第27話 3ー13 冬休みと新たに生み出した物 その一

 「新春の休暇」は、王立学院での初めての長期のお休みです。

 王立学院では年に二回長期の休暇があるのです。


 冬季四の月半ばから春季一の月の末日まで45日間のお休みである「新春の休暇」(通称「冬休み」)と、夏季二の月初日から三の月末日まで60日間のお休みである「盛夏の休暇」(通称「夏休み」)があります。

 このほかに学年が変わる秋季にも十日程度の短い休暇がありますけれど、王都に接するような近い領地がある貴族の子女は別として、大多数の者は、そもそも十日程度では帰省することが難しいのでそのまま王都別邸若しくは寮で過ごすことになるのです。


 ヴィオラ(私)も、片道五日ではヴァニスヒルに辿たどり着けません。

 転移なら瞬時に帰れますけれど、人前では使ってはいけない魔法ですし、そのような魔法が使えると気づかれてもいけません。


 馬車の旅ならどんなに急いでも五日若しくは六日はかかります。

 ヴィオラ(私)が王都に来た時は、七日かけて王都に到着しましたからね。


 普通は何事もない旅でもその程度かかる距離なのです。

 鉄道とか自動車とかがあれば便利なのでしょうけれどねぇ。


 そのうち何か移動用の乗り物ができないか検討してみましょう。

 特に馬車は絶対に改良が必要だと思います。


 あれほど地面のでこぼこがお尻に伝わるようでは、お尻が可哀そうです。

 ヴィオラ(私)は必要があれば宙に浮いていることもできますけれど、一緒に居るローナや従者の方が可哀そうですものね。


 この新春の休暇中に色々と試してみましょう。

 今のところ、お父様が関わる勢力争いに左程変化は認められませんが、国王派と反国王派の対立が激化するとお父様が危険にさらされる恐れもありますよね。


 お父様は一応武闘派ということになっていますし、配下の騎士たちにも優秀な人がついておいでなのでほとんど心配はないかとは思うのですけれど、念のためお父様の周囲にスパイ・インセクトを数体配置しているんです。

 基本的にこのお父様用のスパイ・インセクトは、上空から周囲を監視警戒させています。


 ですからお父様の命を狙うような刺客がもし存在するような場合は目ざとく見つけることができるはずです。

 でももう一つ何か防護策があった方がいいかも・・・。


 うん、今回の休暇中に色々と考えてみましょう。

 王立学院の新春の休暇では宿題は無いんです。


 期間が長い盛夏の休暇では宿題があるという風にお姉様から聞いています。

 それやこれやで、冬の四の月16日、中等科のお兄様、初等科三年のお姉様とご一緒にヴァニスヒルに向けて初めての帰省旅行です。


 お姉様やお兄様に聞いたらやっぱり馬車の旅はお尻が痛いんだそうです。

 かねて用意のクッションの利いた座布団をお渡ししましたよ。


 何とか馬車の改良が済むまではこれで我慢してくださいね。

 一応ヴィオラ(私)の頭の中ではプランができているんです。


 懸架装置、特にスプリングと油若しくは空気を使ったダンパー、それに車体を宙づりに浮かせるフレームシャーシの採用でかなりの振動が軽減されるはずですし、車輪の軸受けの改良を組み合わせれば長時間の旅行もかなり楽になるはずです。

 王都へ来るときの旅路では、軸受部分が割れて、修理に結構な時間を要しました。


 元々木製の軸受けに獣脂を使って滑らかに回転させるような構造のモノなので、荷重を受ける軸受けの部分が摩耗し、割れることがしばしばあるようなんです。

 これを金属製の玉(ローラー)軸受けに変えたら摩耗が減少して長持ちするのではないかと思うんです。


 但し、細工が難しいので鍛冶屋さんではできないかも・・・。

 まぁ、その時はウチの馬車だけの改良ですね。


 そんなこんなで、七日かけてお里帰りをしました。

 ヴァニスヒルのお屋敷と懐かしい顔が見えますね。


 お屋敷の門をくぐって馬車を降りると、あぁ、帰ってきたという感慨で一杯でした。

 玄関先にはお母様がお出迎えです。


 ヴィオラ(私)は、駆けて行って、お母様の胸に飛び込みました。

 お母様に抱き着いたらとても懐かしい匂いがしました。


 お母様の元へ戻って来られてよかったと実感していますが、離れていたのはたった数か月のことなのに、おかしいでしょうか?

