軍艦島

伯林 澪

プロローグ

──某所──


「──〝積み荷〟の積載がすべて完了しました、艦長……」

白熱灯に照らされた艦長室で、まるで何年も日の下に出ていないような白い肌をした士官が告げる。──日本民族特有の童顔さえなければ、すこし日に灼けた白人と言っても通じそうなほどだ。顎鬚をきれいに整えた壮年の艦長の肌もまた、同じように白い。

──だが、彼の国籍は「日本」ではなかった。彼の眼の前に控える士官も、今ごろ寝室の寝棚バンクに横たわっていびきをかいているであろう乗員たちも、「日本人」ではない。

「よろしい──燃料棒の状態は?」

艦長が更に訊くと、きびきびと返事が返ってくる。──我ながらよい人選をしたものだ、と艦長は自賛した。

「良好です。あと十万キロはに航行できますよ」

再装入リチャージ施設の調子はどうかね?」

「はッ──一番と三番はただちに使用可能、二番はまもなく修繕が完了します」

「フム……よし、二つが健在ならば問題あるまい──ほかに機能不全箇所は?」

「ありません、艦長。二番再装入リチャージ施設をのぞく本艦の機能は、すべて正常に作動しております」

それを聞いた艦長は満足げな顔をして顎鬚を撫でると、軍帽を深くかぶりなおした──それは彼が戦闘の準備をするときにきまってする、一種のだった。しかし、それだけで薄暗い艦長室の埃っぽい空気に緊張がはしり、士官が一瞬顔を強張らせる。

「よし──本艦はこれより作戦行動の準備に入る。暗号電文を以て全艦艇に伝達──四八時間以内に出航準備を完了させよ」

「了解。出航準備完了次第報告にあがります」

報告にきた若い士官はカッと音をたてて踵を揃えて敬礼し、扉の向こうへ消えていった。──艦長は士官の足音が聞こえなくなるまで微動だにしなかったが、やがて小さく溜息をつくと、ポケットからふるい銀無垢の懐中時計を取り出した。数十年前に製造されたそれは、時を経たいまでも精確に時を刻む、艦長自慢の逸品だった。

──チ、チ、チ……という規則的で小さな音が、無音の室内に静かに響きわたる。

やがて、艦長が誰に話しかけるでもなく、おもむろに口をひらいた。

「──見せてもらうぞ、君たちが世界を導くに相応しいかどうかを」


そのころ、艦長室と同じ階にある無電室からは、艦のへりからのびた何本もの海底電信ケーブルを通じて暗号電文が送られていた。うまく擬装カムフラージュされたそのケーブルは、何者にも盗聴されることなくその仕事をはたし、さきの艦長命令を僚艦に伝えていた……

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