第51話「いなくなった君を想う②」

 結局僕たちは彼女に会えることもないまま卒業を迎えることとなってしまった。

 あっという間だった。

 詩乃がいない学校生活は、想像以上にいつも通りで、だけど想像を絶するくらい淡白なものだった。


 学校行事なんて全然記憶に残っていない。

 体育祭も、文化祭も、修学旅行だって、ありとあらゆる行事も面白くなかった。

 もし隣に詩乃がいたら、どれだけ楽しかっただろう。

 そんなことをふと考えてしまう。

 考えたところで過去は変わらないのだから無意味になってしまうのだけれど。


 周囲の人たちはやはりいつも通りだった。

 東たちも卒業証書の筒を持ちながら写真を撮ってはしゃいでいる。

 クラスが変わってから、もう僕を睨むことなんてなくなったし、あの出来事だって記憶の片隅から消去されてしまっていることだろう。

 僕は片時も忘れたことなんてないのに。


「村山くん」


 教室の外から僕を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、長田さんが手を振っていた。

 その隣で日比野くんもコクリと頷いている。

 2人ともクラスが別れてしまったけれど、それ以降もちょくちょく関わりは持つようになっている。


「卒業おめでとう」

「長田さんこそ。それで、日比野くんとは上手くやれてるの?」

「おかげさまで未だ喧嘩もなく円満ですよ」


 長田さんと日比野くんは一年の終わりに付き合い始めた。

 日比野くんが長田さんに告白したらしい。

 それ以降彼女は眼鏡をはずし、自分に磨きをかけた結果、誰もが振り向くような美人へと変貌を遂げた。

 きっと詩乃がいたら学校のツートップアイドルとして君臨していたことだろう。

 彼氏である日比野くんにとっては気が気でないだろうけれど。


「本当は、詩乃とも一緒に卒業したかったな」

「そうだね……今、どこで何してるんだろう」


 彼女ともたまに詩乃の話をする。

 長田さんにとって、詩乃は憧れの存在で、だからこそあの時何もできなかったことをずっと悔やんでいるみたいだ。

 その気持ち、今なら少しわかる。

 僕も何もできなかった立場だから。


「長田さんは、日比野くんのこと絶対裏切っちゃダメだよ」

「わかってるって。余計なお世話だよ」


 ふふ、と長田さんは小悪魔のように微笑んだ。

 過去の僕ならこの誘惑に狼狽えていただろう。


 日比野くんは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。

 どうして彼氏である君が狼狽しているんだ。


 少し談笑して、2人は僕の元を離れていった。

 去り際に、日比野くんが長田さんの手を握る。

 どうか、どうか君たちは幸せになってほしい。

 そんなことを願いながら僕は再び教室に戻る。


 戻ったところで教室は相変わらずうるさかった。

 泣く生徒、笑う生徒、実に様々だ。

 だけど皆この瞬間に「片桐詩乃」なんて名前など思い浮かべていないだろう。

 時の人だった詩乃も、すっかり過去の遺物だ。

 なんだか悲しくなってしまう。


 気分が落ち込んでいる時に、突然バンッと誰かに背中を叩かれた。


「背中曲がってんぜ。もっとシャキッとしろ」


 須藤だ。

 当然藤堂もいる。


 僕はじとーっとした目を須藤に向けた。

 まだヒリヒリと背中が痛い。


「叩くことはないじゃないか」

「お前にはこれくらいのお灸が必要なんじゃねえかと思ってな」

「余計なお世話だ」


 きっと、彼なりの励まし方なのだろう。

 せめてもう少し丁寧にしてほしいところではあるけれど。


「まーたしーちゃんのこと考えてるんでしょ」


 藤堂に見透かされて、何も言い返せなかった。

 そうだよ、引きずって悪いか、という開き直りさえ言えなかった。

 本当に詩乃のことになると、僕はダメになる。

 やっぱり思ってしまう。

 もう一度だけでいいから、会いたい。


「……ごめん」

「きっと大丈夫だよ。多分、そのうち、えっと……まあ、会えるって信じなきゃ」

「信じる、か……」


 そう信じ続けて、願い続けて、毎日裏切られてきた。

 その度に惨めだと痛感させられる。

 それでも彼女のことを想い続けるのを止めないのは、諦めないのは……そのくらい詩乃のことを大事に思っているからだ。


 今度また会えたらちゃんと約束を果たしたいと思っている。

 この春から大学生になり、できなかったことができるようになるから、ちゃんと詩乃を幸せにしてあげたい。


 目の前の2人のように。


「あ、そうだ。言いそびれてた。結婚おめでとう。雄介、祈里」


 許嫁同士である2人は、この卒業を機に正式に結ばれることとなった。

 お互い18歳でもう成人となっているから、ちょうどいいタイミングだし、ということもあって今日婚姻届けをだすらしい。


 しかし2人のことを下の名前で呼ぶのは照れ臭い。

 詩乃のことを初めて名前で呼んだ時よりもむずがゆくて、変な気分だ。


「お前に下の名前で呼ばれるの気持ち悪ぃな。やっぱいつも通りでいいや」

「えー、アタシはそのまま祈里でいいよ」

「じゃあ、そうさせてもらう」


 呼び方よりも、幸せになってほしい。

 その感情の方が強かった。


 僕みたいに、悲しい想いなんてしないでほしい。

 これから待ち受けているのは全て幸せな未来。

 そうありますように。

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