 でも私は未だ7歳なんです。


 まだまだお母様に甘えていたい年ごろなんですから大目に見てくださいませ。

 その日はずっと学院であったことを色々とご報告するだけで終わってしまいました。


 明日からは色々と動かねばなりません。

 最初は馬車の改良ですね。


 確か納屋には予備の馬車三台と、古くなったけれど予備のまた予備として置いてある馬車が一台あったはずなのです。

 お父様に許しをいただいて、そちらの馬車をいじってみるつもりなんです。


 ◇◇◇◇


 休暇に入って8日目です。

 昨夜、お父様に許しをいただきましたので、午前中から一番古い馬車の改造を始めました。


 最初に馬車の車輪の寸法を色々と測らせてもらいました。

 その上で軸受けの設計を行いました。


 軸自体の大きさも傍に在った比較的新しい馬車と比較してみましたが、ものすごく大雑把なんですね。

 軸の大きさがモノによっては数ミリも左右で違っていました。


 古くなって摩耗で減ったのならわかりますけれど、そうではなくってまるで現場合わせで軸径を削っているみたいな様子がうかがえます。

 ですから軸と軸受けのあたり面が必ずしも真円じゃないようです。


 むしろ多少変形していても概ね丸ければ摩耗で真円になるだろうと思って作られたふしがありますね。

 従って、左右で軸の直径が異なっていてもそれが当たり前のようなんです。


 動けばいいという意味では確かにその通りなのですけれど、いくら木製品でもいい加減すぎますよね。

 これならばいくら獣脂で滑りを良くしても、左程時間を置かずに軸も軸受けもすり減るのが速くなります。


 最初に思い描いた通り、軸受も軸も金属製にいたしましょう。

 その上で転がり軸受でも「球(ボール)」ではなく「ころ(ローラー)」を用いることにします。


 馬車の筐体と乗る人の重さそれに手荷物などの重量があって、軸にかかる荷重が大きいのでボールよりもローラーの方が、制作精度は難しいのですけれど、耐久性は高いと判断しました。

