晴飛先輩、経営を教えてください! 13歳社長のパン屋さん再生物語

花梨

パン屋さんの社長になる!

 お父さんのことも、お母さんのことはほとんど覚えていない。

 私が言葉を覚える前に、いなくなってしまったから。それなのに、中学一年生になった今も、頻繁に夢を見る。


「私を置いていかないで」


 泣いて泣いて、引き留めて。それでもお父さんとお母さんはいなくなって――。



 目を覚ますと、まだ夜中だった。首元に汗が滲んでいた。


 でも、大丈夫。私には祖父母である誠さんと智枝美さんがいるから、辛くはない。

 まことさんと智枝美ちえみさんは、私を大きな愛で救ってくれた。

 だから……。


 誠さんと智枝美さんが困っていたら、私は絶対に助けるって物心ついた時から心に決めているの。



 その時が、来た!

 寝る前に、誠さんと智枝美さんが「三国みくにベーカリーをたたもうか」と相談しているのを聞いてから、私は考えた。


 私が社長になって、誠さんと智枝美さんのパン屋さんを復活させる!


   *


「って言っても、朱琴あこちゃんがこんな古いパン屋さんの売り上げを回復させるなんて、難しいんじゃない?」


 古いパン屋さん「三国ベーカリー」は今、お店存続の危機だった。

 原料の高騰で値上げをしなくてはならなくなった上、売り上げが減少。そのことで、パン職人である祖父の誠さんのモチベーションがダダ下がりしてしまったの。


「朱琴ちゃん、無理したらダメだよ。中学生なんだから社長になんてなれないよ」


 力なく、誠さんが言う。


 還暦を迎えながらも若々しい印象の誠さんと智枝美さんは、たまーに私の親に間違えられるほど。でも私のれっきとしたおじいちゃん、おばあちゃんだ。

 誠さんは俳優みたいにかっこいいし、智枝美さんは明るくて元気で可愛い。

 素敵な夫婦で、三国ベーカリーを夫婦で営んでいるんだ。


「もちろん、私はまったくの素人だけど……このまま三国ベーカリーが潰れちゃうのはイヤなの! あのアンパンは無くしたらダメ!」


 三国ベーカリーのアンパンは、四角い形が特徴。しっとりしたパン生地の中は、大粒の小豆を使用したあんこがたっぷり。めちゃくちゃ甘いあんこなのに、くどくなくて何個でも食べられちゃうの。

 焼きたての香ばしい匂いとふかふかの状態で食べるのもいいけど、時間が経ってからのしっとり具合がまたたまらないんだ。

 四角いパンの上には塩漬けの桜も乗っていて、甘いあんこを適度に中和してくれるのも好き。


 思い出しただけで、お腹がすいてくる!


 でも、誠さんは消極的。


「いっそこのタイミングで店じまいした方がいいかなって。近所に若い人向けのパン屋さんもあるし、コンビニには美味しくて安いパンもあるし。足が痛い、腰が痛いって言う店主のいる古いベーカリーに誰も用はないじゃないか、って……」


 はぁぁ、と深いため息をつく。

 ダメだ、誠さんは完全にやる気を無くしている上に、めっちゃ卑屈!


「確かに、人気のパン屋さんもコンビニのパンもあるけど。でも、ウチの良さはそこじゃないと思う」


 智枝美さんが、私の言葉に同意する。


「わたしもそう思うわ。もう少し頑張ってみましょうよ。仕事しないとなると朱琴ちゃんの進学にも関わってくるし、国民年金なんて大した額じゃないもの。老後が心配よ」


 自営業の二人は、会社員と比べてもらえる年金が少ないって日々ぼやいている。

 その上私の進学にも関わるとは、聞き捨てならない。


「そうだなぁ……老後が不安だもんな。だったら、誰にも求められていないパンを作るより、他の仕事を探すかな……」


 お金の話になると、誠さんも歯切れが悪い。リアルな問題だもんね。


 でも、私は知ってる。お金がどうとかじゃなく、誠さんはパン作りが大好きだってこと。だからこそ、お客さんの減少に耐えられないのかもしれない。


 好きなパンを作り続けても、買いに来てくれる人がいなくなったら悲しいよ。


 誠さんも智枝美さんもまだ六十歳だし、私はまだ中学一年生。


 孫を育てている以上、老けこむなんて許されない!


「私が、社長になって三国ベーカリーの売り上げをアップさせる! 前みたいに、お店を賑やかにして人生楽しもう!」


   *


「と、いうことなので、きららにも手伝ってほしいの! お願い!」


 翌日の学校で、私は大親友のきららに手を合わせた。

 見た目は清楚だけど、メンタルがギャル……というかヤンキーのきららは目を輝かせた。


「何それ、すっごい面白そうじゃん! 朱琴が社長になるの?」


 きれいなロングヘアは毛先が少しカールしている。本当はコテで巻いているけど、先生には「ちょっとしたくせ毛」と言い張っている。見た目は真面目なので、私以外の人は地毛だと信じている。


「そうしたかったんだけど、法人登記? ってやつは、印鑑登録ができる十五歳以上じゃないとダメって」


「なぁんだ」


「ま、法律上は無理だけど、実質私が社長ってことになったから大丈夫」


「何それ、言ったもん勝ちじゃん」


 呆れたように、でも楽しそうにきららが言ってくれた。

 こういう、何気ない会話で気を遣わなくていいのがきらら。私はつい、相手がどう思うかな、嫌われたらどうしようって思うんだけど、きららには安心して接することができるの。


「あたしにできることがあったらなんでも協力する! 誠さんと智枝美さんは、あたしのおじいちゃんおばあちゃんでもあるから」


「ありがとう! 心強いよ」


 きららとは幼稚園児の時からの幼馴染だから、二人からは本当に孫扱いされている。


「朱琴のお小遣いとか、高校大学への進学にも響いたら嫌だしね。売れるパン屋さんにしようじゃん!」


「よっ、きらら様!」


「で、具体的に、どういうプランでパン屋さんを立て直すの?」


「昨日ね、軽く調べてみたんだけど……子どもでも理解できる経営についてネットの情報がほとんどないんだよね」


 ネット記事や動画って大人向けのものは豊富だけど、子ども向けはほとんどが本の紹介だった。


 つまり、ネットでは情報が得にくい。授業が始まる前に学校の図書室を見てみたけど、探している本はなかった。


「じゃあ、困ったときの図書館だね」


 きららはスマホを開くと、市の図書館のホームページを開いた。覗いてみると、検索窓に「子ども 経営」と素早く打ち込む。すると、昨日ネットで見た本が二冊ヒットした。どちらも『貸出可能』なので、誰も借りていないみたい。


「置いてあるじゃん。放課後行ってみようよ」

 きららの行動力はすごい。私が尊敬している部分。だから、今回この話をもちかけたんだ。


 やっぱり、私ひとりで三国ベーカリーを「売れるパン屋さん」にするのは大変だもん。


 でも、私だけじゃ無理でも、いろんな人に協力してもらえれば叶えられるかもしれない。


 私が社長になって、三国ベーカリーを守るんだ!

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