ても構わん。どうだ、せっかくの将棋仲間、なんならお主のメシくらいは寺で用意しても良いぞ。味は保証せんが」


 トモヤはうーむ、とうなった後、ぱしん、と膝に手をついて、ぐいっと僧に頭を下げた。


「うむ! 坊様、これより3日間、ワシらをよろしく頼む!」


「よし。では着いてこい」

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