第1話 サンドランス教会
教会の鐘の音が響き渡り、ミュリエルは時計塔を見上げた。昼の祈りの時間を知らせる鐘の音だ。
教会の隣には、教会が運営している孤児院が併設されていて、子供たちが、じゃれ合いながら束になってどこかへ向かっている。昼の祈りのために大聖堂へ移動しているのだろう。
ミュリエルは20代前半くらいの、若いシスターに声をかけた。「ミュリエル・カルヴァンと申します。伺いたいことがあって参りました。時間は取らせません。お話を聞かせてくださいませんか」
「クラリスです。ど、どうぞ、応接室にご案内します」綺麗なドレスを来た貴族と思しき令嬢に、クラリスはしどろもどろになりながら、ミュリエルを応接室に通した。
紅茶が入ったカップをミュリエルの前に置き、責任者を連れてくると言ってクラリスが出ていったあと、子供たちは興味津々に、こっそりと窓の外から中を覗き見てきたが、ミュリエルは気がついていないフリをした。
わざわざ昼の祈りの時間に合わせて来たのは、この時間が1番静かだろうと思っていたからだが、好奇心に負けた数人の子供たちが、昼の祈りを抜け出してきたようだ。
数分後、足早に——50を少し過ぎたくらいのシスターが、先程案内をしてくれたクラリスと一緒に応接室に入ってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。私はこの孤児院の運営を教会から任されています。フェリシテと申します。本日はこのようなところにお越しくださいまして、誠にありがとうございます」
「私は、ミュリエル・カルヴァンと申します。伺いたいことがあって参りました」
カルヴァンと言えば、ブリヨン侯爵カルヴァン家。
近年フランクール王国の著しい経済成長は、カルヴァン家が取り仕切っている『
ブリヨン侯ロベール・カルヴァン閣下を知らない人は、この国にいないほどの有名人だ。
そのご令嬢と対面していることにフェリシテとクラリスは揃って目を丸くした。
「——ブリヨン侯爵令嬢様は何をお聞きになりたいのでしょうか、私で答えられることならば、何なりと仰ってください」
「マドゥレーヌ・オートゥイユという子爵令嬢をご存知ですか?」
「いいえ、存じ上げません」
「よくここへ出入りしていると伺いました。コーラルピンクの髪で、身長は私より5㎝ほど低く約165㎝、歳は私と同じくらいの10代後半です」
「ここは、平民が通う教会です。そのような高貴な方が来られたことはありません」フェリシテもクラリスも、首を横に振った。
「そうですか、分かりました。お話をありがとうございました。昼の祈りの時間を邪魔してしまいましたね」
「お役に立てましたでしょうか?」
「ええ、とても役に立ちました」
「それなら、良かったです」フェリシテはほっと胸を撫で下ろし、ミュリエルを孤児院の玄関まで見送った。
クラリスがドアを開けた瞬間、窓から覗き見ていた子供たちが一斉に逃げて行った。
「申し訳ありません!お客様が見えられた時は大人しくするように言ってあったのですが、あまり、お客様が来ることもないですから、浮かれてしまったようで、無礼をお許しください」
何とか無事に貴族を怒らせることなく、突然の訪問を終えられると思っていたのに、子供たちが立ち聞きしていたことを知って、フェリシテは顔面蒼白になり慌てて頭を下げた。
「聞かれて困る話でもないですから、構いません。それでは失礼いたします」
馬車に乗ってきたわけではないようで、歩き去っていくミュリエルの後ろ姿を見送っていたクラリスが言った。
「カルヴァン家のお嬢様は、素敵なレディでしたね。貴族のご令嬢なだけあって気品に溢れ、礼儀も備えていらっしゃる。私たちに丁寧に頭を下げてお礼を仰るなんて、思いもしませんでした」
「そうですね、凛とした美しい女性で、傲慢なんて言葉は似合わないお方ですね。シスタークラリスもミュリエルお嬢様を見習って、お淑やかなレディになれるといいですね」
気立てが良いクラリスだが、少し慌てもののところが玉に瑕で、よくフェリシテからため息をつかれていた。
「ああ、はい……気をつけます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます