第24話 希望はある
ポーションを新たに投与してから、1時間が経過したころ、少しずつ熱が下がり始めた。
「うう……」セルジュは鼻からチューブが入っているため上手く喋れず、唸るだけだった。
「セルジュ?セルジュ聞こえる、アニーよ」
「……ミュリエル薬師を呼んできます」クラリスは走ってはいけないという教会の掟を忘れて、部屋の外へ弾丸の如く飛び出して行った。
新型のウイルスに対応したポーションを試作していたミュリエルは、息急き切って走ってきたクラリスに驚いた。
「シスタークラリス何かあったのですか?」
「……セルジュさんの……意識が戻りました」
「それは良い知らせです。診察してみましょう」
ミュリエルとフィンは、ポーション作りの手を止めて、胸を弾ませたクラリスと一緒に、セルジュのところへ向かった。
アニーは涙を流しながら、セルジュの頬や髪の毛を撫でて話しかけていたが、ミュリエルに気づき顔を上げた。
「ミュリエル薬師、セルジュが目を覚ましました」
ミュリエルはセルジュに言った。「薬師のミュリエルです。解熱薬が効いたようですね、熱が下がったことで、意識を取り戻したようです。鼻からチューブを抜きますので、少し頑張って下さい」
ミュリエルはマジックワンドを使って体をスキャンしながら慎重にチューブを抜いた。
「アニー」セルジュが咳き込みながら弱々しくアニーの名を呼んだ。
「ここよ、ここにいるわ。ああ、神様。ありがとうございます」アニーはセルジュの手を強く握った。
定期的に熱を測り、結果を記した紙を見てミュリエルが言った。「熱が下がって来たようなので、解熱薬を通常の物に変えましょう。咳が出るようですね」
「喉が痛くて」
「喉の炎症を抑えてくれるものと、栄養ドリンクも一緒に処方します。熱が下がったとは言うものの、ウイルスはまだ体の中にいます。勝つためには、セルジュさんの体を強くする必要があります。消化が良く栄養のある物を、たくさん食べてください」
「ミュリエル薬師、ありがとうございます。エドガーさんは大丈夫でしょうか?」隣で寝ている、チューブが入ったままのエドガーを、セルジュが心配して訊いた。
「エドガーさんも徐々にですが、熱が下がってきていますし、このまま様子をみましょう。まだお若いですし、強健な体格をしていますから、体力もおありでしょう。普段よくお酒と煙草を
「3日前もスルエタ最後の日だからって、朝まで呑み明かしたんです」
きっとその時に感染したのだろうとミュリエルは思った。
「何度も言い聞かせていたんです。酒はほどほどにって、だけどこの人ったら酒がなきゃ俺は死んじまうって言うんですよ。酒のせいで死んでちゃ世話ないわよ」ソーニャは意識の無いエドガーの腕をバシッと叩いた。
「ソーニャさん、少しよろしいですか?」ミュリエルはソーニャの額に手を当てた。「熱がありますね、関節痛や頭痛は?倦怠感はありますか?」
「少し頭痛がします。倦怠感はあるのかもしれない、正直疲れてて、よく分からないです」
「横になりましょうか。シスタークラリス、空いてる部屋は他にもありますか?」
「はい、先程ミュリエル薬師に言われた通り、できるだけ部屋を確保しました」
「案内してください」ミュリエルはソーニャを立たせ、ふらつく体を支えたが、ミュリエルよりも、ソーニャの方が5㎝ほど身長が高く、15㎏ほど体重が重そうな彼女を支えきれず、一緒に倒れそうになったところをフィンが支えた。
「俺が運びますよ」フィンはソーニャの背中に腕を回し、さっと足を払って抱きかかえた。
身長は高く180㎝ほど、日雇い労働で鍛えた腕は、モーリスより劣るものの、逞しく鍛えられていることが、服の上からでも分かる。女性を抱えるなんて、難しいことでもないのだろうと、ミュリエルは感心した。
ソーニャは、若くてハンサムな男に抱えられて頬を赤くし、うっとりとした。「もう少し私が若ければ、こんな、お姫様のような扱いに喜べたのだけどね。私も若い頃はミュリエル薬師みたいに、美しかったのよ。群がる乙女たちを蹴落として、この美貌でエドガーを射止めたんだから」
「ソーニャさんは今も美しいですよ。でもそうですね、その頃のソーニャさんに出会っていたら俺は、エドガーさんの恋敵になっていたでしょうね。残念ながら今のソーニャさんは、エドガーさんのものになってしまいましたからね、諦めますよ」
ソーニャは愉快そうに笑った。「ミュリエル薬師、どうか夫をお願いします。浮気に悩まされたこともあります。決していい夫とは言えません。ですが、とても良い人なんです。困った人を放っておけない善人なんです。こんなことで、死んでいい人じゃない」
フィンは階段を上がり、クラリスが開けてくれたドアの中へ入り、ソーニャをベッドに横たえた。
「全力を尽くします。今は自分が良くなることだけを考えてください。過去に大病を患ったことはありませんか?」
「元気が取り柄ですから、風邪も滅多にひきませんよ」
「気になっている症状とかないですか?些細なことでも、教えてください。ポーションを作るのに必要な情報なのです」
「最近ちょっと動くと、息切れがしやすくなったような気がしますが、歳のせいでしょう?」
「お体の状態を見ます」ミュリエルはマジックワンドでスキャンした。「エドガーさんと同じ流感です。頭痛がしているようなので、鎮痛効果のある解熱薬を用意します」
ミュリエルは、クラリスを部屋の外へ連れ出した。「ソーニャさんは心臓を患っているようです。並行して心臓の治療を行いますが、疾患のある人は、重症化のリスクが高まります。注意して見ていてください」
「分かりました」クラリスは水を汲みに、井戸へ小走りで去っていった。
ミュリエルとフィンはキッチンに向かって歩いた。
「心臓の治療薬を作ります」
「どんな病気なんですか?」
「20年ほど前に、医学誌に掲載された原因不明の心筋疾患だと思われます。病名もまだついていないような、新しい病気です。進行すれば、数年で死にいたるでしょう」
「原因不明?なのに、治療薬があるんですか?」
「ありません。従来の強心剤が効いたという話は、聞いたことがありませんので、今のところ、有効な治療薬は見つかっていないのでしょう」
「薬がないのに、どうやって治療するんです?まさか手術ですか?」
「今の医学では心臓の手術など不可能でしょう。ましてや原因不明なのです。何をどうすれば治せるのかも未知の世界です——ですから、手探りで治療するしかありません。ただ手を拱いて見ていることなんて、できませんから」
「手伝います」
「はい、お願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます