第四章 学院生活(中等部編)
第57話 4ー1 ロデアルの近況
ヴィオラでございますが、お話が少し跳びます。
私(ヴィオラ)は、9歳になりました。
この初秋に、初等部を卒業して中等部へ進級し、間もなく10歳を迎えます。
自分の中では中等部へ進学する理由が乏しくて、実は個人的には随分と迷ったのですよ。
正直なところ、学院では学ぶべきものがほとんどありません。
本当にお友達を作って、友情を育む場にしかならないのです。
私(ヴィオラ)が、王立学院の図書館に通っていて初等部の三年間で学院の蔵書1万冊をほぼ読み切りました。
ほぼと言うのは、多少の言葉の違いはあっても、同じ内容を記述してある蔵書がかなり多数あって、その場合は流し読みですから正確には『読んだ』とは言えないかもしれません。
でも特に魔法関係や錬金術の書籍は、非常に引用が多いのも事実なのです。
特に、有名な魔法師の著作であったり、高名な錬金術師の言であったりする場合は、何度も繰り返し引用されますので、その部分はほとんど読む必要が無いのです。
因みに魔法関連の書籍は多いのですけれど、錬金術関係の書籍は少ないですね。
錬金術がおよそ300年前には最盛期を迎え、150年ほど前からは錬金術師そのものが少なくなってしまったのです。
これは、かつて錬金術師が多くの戦争兵器を生み出したことに理由がありそうです。
錬金術師の多くがある意味でもてはやされた時期と符合はするのですけれど、敵対する国にとっては、錬金術師は兵器工場のようなものですので、互いに刺客を送って潰しあいました。
その内に、防衛策として、国は名のある錬金術師を抱え込み、その存在を隠しました。
そのために弟子は限りなく少なくなり、一子相伝のような制度が出来上がってしまったのです。
このために200年ほど前には生活用品としての錬金術生産品が沢山あったのですけれど、百年ほど前からそれが少し途絶えてしまっているのです。
無論現代の錬金術師も努力は重ねていますが、かつて造られた便利な魔道具が失われているのも事実なのです
所謂貴族なり大商人などは少くない数の錬金術師を抱え込み、生活に役立つような魔道具を造らせてはいますが、その現代の錬金術師が高度な武器や昔存在した魔道具を再現するのは非常に難しいようです。
一方で学院にある蔵書の中にも秘伝と称されるものはほとんどありません。
ルテナによれば、兵器となり得る危険な代物は、全て王家の秘密書庫の中に収められているようです。
残念ながらそうした秘伝書を見ても、現代の錬金術師は再現ができないでしょう。
錬金術師そのものの成り手が少ないことが一番の理由でしょうし、育てる側にも優秀な師匠が居なければ、錬金術師は育たないのです。
王宮の秘密書庫に内緒でお邪魔して蔵書を見ましたが、確かに秘伝と称するものは肝心なところをぼかして記述していますから、それを見て再現するには、錬金術師の才覚を有する者が一生をかけて研究しなけれはできないと思います。
私(ヴィオラ)?
私(ヴィオラ)は、前世の知識もありますし、たくさんの神様から与えられた加護の所為もあって、彼らが隠そうとした秘伝はすぐに推測ができますし、再現も可能です。
でも、武器となるような代物を後世に残そうとは思いません。
ロデアルの工房で雇っている職人たちには、多くの錬金術を教えていますよ。
勿論、生活に役立つ品を生産する技術としての錬金術です。
王都の工房で訓練を重ね、ある程度育つとロデアルの領主館のすぐ脇にある工房兼宿舎に移動させますが、その工房兼宿舎も、もう五棟になりました。
ロデアルに宿舎としての部屋数は沢山あるのですけれど、職人が増えて工房を職種ごとに分けて使う必要が出て来たので、今年の春から夏にかけて増やしたのです。
今では、ロデアルの工房には12名の職人と14名の見習い職人が働いてくれています。
最初に造った農業関連の工房では、アルノルド、フルヴィア、アマリスの三人にマイスターの称号を与えて職人として働いてもらっています。
このほかにも既にマイスターの称号を与えた者は居ますけれどね。
例えばワイン用のブドウの品種改良に貢献のあったビルギット・ラーゲンフェルトや、ロデアル産の名産品に鑑定をかけて適正な値段を付けているカール・エマーソンなどは彼らの先輩マイスターです。
勿論、マイスターのお給料は増額されますから、そのことが他の見習い職人の励みにもなるのです。
アルノルドとフルヴィアは、試行錯誤の末に何とか稲の育成方法を確立しました。
ロデアルの湿地帯の二か所で、稲を育成できるようになったのです。
ヴァニスヒルから見ると西方にあるイスラベリと言う湿地帯ではフルヴィアが12―1501番の育成に成功し、北方にあるレブノリスと言う湿地帯ではアルノルドが16―1488番の育成に成功したのです。
尤も、当該地方の土壌と水を使い、現地の気候に合わせられる地下農場で栽培に成功したというだけですから、まだまだ本当の自然環境の中で育成できたとは言いかねるので、先は長いのですよ。
どちらも地面がぶよぶよするような浮草が生い茂っている浅い沼地が多い場所であり、ここを整地し、区画整理された田んぼを造って、一般の農家を指導しながら稲を育ててもらうのです。
どちらの地域も灌漑用水路を造るのにそれなりに手間暇がかかりましたけれど、私の魔法で比較的簡単に作れました。
概ね二百尋(約346m)四方を一区画として、六区画作りましたが、一夜にしてそんな土地ができてしまったら誰もが怪しみますから、工房を造った際に使用した目隠しのシートが大活躍です。
