三国ベーカリーを再生させたいだけなのに
晴飛先輩は言っていた。
『敵を知ったら、今度は三国ベーカリーのことを知るんだ』
私は、三国ベーカリーについて調べてみることにした。作戦を考える前に、まだやることがあるじゃないか。
私にできることはなんだろう?
考えてみよう。絶対あきらめない!
社長になると決めたときに買った、計画ノートの表紙をなでる。可愛いパンのイラストが書かれたもので、愛着を持っていろいろ書き込んできた。
箇条書きでメモした内容を見返す。
『三国ベーカリーを知る』
・得意分野は?
・お客さんはどういう人が多い?
・どんな人にお客さんになってほしい?
・どういうお店作りをしたい?
三国ベーカリーの得意分野は、アンパンをはじめとした素朴なパン。
お客さんは、高齢者の方が多い……のかな? どんな人がお客さんになってほしい? どんなお店にしたい?
……わからない。
メモを見ても、ハッキリこたえられるものは得意分野だけで、他の項目はピンとこなかった。
全然、三国ベーカリーのことを知らない。だから何も考えられないし、見当違いのアイデアしか浮かばないのかもしれない。
よし、調査してみよう!
その夜、私はいつもより早く目覚まし時計をセットして眠ることにした。
翌朝。
パン屋さんの朝は早い。朝七時から開店だから、パン作りをするため誠さんと智枝美さんは朝四時に起きる。私はいつも、八時くらいまでダラダラ寝てるけど、今日は朝六時に起きて朝食を食べて支度をする。
今日は、三国ベーカリーに一日張りこむ!
お客さんの年齢層・購入時間・可能なら購入品……あらゆるデータを集めるため、お店の脇に立ってカウントすることにした。誠さんと智枝美さんに聞けば教えてくれると思う。でも、三国ベーカリーのレジは古いものだからお客さんのデータは入力できないし、購入品も「ソウザイパン」みたいなざっくりした書き方になっている。
「なんとなく」のデータじゃなくて自分の目で確かめたかった。
お店の中にいると迷惑だから、外で調査しなくちゃ。でも、ただ外に立つのも怪しい子どもになっちゃうから、夏休みの水彩画を書いているフリをすることに。
アサガオの鉢を目の前に置き、鉛筆や絵具のバケツを置いて、真面目な中学生を演出する。もちろん、お客さんの視界に入りにくい場所でなおかつ日陰を選ぶ。
美術の宿題も済ませられるし、一石二鳥だね。
朝早く来てくれるお客さんは、ほぼお年寄り。誠さん達よりも、十歳二十歳上といってもいいくらい。
時折、ちいさな子どもを連れたママやパパもやってくるけど、二組だけだった。朝食用なのか三斤サイズの大きな食パンを抱えつつベビーカーを押したり、小さな子供を抱き上げたりして大変そう。三斤サイズは、スーパーで売っているいわゆる八枚切りとか六枚切りのあのパンが三つ分くらいの大きさ。子どもがいて、他の荷物もあるのに持って帰るのは、結構大変なサイズ。
それにしても、暑いなぁ。
用意していた水やスポーツドリンクはすぐにカラになる。
今日の最高気温は三十五度だと言っていた。朝十一時くらいまではお客さんも来ていたけど、それ以降はぱったり。
私も、ここで熱中症になったら二度と三国ベーカリーの社長とは名乗れなくなると思い、お昼前後は二階の居住スペースに戻り、窓から階下を覗くことにした。けど、誰も来ない。
午後三時になると、またお客さんが戻ってきた。私もまた、しれっとアサガオの水彩画を書いている中学生を装う。
まだ暑いけど、お昼に比べたらずいぶんマシだ。
「やっぱり、暑いと外に出たくないよね」
お年寄りが多いし、連日「猛暑日なので、特に高齢者は日中の外出を控えて」と呼びかけられているのに、わざわざ暑い時間帯にパンを買いに来る人なんているわけない。
とはいえ、誠さんがネガティブになるのがわかるほど、客足が好調とは言えないのは私でもわかった。これでは、誠さんのモチベーションが下がってしまうのもわかる……。
三国ベーカリーの閉店まで一時間を切ったところで、私は『くまさんち』を見に行くことにした。こんなに暑い日でも、お客さんは来ているのか気になって。
くまさんちに到着すると、遠くから見ても若い女性や親子連れが多く出入りしていた。お店から出てくる人は、パンだけでなく透明なカップの冷たそうな飲み物を持っている。スマホで調べてみると、どうやら夏季限定のフラペチーノも販売しているみたい。美味しそう。
あまりの華やかな雰囲気に、入店することはできなかった。なんだか場違いな気がして、そのまま三国ベーカリーに戻る。
三国ベーカリーのお客さんはフラペチーノなんて……買わないよね。
今日一日見ていて、誠さんの言うことが正しかった気がしてきた。
じゃあ……どうすれば良いのだろう?
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