第60話 4ー4 北方の異変 その一

 ヴィオラで~す。

 前回、お話ししたように飽くまで私(ヴィオラ)の『堪』にしか過ぎませんが、王国の北方に何やら怪しげな雰囲気を感じ取りました。


 とっても気になるので、早速に式神を飛ばして調査に当たらせています。

 何か異常が有れば、私が現地に飛んで調査せざるを得ないかもしれません。


 私(ヴィオラ)の住んでいるライヒベルゼン王国の北方は、三つの国と国境を接しています。

 北西方向の隣国はゼラート王国、ほぼ真北方向の隣国はパルテネン王国、北東方向の隣国はホルツバッファ皇国です。


 ライヒベルゼン王国にとって、ゼラート王国とホルツバッファ皇国は、特に塩の交易で大事な国であり、昔からライヒベルゼン王国とは関りの多い国なのです。

 因みに、現国王の御妹様が皇王妃として嫁いでいる国がホルツバッファ皇国であり、先々代の国王の御姉様が嫁いだ先がゼラート王国なのです。


 いずれも、大陸西部域で西から東に延びるシュトゥルッヒ山脈の稜線りょうせんを国境としている国ですが、それぞれに立派な峠道が有るので多くの商人が盛んに交易をしています。

 但し、パルテネン王国とは、二つの隣国ほどには交易がありません。


 この北方三国はいずれもワオデュール大陸北部の海岸に面していて、製塩業が盛んなのですけれど、何故か、パルテネン王国の塩は出来が余り良くないのです。

 このため、ライヒベルゼン王国が塩を輸入するのは、ゼラート王国とホルツバッファ皇国からが主流となっており、パルテネン王国はある意味で塩の輸出が少なく貿易赤字で困っているようなのです。


 パルテネン王国は、シュトゥルッヒ山脈から発する川の扇状地にあって山岳部はともかく、低地は湿地が多くて、農業が難しい土地柄のようなのです。

 従って、パルテネン王国は、鉱業と、牧畜業に力を入れているようです。


 牧畜業については、前世の地球ならばいざ知らず、魔物がいたるところで跋扈ばっこするようなこの世界では安全に飼育することが非常に難しいのです。

 牧場を設けたならば、その敷地を守る牧童にかなりの武力が無ければ維持できないことになります。


 このため、パルテネン王国の歩兵は精鋭の兵士として周辺に知られています。

 一方で食糧の穀物類は、どうしても他国からの輸入に頼らざるを得ないところがパルテネン王国の弱みなのです。


 海産物もありますが、山越えで交易できるような海産物は、干物しかありませんし、この世界では干物文化と言うかそもそも海産物を生かすような料理が少ないのです。

 例えば、出汁に使う昆布なんか市場では見かけませんね。


 海辺に行けば、もしかするとあるのかもしれませんが、私(ヴィオラ)も王都やロデアルでは見たことが有りません。

 貝柱の干物だって、お魚の一夜干しだって美味しいのに・・・。


 山越えの流通が今のままでは、一夜干しの魚なんぞは賞味期限が三日から四日程度ですのでとても無理でしょうけれど、乾燥昆布や貝柱の干物は数年持ちますから十分に輸送に耐えられると思うのですけれどね。

 そんな海産物の商品を誰か思いついてもおかしくは無いはずですが、それが無いという事は海産物の干物が少ないのでしょうか?


 あ、そう言えば、安奈先生が教えてくれたことがありますね。

 などの海藻類を消化できるのは日本人だけで、西洋人は余り消化ができないんだって言っていました。


 であれば、この世界でも白人種に近い私は、もしかしたら海藻の消化ができないのかな?

 でも出汁なら大丈夫よね。


 お米だってそれなりに美味しく食べられたから、少なくとも味覚の方は前世と同じで大丈夫みたいだもの。

 隣国の経済状況や親交状態はともかく、この北方域で私の不安をき立てるのは一体何なんでしょう?


 ライヒベルゼン王国の国境までは特段の以上も見当たりませんでしたので少なくとも国内では無いようです。

 式神もかなり遠くまで操作できるようにはなりましたけれど、シュトゥルッヒ山脈を越える辺りになると流石に怪しくなります。


 細かい操作は諦めて、上空からの監視のみをすることで更に調査範囲を広げました。

 式神を飛ばしてから半日余りが過ぎました。


 もう夕暮れが迫っている時期なので、間もなく上空からの監視も難しくなります。

 そんな時に、ついに異変を見つけたかもしれません。


 物凄くデカい魔物(?)が瘴気を発しながら移動しているんです。

 何と言ったらいいのか・・・、前世で似てるものと言えば亀さんなんでしょうね。


 でもデカいんです。

 甲羅の全長が百尋以上もありますし、横幅だって全長の三分の二ぐらいはありそうです。


 厚みもかなりありますね。

 近くの樹木がミニチュアの様に見え、甲羅の高さは樹木の数倍はあります。


 何より妙に思えるのは、甲羅の頂上に真っ黒な樹木が生えています。

 何だろう?


 あぁ、もしかして、サモラ村近辺で発生したの際に生まれた黒いトレントと同じかも知れないと思い出しました。

 あの時に発生した魔物のスタンピードは私(ヴィオラ)がそのほとんどを殲滅しましたけれど、瘴気発生地域の付近に生えていた樹木が黒いトレントになって、遅い速度で動き回っていて、後々、お隣のベイチェル子爵領でそれらを退治するのにかなり苦労したと聞いています。


 私(ヴィオラ)が出張るまでもなく、冒険者たちと子爵領の騎士で対応できたので忘れていましたが、あの際に動きは遅いものの動き回っていた黒いトレントが間違いなく居たはずなのです。

 ロデアル領に侵攻してきた魔物については退治しましたけれど、ベイチェル子爵領までは手を付けていませんでした。


 が亀さんの甲羅に乗っかっているという事は、亀さんが瘴気を浴びて、樹木も一緒に魔物化した?

