第29話 3ー15 しょっぱい話と割合深刻な話

 冬休みのある日、お父様とお母様からお許しを得て、ヴィオラ(私)は孤児院に来ています。

 ヴィオラ(私)が生み出した化粧品などで潤った我が家の財政について、貯めるばかりが能じゃないと、その収益の2割を実は公共事業に振り向けています。

 

 その公共事業の一つに学校と孤児院があるのです。

 これまで裕福なものでなければ教育を受けられませんでしたが、ヴィオラ(私)の進言によりお父様が無償で教育を受けられるよう伯爵家の私財からお金を出しているのです。


 お母様も当初は、ヴィオラ(私)の嫁入り用として収益を蓄えようとしていましたけれど、その必要はありません。

 ヴィオラ(私)はいつでもお金なら稼げます。


 何なら我が家の近傍に在る丘陵地帯の地下深くに眠る金鉱脈から純金だって採掘できちゃいますから、私が少なくとも初等部や中等部に修学している間に必要とするお金は、お姉様と一緒で良いのです。

 私の能力を駆使すればすぐにもできるだろうに、なぜ金鉱開発をしないかって?


 金鉱が地下約千ひろのところにあるので、そこまで掘るのが通常の方法では時間がかかりすぎるからです。

 せめて採掘用のドリルマシンでも製造(これも問題ありかな?)して、地下構造を試掘してからでないと色々と問題がありすぎます。


 ヴィオラ(私)自身の能力については、独り立ちできるようになるまでは、できるだけ他人に知られないようにしなければなりませんし、お父様やお母様にだって内緒にしていることはいくらでもあるのです。

 いずれにせよ、お金が必要になったら必要な分だけ稼ぐ方法はあるということでございます。


 他にもうけ口と言えば、商人の邪魔をしちゃいけませんけれど、ライヒベルゼン王国は海に面した領地が無い内陸国ですし、国内の領域で岩塩の鉱床も見つかってはいないのです。

 実はこのヴァニスヒルの近傍にも、真下に百二十尋ほども地下を掘れば岩塩層が出てくるのですけれど、間にある硬い岩盤を貫いてそこまで掘るだけの作業をしてみようという人はいません。


 宝物があるとわかっていれば金も労力も惜しみなくつぎ込むでしょうけれど、確実性の無い話に大金を掛ける人は少ないですよね。

 地下を深くまで掘れるような便利な技術は今のところこの世界には無いのです。


 領軍に土属性魔法師は十人程いますけれど、彼らに掘らせても坑道として使えるように斜めに掘らせるとなれば、七度程度の勾配でループを描きながら掘らせた場合、岩塩層までは千尋ほど掘らねばなりませんが、一生懸命に頑張っても三年でできるかどうかですね。


 特に硬い岩盤層を抜けるにはかなりの魔力が必要なんです。

 ヴィオラ(私)ならば、土属性魔法で多分一刻もあれば穴を掘り切れます。


 でも、そうした力を発揮するにしても、もう少し様子を見ましょう。

 可能性があるとすれば、周辺国とのいさかいが起きて塩の輸入を停められた時でしょうか?


 その時は領民を含めて、ライヒベルデン王国の民草を助けるために岩塩を掘り出し、製塩業を興すこともいといません。

 できればドワーフさんなんかのように山堀りに特化した人たちに掘削をお願いできれば良いのですけれどね。


 ライヒベルゼン王国の西方にある山脈を超えて、その先に拡がる魔境と呼ばれる危険地帯を攻略できれば、海岸に到達できるということは昔話で言い伝えられていることではあるのですが、ライヒベルゼン王国建国以前から伝わるお話ですので定かではないということになっています。

 ヴィオラ(私)は好奇心旺盛ですから、時間に余裕がある時には周辺の観察も内緒で良く行っています。


 勿論、隠密や認識疎外をかけて人や魔物に気づかれないようにしていますけれど、ライヒベルゼン王国西端に位置するトラヴァー辺境伯領の実質的境界になるフーベルト山地上空へ飛来したときに、間違いなく、西の遥か彼方に水平線を確認しています。

 このほかにもルテナからセリヴェル世界の大陸と海の位置関係は聞いていますから、言い伝えのように間違いなく海はあるのです。


 但し、この西方域には瘴気が溢れたハルタット大陸があって、危険な魔物が生息しているため、当該ハルタット大陸とライヒベルゼン王国が存在するレスラン大陸との間の海もまた海生の魔物が跋扈ばっこする場所となっているために、当該西方海域には船乗りも余程のことが無いと近寄りません。

 現実にライヒベルゼン王国南西部にあるクルーランド連邦共和国では、海岸地帯の北部集落が時折海生の魔物に襲撃されて大きな被害を受けることもあるようです。


 従って、海までライヒベルゼン王国の領地を伸ばして海から塩を造るというアイデアは取り敢えず棚上げです。

 ヴィオラ(私)ならば、簡単に海岸まで行き来できるでしょうし、襲来する魔物を撃退しながら塩田も造ることができますけれど、何から何までヴィオラ(私)頼みでは後が続きませんよね。


 塩造りは安全なところですべきなんです。

 何で塩の話をしたかというと、塩は高価だからなんです。


 まぁ程度問題ではありますけれど、海岸地帯や岩塩が露出しているような地域では、塩はさほど高価なものではありません。

 然しながら、この世界の流通は危険が伴うのです。


 単純に言えば、長い交易路を使って運ばれる塩は、その運搬のための労力にかかる費用と商人の利益が上乗せされるためにかなり高いものになるのです。

 この冬休みに入ってから、以前作ったヴィオラ(私)独自のスケールを用いて、私のを計測したところ、身長が134センチ、体重が29.6キロでした。


 多分、王立学院の同級生の女の子の中では平均よりちょっと低めの身長と少なめの体重です。

 でもヴィオラ(私)はこれから伸びて来る子なのです。


 実際にこの半年で4センチほども伸びていますからね。

 ヴィオラ(私)の身体の話はともかく、ヴィオラ(私)の体重より重い36キロ程度の塩袋が、ライヒベルゼン王国では銀貨6枚です。


 前世の記憶では、塩一キロが概ね120円程度と聞いていましたので、銀貨一枚の価値が1万円とすると、36キロほどで約6万円となり、前世の日本よりも14倍ほど高いことになります。

