第43話

「なぁんだ、ここにいたんですか」


 俺の言葉を遮るように、唯志が格子の中に入ってきた。


「唯志」

「探したんですよ、純平さん。目が覚めたらいないんだもの」


 そういう目が、俺を責めている。


「ごめん。ちょっと気になって、ね、親父さんのことが、さ」


 しどろもどろになりながら男性を見ると……男性は唯志を凝視していた。


「ケンジ……」

「……えっ?」


 唯志が振り向く間もなく、男性は唯志に飛びかかった。

 そして、襟首をつかみあげる。

 唯志の華奢な体は、あっという間に空中に吊り上げられた。


「お、父さ……ん?」

「キミはまた……そうやって俺から大事な人を奪っていくのか、ケンジっ。君子だけじゃ、足りないのかっ!」


 今にも唯志を絞め殺しそうな勢いに驚き、俺はあの人を止めに行こうとした。

 だが、体が麻痺してしまったかのように、動かない。

 何かが俺を抑えている。

 それは、疑問-記憶。


(ケンジ?誰だろう……でも、覚えがある。確か……そうだ)


 やっと、思い出した。

 あの人の手が、じわじわと唯志の首を締め上げている。

 俺は静かに口を開いた。


「ケンジは……父はもう死にました」


 男性の、狂気に支配された瞳が俺をとらえる。

 俺はその瞳に、優しく微笑みかけた。


「唯志から、手を離してください。唯志は……強太は俺の大事な弟なんです」


 一瞬、時間が止まる。

 男性の瞳から狂気が徐々に姿を消し、我に返った男性は怯えたように唯志を解放した。

 床に倒れて動かない唯志を見て、男性の体が小刻みに震え出す。


「わ……私は、私は唯志にっ……?!」


 俺は、唯志の脈と息を確認し、男性の前に跪いてその手を取った。


「大丈夫です。気を失っているだけですから」

「しかし、私、私は唯志を……」

「落ち着いてください。あなたは意識が混乱しているんです。それは唯志もわかっています。唯志だって、医者なんですよ」

「ああ、だが……」


 一向に落ち着かない男性を布団に寝かせ、俺は男性の手を両手で包んだ。


「今日はもう、お休みになってください。大丈夫です。唯志には俺がついてますから」


 ようやく男性も落ち着いたようで、瞳に穏やかな光が戻りつつあった。


「ああ……すまないね、純平君」

「いいえ。弟ですから」

「そうか」


 男性はゆっくりと目を閉じる。


「あの」


 閉じかけた目が開き、俺を見つめた。


「お休みなさい、お父さん」


 一瞬、驚いたように見開かれた目が、穏やかな、優しい微笑を含んで俺にうなずいた。


「おやすみ、純平君。ありがとう……」

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