 軸の直径はやや細めにして丈夫なアダマンタイト合金にいたします。


 これまでの木製品よりも重量は増しますけれど強度は数十倍になりますので折れたり曲がったりは致しません。

 最初に転がり軸受を造り、軸の外形と転がり軸受の内径をきっちりと合わせます。


 また、転がり軸受の外形と車輪の軸台座部分の直径も合わせます。

 因みに軸と玉軸受けは「冷やし嵌めひやしばめ」、軸受と軸台座は「焼き嵌めやきばめ」工法を使います。


 寸法にして1ミリの何十分の一の僅差きんさなのですけれど、冷却又は加熱により部品が縮小若しくは膨張して大きなものが小さなものにきっちりとることができるのです。

 こうしてできた篏合部かんごうぶは余程のことが無いと外れません。


 但し、あまり締め付けすぎると転がり軸受の摩耗が大きくなりますので加減が難しいのです。

 二日掛けて色々試行錯誤し、適正な寸法を見つけました。


 軸と軸受け部分はアダマンタイト合金なのですけれど、軸受け内部のローラー、内輪ないりん外輪がいりん、それに保持器は、軸よりもやや柔らかくしています。

 軸を取り換えるよりも軸受けの交換で済ませる方が材料費的には安く上がるからなのですが、加工精度から言うと軸の交換の方が本当は簡単なのです。


 でもこの改造については取り敢えず私が請け負うだけですので、もし、領内で鍛冶屋さんに作らせるならばもう少し精度を下げなければ、製造そのものが難しいと思います。

 鍛冶屋さんに作らせる方式については必要に応じて別途考えましょう。


 車輪も今の木製のままでは壊れやすいですよね。

 一応、固くて強靭なトレント木材を使っていますけれど、衝撃で接地部分の材料が割れたり、スポーク部分が折れたりすることがよくあるんです。


 ですからスポーク部分というかホイールも金属製にします。

 そうして地面のでこぼこに対応するために自動車のタイヤを模倣することにしました。


 ゴムタイヤのような空気と柔らかい素材の衝撃吸収力があれば、馬車内部での衝撃が和らぐはずです。

 問題はゴムタイヤなのですけれど、生憎とゴムに類するものが市中には出回っていません。


 もしかしてゴムの木ってこの世界には無いのでしょうかねぇ。

 最初に思い浮かんだのがスライムの利用でした。


 ポヨンポヨンした薄膜はひょっとして使えるかもと試したのですけれど、耐久性に乏しいことが分かったので諦めました。

 次いで試したのが、シリコーン・ゴムです。


 ケイ素を地中から抽出し、水素化合物のシランを生成、それにメチル基を反応させてシリコーン・ゴムを色々と造ってみました。

 錬金術でやるとすごく反応が簡単なんです。


 実はシランって可燃性なので危険なのですけれど、錬金術で結界の中で作業すると危険度ゼロなんですよね。

 色々試した中で弾性、強度、耐久性を兼ね備えたモノができましたので、ヴィオラ・ゴムと名付けちゃいました。


 化学反応にも強く、熱にも強いポリマーゴムなんです。

 このシリコーン・ゴムには色々なバージョンがあり、下着のゴムにも使えそうなものがありますね。


 ひも付きカボチャパンツもいずれ何とかしようと思っていましたので、暇があれば下着への利用も考えてみましょう。

 で、タイヤ構造なんですが、普通はチューブ構造にするのでしょうけれど、この際チューブレス構造にすることにしました。


 チューブの代わりに弾性が大きな発泡性のシリコーン・ゴムを内部に充填します。

 これだとタイヤに多少の亀裂が生じても弾性を保てるんです。


 流石に大きくバーストしてしまえば無理ですけれどね。

 少なくとも尖った岩に乗り上げたくらいではびくともしないはずです。


 タイヤ幅は大きい方が本当は良いのですけれど、これまでの馬車の車輪とあまりに違えば目立ってしまいます。

 ですから少し広めの15センチ幅に収めました。


 タイヤはその構造からホイールに嵌めるのが結構面倒なのですけれど、私の魔法で簡単に脱着できます。

 そうして自動車と同様にタイヤの取り外しも可能な構造にしておかなければ、壊れた時に困りますよね。


 こちらはボルトとナットを使うことにしました。

 こうすることで車輪はホイールごと装着が可能になりました。


 次いで、サスペンションというかダンパーというか振動防止構造の開発です。

 一応、四輪独立懸架装置を採用します。


 それぞれの車輪がある程度は自由に動けるようにしているんです。

 その上で車体を支えるフレーム構造自体にたわみを持たせて小さな振動を抑えます。


 さらに軸に伝わる振動をフレームからオイルダンパーとばね構造により二重に保護します。

 但し、このオイルダンパーとばね構造の組み合わせにはとても苦労しました。


 いい加減な調整をすると共振する恐れもあるからです。

 この調整にも三日ほどかけました。


 馬車の第一次改造が終わったのは、作業を始めてから八日後のことでした。

 取り敢えず、我が家の御者であるルケスさんにお願いして、屋敷の周囲を実際に走ってもらいました。


 当然にヴィオラ(私)も乗り組むのですけれど、こんな時にもお付きがついてくるのはもう仕方がないですよね。

 ヴィオラ(私)は謎の秘蔵職人なので、万が一のことがあると困ると言って、お母様がいつもより警護人数を増やしているのです。


 ですから屋敷の周囲を馬車に乗って何周かするだけなのに、直衛騎士が四騎ついてくるほかに、角ごとに二騎の騎士、合計で12名もの騎士が護衛のために駆り出されてしまいました。

 勿論、メイドのローナも一緒ですよ。


 試験走行の結果は上々でした。

 少なくとも車輪は滑らかに動いており、お馬さんへの負担も半分以上軽減されています。


 これはお馬さんにヴィオラ(私)が直接きましたから間違いない話なんです。

 そうして乗り心地の方は、御者のマルケスさんが驚いていましたね。


 御者台は、客室と違って座席は固い木製ベンチのようなものですから、衝撃がじかに伝わるところなんです。

 でも、そこで全く衝撃を感じずに乗っていられたのは初めての経験だったそうです。


 ローナもこの馬車の乗り心地の良さに驚いていました。

 無事に改造は成功したわけですけれど、他の馬車三台も改造する必要がありますよね。


 その間に稼働できる馬車が無いと困りますので、この古い予備の馬車の内装・外装とも一気に改装して、現役復帰させることにしました。

 ここでは私の能力を目いっぱい使って、多少豪華さを抑えながらも伯爵の乗り物として通用するような華麗な装飾を施しました。


 王家でも使えるような絢爛豪華な装飾にもできますけれど、それをしちゃうと王家に献上しなければならなくなり、ひいては他の上位貴族から譲れという要請が出てきますから、ある程度は抑えなければならないんです。

 そうして、内装も終えてお父様とお母様にも実際に乗っていただき、他の馬車三台の改装のお許しを戴きました。


 最初の一台で勘所は抑えていますので、一日で一台をやっつけ、三日後には全部の馬車が魔改造されました。

 少なくとも休暇を終えて学院に戻る際には、お尻が痛くなることはもうありません。


 改装ついでに、実は馬車に水洗トイレを付けました。

 外からは見えない位置に小さな潜り戸を設け、壁に偽装していますけれど、そこを開ければトイレに入れるんです。


 空間拡張魔法によって広げられた亜空間ですから馬車の大きさそのものは変わりません。

 旅の途中でときにはすごく大変なんですよ。


 メイドが居る目の前でおまるを使うか、外に出て騎士が周囲に配置した真ん中でするかの二択です。

 幾らお嬢様でもこれは恥ずかしいですよね。


 ですから私は必需品と考えましたけれど、お父様とお母様は、エルグンド家の秘密としてまたまた箝口令かんこうれいを敷きました。

 でも、使用についてはしっかりとお許しをいただきましたよ。


 だって便利ですものね。

 但し、他家の人が乗っているような場合には使えないということなので、相変わらず座席の下には立派なおまるがちゃんと備えられています。


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