異世界転生した水野瀬名の所在は、わからなかった
拓海は、瀬名のマネージャーになってから瀬名が自殺するまで、完璧に仕事をこなし続けた。
友情も親愛も報酬もないのに、ただの惰性で、状況に流されるように、拓海は瀬名の予定管理をこなすようになっていった。
あげくの果てに、拓海のスマホには芸能事務所から電話がかかってくるようになった。
ここまでくると、本物のマネージャーである。
本来なら、どこかで「こんなタダ働き、おかしいです」と拒絶するべきだったのだろう。
だが瀬名の美しい顔を前にすると、どんな理不尽も拒否できない。
有能な高橋拓海も、つきつめると1人目のマネージャークラスメートと何も変わらない。カリスマ性を前に奴隷にされてしまう。
結局この関係を切ることはできず、マネージャー業務は、瀬名の自殺という形で終局した。大量の未実施のタスクを残して。
あるいは大量の未実施タスクがあるから自殺した、という見方もできるのかもしれない。だが、過労死という単純な理由で死ぬような少女なのか、という疑問も残る。
タダ働きのマネージャーまでやったというのに、結局のところ瀬名さんがどんな人かわからなかった。正確に言えば、「隣家の飼い犬に餌を勝手にあげている」というささやかな悪事を知ることができたが、その1つ以外には何もプライベートなことが見えてこない。
とにかく、タスクと謎を残したまま、瀬名さんは死んだ。
教室から異物がいなくなってスッキリしたという解放感と、遠くから眺めている分には面白い女の子だったんだけどなという残念さ。相反する2つの感情でゴチャゴチャになった頭で「でも、まあ、異世界転生できそうな死に方だし、良かったんじゃない?」と思っているのが、高橋たちクラスメートの本心だ。
これは薄情だろうか?
それは、このアンケートが言う「イジメ」なのか。
過去を振り返って、全国模試10位の高橋の頭をもって分析しても、よくわからない。
拓海は、アンケートの回答欄を埋める手が止まり、うんざりしてしまい「明日答えよう」と決意して勉強机から離れた。
拓海の自室は結構狭く、後ろにベッドがある。そこに仰向けに転がった。
そして意識を失い、しばらくしてふと顔を上げると、目の前に金髪の欧米人女性が立っていた。
メチャクチャ美しい。白人であることも相まって、ハリウッド女優かと思った。ただ白人にしても肌の色が白すぎる。観光客のアメリカ人を見かけたことはあるが、ここまで肌の色は白くない。
驚く拓海にその白人女性は日本語で話しかけてきた。
「勇者よ、目が覚めましたか?ここは異世界転生する人が私から説明を受ける、待機エリアです」
驚くより先に、バカバカしい時間が始まっちゃったよ、と思った。
「女神が勇者に異世界転生の説明をする時間」だ、と。
実は瀬名ほどではないが、拓海も一時期、異世界転生物語を読んでいた時期がある。
あまりにも瀬名がハマっているから、そんなに面白いモノなのか気になり、興味本位で読んだのだ。
何個か読むと理解できた。異世界転生物語にはある種の様式美があり、序盤のお決まり展開がある。
トラックにはねられる主人公。
与える能力を説明する女神。
数字で確認できる魔法。
いくつもある異世界転生物語パターンを楽しめるかどうかが、大事なのだろう。
だが悲しいことに拓海の理屈っぽい頭には、そういった物語パターンが単調に感じられ、どうも合わない。だから、読むのをやめたのだった。
そしてその日以来、「今後、異世界転生物語を見ることは無いだろう」と思っていた。
だが、拓海の予想は、今、外れた。異世界テンプレの中に拓海自身が入るという衝撃の形で。
皮肉や恥ずかしさが混じった頭が混乱して、リアクションすらできない。
「拓海さん」
女神の優しい声が聞こえた。
「あなたはもし異世界転生したら、与えられた魔法を使ってサバイバルする羽目になります。あなたの手首をご覧ください、ほら」
女神が指さす先を見ると、なぜ気づかなかったのか、拓海の手首には太いツルツルした表面の腕輪がついていた。
これを使って魔法を使い、冒険しろということらしい。
「あの」拓海は、やっと、言葉を挟んだ。「僕が異世界に行って、何の役にたつんでしょう?僕より運動能力が高い人はいますよね?僕は結構頭が良いですが、僕より頭が良い人もいます」
拓海よりはるかに知能が高かった、瀬名。
その姿を思い出しながら反論する拓海の方を向き、その心を読んだかのように女神は「あなたである必要はあります。そもそも、私は一言もあなたに異世界転生しろと言ってませんよ」と答えた。
女神の要求は異世界転生じゃない?
「じゃあ、僕に何を望んでいるんですか?」
「水野瀬名さんの行方の情報ですよ。大人しく情報を教えないと、異世界転生させますよ」
「瀬名の行方?瀬名は死んだんじゃないんですか?」拓海は目を丸くした。だが、それならば、拓海が選ばれたことにある種の納得もある。外から見れば、拓海は瀬名と最も会話していたクラスメートだ。瀬名の行方を知っているならマネージャーをしていた拓海、というのは妥当な推理と言える。
女神の言動は筋が通っている。非現実的な今の状況を、拓海は受け入れつつあった。
「ほう」女神は拓海の表情を見て、ため息をついた。「本当に、何もしらないんですね。じゃあ、帰っても…」
「待って」
拓海の声が、女神の別れの言葉を遮った。
「女神さんの話から察するに、水野瀬名は異世界転生した後に、どこに行ったかわからなくなったってことですよね?じゃあ、僕を異世界転生させて水野瀬名を探させてみるってのはどうです?」と、拓海は提案した。ある種の知的好奇心と意地だ。ここまで来たら、異世界に行ってでも、瀬名という異常者を徹底的に解明したかった。
一瞬の逡巡の後、女神は「まぁ拓海さんは優秀な頭脳を持ち、瀬名さんの知り合いな訳ですし…。良いでしょう。どうなるかわかりませんが、行ってきなさい」と言った。
その瞬間拓海は、ジェットコースターに乗っている時のような浮遊感を感じた。
こうして拓海は、異世界転生した。
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