農地整備には三日もかかりませんでしたけれど、目隠しのシートは三か月ほどそのままにしておきました。
仮に間諜などが入り込んで覗き見ても、土地が単に区画ごとに仕切ってあるだけですから何もわからないはずです。
まぁ、立派な灌漑用の水路ができているのは気づくでしょうけれど、そのことから得ることは無いはずです。
間諜の存在には気づいていますけれど、さほど害の無い者については監視のみで放置しています。
流石に領民などに危害を加えるような行為をなす者は放置できませんので、その場合には粛清しますけれど、その死体は敢えて人目に晒します。
外傷はないので、誰しもが突然死を疑いません。
それが続くとなると、派遣元の人間が
但し、そうした人物はすべからく私のブラックリストに載っており、大元であれ、いつでも粛清は可能なんです。
実際に派遣元のボスに当たる人物の粛清が、二件ほど続くとその更に上の大ボスも手控えするようになりましたね。
ロデアルには手を出してはならない。
その様な認識が広がればよいのです。
余分な話になりましたが、アルノルドとフルヴィアの育成した稲は、取り敢えず試食でアマリスの高評価ももらえましたので、実際に湿地帯での栽培を、特定の農家に依頼して来年の春には始めることになっています。
試験的な栽培という事もあって、依頼する農家は六軒だけに限定しています。
この六軒の栽培農家には、私(ヴィオラ)が補助金を出して、稲の栽培を始めることになります。
仮に、稲の栽培に失敗しても構わないと言ってはありますが、栽培に成功したならその成果に応じて報奨金を支払うようにしていますので、この六軒の農家の意気込みは大変なものがあります。
栽培に当座必要な経費は全て私(ヴィオラ)が負担しますし、栽培に成功したなら報奨金とは別に耕作地を家付きでもらえることにもなっているんです。
六件の農家には一応の試験耕作期間があって、五年の猶予を与えています。
少なくとも最初の五年間については、彼らが衣食住に困ることは無いはずですが、同時に明らかな怠け者が居る場合は、1年であっても追い出すことにしています。
いずれにせよ、稲の育成指導には、アルノルドとフルヴィアが当たります。
この二人は、大事な職人ですから、マイスターの称号を与えてから以降は、私設の護衛も付けているんですよ。
この護衛を担当する者は、冒険者ギルド及び傭兵ギルドで然るべき人物を選びました。
彼ら二十名ほどには、増えた工房の警備なども担当してもらっています。
そのほかには、化粧品工房も活動を始めてはいますけれど、今のところ見習い職人の技量が不足しているので高級化粧品は製造できません。
それでも一般用の化粧品は作れるようになりましたので、そうした製品を比較的安いお値段で販売を始めています。
ロデアルの目抜き通りに化粧品専門のお店を作っているんですよ。
これまで入手できなかった幻のロデアル産高級化粧品の
但し、私(ヴィオラ)が作っている上級貴族御用達の化粧品は、使う人の肌を個別に確認して生産している限定品ですけれど、一般に市販する品はそのような手間暇をかけてはいません。
ですから販売に際しては、必ず契約書を取り交わしています。
その中で使用する側の注意事項を列挙して、できるだけ事故防止を図ろうとしているのです。
でも中には無茶をする人も出てきます。
飲んじゃいけないし、子供の手の届かないところに保管するようにと、契約書にも説明書にも明記してあるのにかかわらず、子供どころか大人が飲んでしまうケースもあったりします。
短絡的にお肌に良いものなら身体にも良いのだろうと考える人がゼロではないのです。
飲んで美味しいものではないはずなのに、一瓶を一気に飲んでしまうことのできる人が居るのにはびっくりです。
まぁ、おなかを壊すぐらいで済んでいるので良かったのですけれど・・・。
ですから、本来の用法以外の使用をした場合には、賠償責任を負わないことを契約書に明記しているのですよ。
このほかにも、ラディキ(生理用品)を錬金術で生産できる者が育ちましたし、アラクネさんが生み出してくれる糸の代用品となる繊維を錬金術で作り出せる者も育成できました。
アラクネさんが生み出す糸から作った品は極上品ですけれど、生産量が少ないので代用品を探していたのですが、私(ヴィオラ)が偶然錬金術で特定の樹脂から生み出した化繊の中に特性の似た繊維があったのです。
アラクネさんの糸には到底及びませんけれど、絹のような上質の感触の繊維は湿気にも強いので下着を含めた衣類を造るには適した繊維なのです。
この生産にかかりきりになると、私(ヴィオラ)が何もできなくなりますから、私(ヴィオラ)の工房に居る錬金術師の見習い職人に仕事として割り当て、これが本格稼働できるようになったのです。
私(ヴィオラ)の工房はブラックじゃないですよ。
残業無しですし、お休みもきちんとあるんです。
但し、生憎と週休二日ではありません。
この世界では、正月とお盆にしか休みがもらえない江戸時代と似た感じで、週とか月とかの短い期間にもらえる休暇と言うものがそもそもありません。
騎士等は交代制勤務を取っているので、非番の時は休みなんですけれど、それは休みではなく、次の勤務に備えるための準備期間ぐらいにしか考えられていないのが普通なんです。
まぁ、そうは言いながらも自由な時間はそれなりにあるので、男性が娼館に出向く機会はありそうですけれどね。
ですから、私(ヴィオラ)が、この世界におそらく初めて職場に週休という制度を取り入れたのじゃないかと思います。
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