第8話 ラテン語①

26の軍団を率いる、Bさんという悪魔がいた。


Bさんは二枚舌で有名で、友人に対しても虚言癖が目立ち、あまり評判の良い悪魔ではなかった。人間の間でもその二重人格ぶりが広まり、Bさんに頼ろうとする者はなかなか現れない始末。おかげでここ数十年は、退屈な日々を過ごしていたという。


ある日、そのBさんが喜色満面の笑みで友人達達の前に現れ、はしゃぎ出した。


「いいカモになりそうな人間が見つかった!」


嬉しそうに自慢している。相手はパーカーを着た、軽そうな日本人の男で、ろくに悪魔に対する知識も無さそうな男だという。Bさんのことだからいつもの虚言かとも思ったが、あまりの喜びように皆も祝福した。


ところが、あくる日からBさんの姿が見えなくなった。


その次の日も。その次の日も。さらにその次の日も。


Bさんと親しかった悪魔のSさんは、心配になってBさんの家に行ってみた。散乱する家の中は相変わらずだったが、気になるものがあったという。


人間が書いた、契約書らしい。書かれたのはつい最近だ。隅にはきちんと血判が押されている。


奇妙なのは内容だ。その契約書は、ラテン語で書かれているのだ。


悪魔との契約は本来、人間の古い言葉。ラテン語などで行われる。だが最近は、ラテン語を扱えない人間が多い。


仕方ないので、悪魔の方で人間の言葉に合わせるのが、普通になってきていた。それだけでも不思議なのに、そこに記された契約相手は、日本人の名前だったのだ。


Bさんの言っていた人間か?知識が無さそうな人間では無かったのか?


契約書が書かれた日付は、Bさんが消えた前日のものだった。


……Bさんは、今日も戻ってこない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る