晴飛先輩との出会い
市の図書館は、高校生や大学生が勉強していたり高齢者が新聞や雑誌を読んでいたりするほか、小さな子が絵本を選んでいるなどすっごく多様な空間だった。
夏休み目前で学校が早く終わる子も多いから、とっても賑わっている。
強めのエアコンの風が、ここまでの道のりでアツアツになった身体を冷やしてくれて心地いい。
目当ての本を探す。児童書と一般向けの本の間に、中高生向きのコーナーがあった。図書館のホームページによると、目当ての本はここの棚にあるらしいんだけど……。
「あれ、経営の本、二冊ともないなぁ」
「誰か借りちゃったんじゃない?」
「夏休み前で本を借りる子も多いんだろうね」
残念だけど、仕方ない。
諦めて帰ろうとしていると、背後から声をかけられた。
「もしかして、これ探してますか?」
小さな声だけど、大人の男性のしっかりした声のように聞こえ、私たちはびくっと身体を震わせる。
振り返ると、私たちが探している本二冊を手にした、同じ中学の制服を着た男の子が立っていた。私たちの中学の夏服は、ワイシャツが水色で目立つから一目でわかるんだ。
声をかけてくれた男の子は、同級生の男子と比べると背が高いし大人びた表情に見えるから、先輩かな。
「あ……それです」
小学生のまんまの子どもっぽい男子とは違って、大人の雰囲気が感じられる。おろした前髪からのぞく目は、知的な印象だ。
……間違っても、教室の真ん中で大声出しながら「可愛い女子ランキング」とかやらなそう。
「どうぞ。僕は何度も読んでいるから大丈夫です」
経営の本を二冊、差し出してくれた。
「いいんですか? ありがとうございます」
いえいえ、と男の子は言うと、別の本棚に移動していった。
「やったね」
きららと顔を見合わせて笑いあう。
カウンターで貸出手続きをして、私たちは図書館内にある多目的スペースに移った。ここなら少しおしゃべりしても大丈夫だということで、本を読みながら作戦会議をすることに。
借りてきた二冊の本は、漫画やイラストも多いしふりがなも振ってあるから、難しい経営用語でも読むことはできた。
内容としては、「世の中の商売の仕組み」「商品を売る際の値段のつけ方」「商品を売る戦略」までが掲載されていた。
【モノを売る時の値段は、商品を欲しい人が払える値段であり、需要と供給のバランスの上にあります。なおかつ競合との価格競争があって……】
……うーん、子ども向けなのに、基本的な部分から難しい!
イラストもふんだんで、読む分には勉強になる本。じゃあ、三国ベーカリーにどうやって落とし込んだらいいんだろう?
「理解はできるけど、どう生かしたら良いかさっぱりだね……」
「ねぇ。具体的に、わかりやすく解説してくれる先生いないかな」
二人で頭を悩ませていると、また声をかけられた。
「あの……」
顔をあげると、さっき本を譲ってくれた男の子。
え、やっぱり本を返せって言われる?
戸惑っていると、男の子は私の顔をじっと見て、小さく頷いてから口を開いた。
「急にごめんなさい。あの、三国ベーカリーのところのお孫さんですか?」
びっくりして、思わずきららと顔を見合わせる。
「そうですけど……」
「ああ、やっぱり!」
思わず声が大きくなった男の子は、慌てて口を手で押さえた。多目的スペースとはいえ、大声は厳禁。
私ときららは、揃って「しー!」と人差し指を口に当てるハメに。
「ごめんなさい……。あ、前に座ってもいいですか?」
「どうぞ」
男の子は、私の前の席に座る。
姿勢が良くて、きれいな顔立ちで、礼儀正しい。制服のシャツもヨレが見当たらない。
「知り合いだったの?」
きららが私と男の子の顔を交互に見ている。私は首を振った。
こんな素敵な男の子、知らないよ。
「知り合いではなくて、僕がお客さんとして三国ベーカリーに何度か行ったことがあって。その時、一度見かけたことがあったっていうだけです」
「そうなんですね。ご来店ありがとうございます」
あまり店先に立ったことはないけど、お手伝いしたことはある。その時に来てくれていたんだ。
「いえ……あの、同じ学校ですよね。僕は三年一組の
「私たちは一年四組の三国朱琴と」
「
明るいノリで、きららがピースした。きららがいてくれると、その場が和むから本当に助かる。
ハルヒって、珍しい苗字だな。
「僕はパンが好きすぎて、いろんなお店を巡っているんです。中でも三国ベーカリーのアンパンは絶品で、あれを超えるアンパンにはなかなか出会えないくらいで」
「えっ、嬉しい!」
思わず大きな声を出して、椅子から立ち上がってしまった。いけない、声を抑えなくては。
晴飛先輩はちょっと驚いたように私を見て、それから目を細めた。
「でも、どうして経営の本を?」
「それが、実はですね……」
私は、三国ベーカリーを閉店させないために経営について勉強しはじめたことを伝えた。
「なるほど……」
晴飛先輩はしばし考えたあと、人差し指をあげて提案した。
「僕が、経営の先生になるっていうのはどうだろう? あのアンパンを食べ続けられるなら、どんな協力でもします」
きららと顔を見合わせる。願ってもないことだけど、この人何者なんだろう? 悪い人じゃないだろうけど。
私たちの不安そうな顔を見て、晴飛先輩は慌てたように取り繕った。
「経営の専門家ではないんだけど、独学でマーケティングとかいろいろ勉強しているんです」
確かに、私たちが借りようと思っていた本を「何度も読んでいる」と言うくらいだもん。結構勉強しているっていうのは間違いない。
「朱琴、教えてもらいなよ。あたしたちだけじゃいいアイデア出なさそうだし」
「そうだね。晴飛先輩、教えてもらっていいですか?」
私の言葉に、晴飛先輩はとっても嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が素敵で、ちょっとドキドキしてしまう。
「それじゃあ朱琴さん……。朱琴さん、って呼んじゃいましたけど、いいですか?」
「もちろんです。ていうか、後輩にさん付けも敬語もいらないですよ」
「いやでも、偉そうに思われるのはイヤだし……でも、敬語もさん付けも距離を感じますよね」
気遣いの人だなぁ。
粗暴な男子が嫌いな私にとっては、一緒にいて安心できる紳士って感じ!
頭もいいし落ち着いているし、素敵な人。
晴飛先輩は、もじもじしたあと、意を決したように顔をあげた。
「じゃあ……朱琴、って呼んでもいい?」
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