無酸素転生 ~転生して異世界行ったら酸素がなかった件~

広河長綺

拓海は瀬名ほどには、頭がよくなかった

トラックに跳ねられた人はみんな異世界転生するのだろうか。

高校1年の高橋拓海が、そんな愚かな疑問を抱きながら目を下ろした勉強机の上には、今日高校で配られたイジメのアンケートがあった。


水野瀬名さんがイジメられていたのを見たことがありますか。

水野瀬名さんが仲間外れにされているのを見たことがありますか。


同じような質問が何個も何個も並ぶ。

正直鬱陶しい。

だが、学校が必死な理由もわかる。


なにせクラスメートの瀬名はトラックに飛び込んで自殺してしまったから。しかも瀬名はただの女子高生じゃなく、全国的に有名なアイドルだったから。


しかもただカワイイだけじゃない。日本政府が主催する天才高校生育成教育プログラムに選ばれた高IQ女子高生で、半分飛び級のような形で大学の量子物理学研究室にも在籍していたのだ。まさに才色兼備。


他の凡庸なアイドルがニュース番組に出演した時「キャー」とか「すごーい」とか言ってる間に、瀬名さんは「この事件の背景にある社会構造とは」みたいな話をペラペラと喋ってしまう。もはやコメンテーターだ。


そんな子が自殺したとなれば、お茶の間は放っておかないだろう。


全国的な報道。顔をしかめるコメンテーター。学校の教師たちへの追及。

というような憶測が飛び交うはずだ。


だが、世間の想像とは裏腹に、拓海や他のクラスメートはどこまでも冷めていた。瀬名さんの死に対して、悲しみも喜びもない。


「トラックに撥ねられて良かったじゃん。異世界転生できそうな死に方だし」

「瀬名さんは可哀想だけど、ぶっちゃけクラスの雰囲気は良くなったよねー」


葬式翌日の教室で、同級生たちの薄情な言葉を聞き流しながら、拓海も心の中では頷いていた。


瀬名さんは、はっきり言って、クラスのみんなから避けられていた。


美人にありがちな、凡人を寄せ付けないオーラがあったわけじゃない。むしろ、教室で肉眼で見る瀬名というスターはテレビ画面で見るより、柔らかい印象があった。


メイクの関係か本人の精神状態によるものか不明だが、「教室の水野瀬名」はテレビの中の「スター水野瀬名」よりも、目つきが鋭くないのだ。ニュース番組出演中とは違って無造作に下ろした長髪も、サラサラしていて美しく、前髪の下からのぞく丸い瞳には、話し相手のことをしっかり見てくれそうな無邪気な好奇心が感じられる。


だから瀬名の異常者扱いは、見た目によるものじゃない。行動が原因だ。


例えば新学期このクラスが始まった時の自己紹介の時も、みんなが趣味とか部活を言う中で「異世界転生したことある人は私の所に来てね」と言い放ったのだ。


不思議ちゃんと呼んでフォローすることすら難しいほどに、ズレている。


授業中もその「ヤバさ」は止まらない。

授業を全く聞かず、異世界転生ラノベを読み漁っていた。


それでいて成績は学年1位どころか、模試で全国1位であり国の特別教育プログラムで大学の研究室に通い、量子コンピュータの論文を書いてしまうのだから、もはやリアクションに困る。


それでも「アイドルとかコメンテーターの仕事ってどんな感じ?」と、勇敢にも瀬名さんに絡みに行く人懐っこい女子はいた。


その子に対して瀬名さんは「そんなに私の仕事に興味があるなら、私のスケジュールを管理してよ。そしたら、私のスケジュールは全部知れるよ」と、なんとマネージャーの仕事を振ったのだった。


そもそもクラスメートが仕事がどんなのか聞いたのはおしゃべりをするためで、この時点で会話が噛み合っていないのだが、さらに異常だったのはその女子が「やります」と頷いたことだ。


飛びぬけたカリスマ性があれば、どんな取引もできてしまう。

水野瀬名は、クラスメートをタダ働きのマネージャーにすることに成功してしまった。


だが、当然、何の説明も受けていない、何の知識もない一般人の女の子が超絶複雑なタスク管理などできるわけもない。


数日後には、その女子がマネージャー業務に失敗し「水野さん、本当にごめんなさい」と泣きそうになりながらペコペコ頭を下げる羽目になっていた。


その日は4月が終わる頃で、生徒たちも新しいクラスに馴染み始めて、空は段々と夏の爽やかさを帯び始めていたというのに、水野瀬名がクラスメートを罵る度に教室の空気が暗く淀んでいく。


胸糞悪いやり取りを見かねた拓海は「じゃあ僕がスケジュール管理してあげるよ」と後ろから声をかけた。

もちろん、瀬名を助けようとしたのではない。

クソな性格をした瀬名が、今以上クラスの雰囲気をギスギスさせるのが許せなかっただけだ。


そんな拓海を見て瀬名は「ふーん、拓海君は確か、全国模試で10位以内の秀才だったよね。確かに拓海君の方が出来そうだけど、ホントに大丈夫?スケジュール管理しなきゃいけない項目はこんだけあるんだけど」と、手帳を差し出してきた。


ざっと目を通すと、多才な瀬名ならではの予定が列挙されていた。


朝のテレビ出演。

異世界転生ラノベのための読書タイム。

バラエティ番組の打ち合わせ。

大学の量子物理学研究室での特別教育プログラムへの参加。

ドラマの脚本を読む時間。

学校の課題。

果ては、瀬名が隣家の犬に勝手に餌をあげる個人的な趣味まで。


色々なジャンルの予定があり、それぞれの予定には「これは読書の後」「このタスクは3日で分割」などの極めて複雑な条件が注意書きとして書かれてある。


それを読みながら拓海は「いや、なんで隣人に黙って飼い犬に餌をやってるんだよ」とつっこんだ。


「隣家の人、犬に虐待してるっぽいんだよね。それが可哀そうだから、私が餌をあげてるの」と、瀬名は返答した。

理由をきいても、意味不明な予定だ。だが意味不明であったとしても、ちゃんと並び替えてスケジュールを作らなければならない。


やったことないので正確なタスク量を想像する事すらできないが、とんでもない労力になりそうなのは、わかる。


普通に考えて「やっぱり、やめる」と言うべきだろう。


だが当時の拓海は数秒後には「じゃあ、予定表作ってみるよ」と言ってしまっていた。理屈じゃない。結局のところ拓海も、瀬名のカリスマ性に逆らえなかったのだった。


家に帰った拓海は、紙と鉛筆で予定を表を作ろうとして1時間で挫折した。だが、それで終わらなかった。


拓海は瀬名ほどには、頭がよくなかった。しかし、一般の基準で見れば、天才高校生だった。


速読の技術を持っていた拓海は、図書館に行き、プログラミングの本3冊を5時間で読破し、プログラミングをできるようになり、アプリを開発した。作ったのは、「瀬名の予定を整理してスケジュールを作る」ためだけのアプリだ。


バカみたいに用途が限定的だが、そのおかげで瀬名の複雑怪奇な予定を整理することができた。だが人生初のプログラミングに疲れ果て、全ての作業を終えると、朝になっていた。


徹夜明けでフラフラした足で登校し、条件を満たして組み上げたスケジュール表を、先に登校していた瀬名に見せた。


瀬名は「採用!!じゃあ明日から私のマネージャーとして働いてね」と、偉そうに言い放った。感謝もない。労いもない。


やっぱりこいつは人格破綻者だ、と思いながらも、拓海は「わかったよ」と頷いたのだった。

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