第4話「最悪のエンカウント④」
僕たちはコーヒーショップを後にし、適当に近くを散策した。
駅周辺はいろんな飲食店が立ち並んでいて、全国チェーン店から居酒屋まで、いろんな店が揃っている。
僕たちはまだ学生だから居酒屋なんて入れないけれど、こういう場所って楽しいんだろうか。
片桐さんはきっと知っているのかもしれないけれど。
「今更なんだけどさ、片桐さんは私服だと結構ラフなんだね。ちょっと意外だ」
「今回は相手の方のリクエストなんです。こういうラフな格好がそそるんですって。ほら、少しくらいなら覗いてもいいんですよ?」
彼女はチラリとTシャツの襟を開け、自身の谷間を惜しげもなく見せてくる。
あんまり自分の価値を下げるんじゃない、と思ったけれど、それはそれとして僕の邪な感情は先ほどの男性の癖を理解してしまった。
確かに、この格好は彼女の抜群のプロポーションを誇示するには十分すぎる服装ではある。
「頼むから自分をもう少し大事にしてくれ。少し心配になってくる」
「釣れないですね。やはりソッチの人だったんですか?」
「そういうことじゃないから」
ため息をついた。
やっぱり僕と片桐さんは理解し合えない。
お昼にしよう、ということで僕たちは全国チェーンにもなっているハンバーガーショップに入った。
既に店内は行列ができており、イートインのスペースもいっぱいで座れそうにない。
「どうする? 別の店にしようか?」
「いえ、もうハンバーガーの気分になっちゃったので。それに待っていればイートインのスペースも空くでしょう」
それは一理あるかもしれない。
納得したと同時に、ぐう、と僕のお腹も鳴った。
「……君の言うとおりだね。並ぼう」
「素直でよろしいですね」
「なんで少し偉そうなの?」
「いいえ、少しからかってみただけです」
クスリと彼女は笑う。
やっぱり僕は片桐さんに可愛がられているのだろうか。
きっといろんな経験値が違うから、僕のことも可愛い子供に見えるのかもしれない。
行列はスムーズに進んでいき、あっという間に僕たちの番になった。
僕はてりやきバーガーのセットを、片桐さんはフィレオフィッシュを注文した。
「ドリンク、烏龍茶なんですね」
「炭酸は飲めないし、ジュースもあまり好きじゃないから」
「美味しいですよ、オレンジジュース」
「美味しいけど、進んで飲まないから」
ジュースは少し酸っぱく手苦手だ。
柑橘系のものならなおさら。
炭酸飲料も刺激が強すぎて飲むことはできない。
飲み物に関しては、基本的にはお茶か水だ。
そこから10分ほど待って、注文したものが届いた。
匂いだけでももう美味しそうだ。
僕がトレイを持ち、イートインのスペースに座った。
彼女の言う通り、並んでいれば勝手にスペースが空いた。
コーヒーショップと同じように僕たちは向かい合い、ハンバーガーを食べる。
「遠出したのに全国チェーンのお店でご飯を食べるのって、なんだか損をした気がする」
「いいじゃないですか。結局全国チェーン店の方が安いんです。そういうお店は高校生の私たちには少しハードルが高いですよ」
「そうだね」
彼女はそう呟きながら、僕が注文した分のフライドポテトも口にする。
別に構わないのだけど、せめて一言くらい断ってもいいだろう。
なんだか、彼女と一緒にするうちに、片桐さんのことがわかったり、わからなかったりした。
学校での片桐さんは高嶺の花で、少し話しづらい雰囲気があったけれど、本当の彼女は想像よりもフランクで、思った以上に話しやすい。
彼女の背景から目を背ければ、いい話し相手になれると思う。
他愛もない話をしながら、僕たちはハンバーガーを食べる。
恰好がラフだから、彼女が食べる様子はとても絵になった。
しかし「いただきます」「ごちそうさまでした」と行儀よく手を合わせているから育ちはいいことが彼女の行動から見える。
食事を終えた僕たちは店を後にし、また近くを散策した。
特に何も買わなかったけれど、ただ商品を眺めているだけでなんだか楽しい気分になる。
散々歩いたけれど、少し疲れた
まだ4時だが、僕たちは地元に帰ることにした。
「休憩していきませんか? ホテルで」
「行かないよ」
なんて冗談を挟みつつ、僕たちは電車に乗り込む。
無事に窓際の空いている席に座れた。
ここでは隣同士並んで座る。
行きは1人だったのに、帰りは2人になるなんて思ってもいなかった。
だから少し違和感が僕の周りに漂っている。
「また、明日も会ってくれますか?」
「明日?」
「ええ。別にお出かけじゃなくていいです。図書館でも学校でも、会ってくれませんか?」
別にいいけれど、会った彼女にメリットはないだろう。
まさか美人局……ではないことを祈りたい。
「そういえば、7月に受けた模試が散々だったんだ。よかったら勉強を教えてもらいたいんだけど」
「構いませんよ。勉強は得意ですから」
ふふ、と微笑む彼女は、先ほどまでの余裕ぶった表情とは違い、年相応の微笑だった。
そんな話をしていると、もう彼女の家の最寄り駅までやってきた。
僕のはその一つ先の駅だ。
「では、また明日」
片桐さんは小さく手を振り、僕に別れを告げる。
その時の表情がどこか物寂しく感じた。
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