 それとも魔物化した樹木が亀さんの甲羅に這い上がった?


 うーん、後者は多分無いでしょうね。

 地上に生えていたものが、絶壁に近いような亀の甲羅を登ったとは考えにくいです。


 むしろ、甲羅の頂上に種なんかが落ちてそこで育った普通の樹木が、瘴気を浴びて黒色のトレントになったとみるのが有っているような気がします。

 サモラの瘴気発生によるスタンピードの場合と異なるのは、他の魔物の発生が無いことでしょうか。


 但し、この亀さんが周囲に瘴気をまき散らしています。

 見える感じでは紫色の瘴気の色がかなり薄めに感じますので、サモラ近辺で発生した瘴気よりも弱いのじゃないかと思いますけれど、それでもこの亀さんが通過した後は瘴気を浴びた植物が魔物化はしないものの枯れていますから、やっぱり異常ですよね。


 幅が百尋近い跡がずっと西から続いており、今はまだ、パルテネン王国の領域内ですが、間もなくホルツバッファ皇国の領域に入りそうです。

 おそらくは亀さんの出発地点と思われる場所が、亀さんの後方(西方向)にありますけれど、その始点から大きな痕跡がずっと残っていますので、その始点でこの亀さんが大きくなったのじゃないかと云う推測が立ちます。


 何となれば、亀さんの通った跡が空から見える範囲ではいきなり始まるからです。

 この推測が正しければ、亀さんは例の瘴気をこの始点で受けて大きくなり、瘴気が止まるとともに、その成長も止まってから動き出したように思われます。


 だって、これだけ巨大なモンスターが昔から存在していたのなら、絶対に人の目に触れていたと思うのです。

 亀さんの通った跡にはさほど大きくはありませんが生活道路のような小さな街道もありましたから、少なくともパルテネン王国内ではこの怪物が居ることを現時点では認知している物と思われるのです。


 そうして、その知らせがホルツバッファ皇国へ届いているかどうかは不明です。

 亀さんが向かっているその先にはホルツバッファ皇国でも五本の指に入る都市、シュレインホフがあるのです。


 亀さんが動くたびにその巨大な体と重量で押し均すように進行方向の地形を変えて行くのです。

 亀さんの動きのモーション自体は左程早くは無いのですけれど、何しろ身体がでかいですからね。


 亀さんが一歩動くと数十メートルは動きます。

 多分、時速で言えば40キロぐらいは出ているんじゃないかと思いますよ。


 あくまで見込みにしか過ぎませんけれど、明日の正午前ぐらいにはシュレインホフに到達するかもしれません。

 地形的に見てもほぼまっすぐシュレインホフに向かいそうな感じなので、ホルツバッファ皇国の山岳部に配置された警備隊が既に動き始めてはいるようですが、おそらくはあの巨大な亀さんを止めることはできないだろうというのが私とルテナの見積もりです。


 この亀さん、今のところは通過した後の地形を変え、周辺の植物を枯れさせるという環境破壊をしていますけれど、ハルタットの災厄と異なり、瘴気で、周辺の魔物を魔物化させるという危険性は無いようです。

 私(ヴィオラ)ならば、多分退治できますけれど、どうしましょう?


 私(ヴィオラ)としては、余り他所よその国まで手を出したくは無いのですよね。

 手を出せば、それ以後の際限がなくなりそうで実は怖いのです。


 手の届く範囲で善行を施すのは構いませんが、やり過ぎると自分にも助けられた人々にも良くないのです。

 一番わかりやすいのは神様への妄信ですよね。


 神様が居るのは私自身がお会いしましたから十分承知しています。

 でも神様たちって、地上の人々の信仰に余り関りが無いみたいなのです。


 単純な話、信仰心が多いほど神様の力になるというような話も前世では有ったような気がしますけれど、この世界ではそんな事実は無さそうなんです。

 そうして、神様も、実は地上で困っている人が居たら必ず助けてあげるというような存在ではありません。


 例えば、1300年ほど前に栄えたアレバンド魔導帝国は、自ら生み出した最終兵器の誤操作か何かで滅亡しました。

 神様は、彼らが声を聞けない者として無視していたようですけれど、本当に必要があればなにがしかの警告は出せたのじゃないかと思います。


 彼らは神様が助けを出すほどの存在ではなかったという事なのかもしれませんが、その必要性を感じなかったようですね。

 無辜の民も大勢いたはずですけれど・・・。


 こちらの世界の神様は、むしろ地上界には余り関り合わなかった神様達なのだろうと思います。

 私(ヴィオラ)には、加護を与えていることもあって、色々と便宜を計らってくれますが、普通の人々に対しては干渉しないのが神様たちの方針なのだろうと思います。


 ここで私(ヴィオラ)が奇跡を起こすと、きっと神頼みをする人が増えるのでしょうけれど、私ができるのは自分の手が届くところだけなんです。

 ですから、余り手を出したくは無いのですが、大勢の人が困ることが目に見えていて、助けることができるのに手を出さないのはヤッパリ嫌ですよね。


 止むを得ませんから、深夜には出撃です。


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 新作の投稿を始めました。


 ① 「二つのR ~ 守護霊にResistanceとReactionを与えられた」

  https://kakuyomu.jp/works/16818093084155267925


 ② 「仇討ちの娘」

  https://kakuyomu.jp/works/16818093083771699040


 ご一読くださると幸いです。


   By @Sakura-shougen


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