 塩は人が生きてゆく上で必須の品ですから、購入しないという訳には行きません。


 塩の値段が高いがために、塩分の摂食せっしょく過多で病気になる方は少ないようですけれど・・・。

 ライヒベルゼン王国の場合、塩は国の専売としているためにどの地域でも同じ価格で買えますけれど、例えば隣国ゼラート王国の塩田地帯での販売額に比べれば十倍から十五倍ほどの高値になっているんです。


 同じゼラート王国内でも、地域によっては塩の価格はかなりばらつきがありますから、一概には言えないのですけれど、どうもライヒベルゼン王国には高く売りつけられているようです。

 これも需要と供給の問題であって、競合する塩業者が居なければ高くなるのもやむを得ない話でしょう。


 但し、国内各地域に届けるための輸送費がさらにかかるわけですので、生産地よりも遠隔地が高くなってもおかしくはない筈です。

 魔物が出没する地域では護衛が必要になり、そのための費用が上乗せされますから、ある意味では価格高騰もやむを得ない話なんです。


 内政問題でもありますので今のところ幼女に過ぎない私が口を挟むべきではないと思っていますけれど、国難として問題が生じるようであれば事後に派生するであろう問題は差し置いても動かねばならないでしょうね。

 多分その時は、色々な場面でこれまでの経済理念や経済活動を破壊することになるかも知れません。


 でも生き延びてこそ、商売もできるんですから、そんなときは既存の体制を維持するよりも生存を優先すべきです。

 その際の優先順位も私の中では決まっています。


 ヴィオラ(私)の家族、その縁者(ヴィオラ(私)の友人も一部はこの中に入ります)、我が家で働いてくれている従者達とその家族、領民、隣の領地に住む人々、ライヒベルゼン王国の国民、その他ですね。

 塩に関する話は少し置いといて、ヴィオラ(私)は職人を探さねばなりません。


 取り敢えず、領内には秘蔵の職人である化粧品を生み出す錬金術師を育てる必要があります。

 薬師でも良いのですけれど、生憎と薬師は師弟関係の結束が強いギルドで固められていることと、それこそ秘伝と称して知識を他所よそに漏らさない傾向が強いのです。


 「一子相伝」という言葉は立派ですが、そのままだと前任者の後を継ぐだけで新たなものを生み出さないということでもあるんです。

 薬師の場合、特にその傾向が強くて、ここ百年以上も新たな薬の開発が行われていません。


 というのも薬を生み出す薬師に希少価値がある所為せいで、薬師はどこでも好待遇を受けることから、その地位に胡坐あぐらをかいて伝承された薬以外のものを生み出さなくなってしまったからです。

 これでは薬師に未来はありません。


 何れはこれも変革するつもりですが、取り敢えずは放置です。

 そうして錬金術師、こちらも徒弟制度ではあるのですが、今のところ停滞はしていません。


 創意工夫で色々な魔導具を生み出しているようです。

 何より大事なことは、薬師は製薬に際して魔力は使っても魔法を使いませんけれど、錬金術師は魔法を使って魔導具を造るのです。


 但し、錬金術師は、領軍や王宮魔法師団の魔法師のような攻撃魔法が使えません。

 どちらかというと錬金術に特化した魔法の類なんですけれど、それが無いと錬金術師にはなれないのです


 この魔法が使えることが、化粧品の職人には必須なのです。

 一応領内に住む錬金術師を探してみたのですけれど、既存の錬金術師では残念ながら余り有望な人が居ませんでした。


 ヴィオラ(私)は人物鑑定ができますから、鑑定を掛けてその人の能力を確認し、可能性を推し量ることができるんです。

 徒弟制度の弊害へいがいなのかもしれませんが、皆さん、やや柔軟性に欠ける人が多いです。


 特に年配者にそうした方が多いですね。

 そこでその線はすっぱり諦めて、時間はかかるかも知れませんが、全く新たに職人を養成することにしました。


 そのための孤児院訪問なのです。

 前置きが長くなりましたね。


 一応取り敢えずの第一目標は化粧品作成の職人確保なんですが、生理用品の製造や衣服類についての職人もできたら欲しいなと思っているところです。

 紡織ぼうせきの魔導具は造る予定ですが、実際のつむぎ手や魔導具の修理ができる職工さんも必要ですよね。


 何せ我が家ではとっても文化的な生活が送れています。

 この生活を維持するためには、下で支えてくれる人たちがいないといけませんし、領民にもその便利さや快適さを徐々に広げていかねばなりません。


 生理用品については需要が多すぎて、製造が間に合わないくらいなんです。

 こんな時に、ヴィオラ(私)以外の職人さんがいるといないのでは全く話が違ってきます。


 鏡だって、シャンプーの類だって同じです。

 ヴィオラ(私)一人で作っている間は、供給枠を拡げられませんが、職人が確保できれば、需要に応じられるのです。


 特に問題となるのは、需要に対して供給が少ないと高額になってしまい、貧しい人には手が届かなくなることです。

 ヴィオラ(私)としては、私の所為でインフレの原因になりたくはありません。


 化粧品については、止むを得ず超インフレにしてしまいましたけれど、アレは例外です。


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