第24話 3ー10 王都の犯罪者

 新入生の遠足を邪魔したやからは、王都に巣くう犯罪者集団でした。

 その名もマッサニグラ。


 ルテナの説明では、古語の中でも特殊な隠語いんごで「黒ミサ」というような意味合いだそうです。

 依頼主は残念ながら痕跡が途絶えて不明なのですが、誰かからの依頼があり、新入生の遠足を狙って魔物の群れを仕掛けたのです。


 今のところ狙いは定かではありませんが、狙いとなる人物を含めて周辺にいる者は誰彼構わず殺傷しても良いと考えての依頼であり、それを受けた犯罪者集団の行動と思われます。

 ですから新入生の家族につながる者からの依頼とはとても考えられません。


 成功するにしろ、失敗するにしろ、関係者の狙いをごまかすための算段と考えられますね。

 つまりは、将来的に自分の味方になりそうな者であっても、多少の犠牲はやむを得ないという考え方なのだろうと思います。


 マッサニグラの構成員の中にはテイマーも居ますし、魔導具を生み出すハグレの錬金術師も居るようです。

 ルテナによると、魔物を集める魔導具については、時限式で一定の時間が過ぎると効果がなくなる代物だったようで、概ね4リーグ程度の範囲にいる魔物を呼び寄せる効果があるようですけれど、一部の魔物には効果が薄いのだそうです。


 このために森にいたホルツビエナは動かなかった可能性があります。

 ルテナに当該犯罪者集団の周辺を色々と探ってもらいましたけれど、救いようのないワルばかりでしたね。


 本来はヴィオラ(私)がすべきことじゃないのかもしれませんが、その存在を知った以上は多くの人々の安寧あんねいを守るために、彼らには消えてもらいます。

 そのために構成員全てをルテナに調べてもらいました。


 ついでに今後のこともあろうかと証拠漁りもしておきました。

 結構色んなところと黒いつながりがあるようで、書面など証拠価値のあるものは、彼らを始末した後でもヴィオラ(私)が保管して残しておくことにします。


 ◇◇◇◇


 遠足の日から5日後、闇社会で名高いマッサニグラの構成員全てが夜の間に亡くなっていました。

 この世界には、検視医も検視官もいませんけれど、もし、前世の優秀な医師が居て死体を注意深く調べたなら、異常な心筋梗塞で亡くなったとわかったことでしょう。


 死ぬ直前に心臓を覆う冠状動脈全ての血流が止まったのです。

 普段から不摂生を繰り返して糖尿病や高脂血症になっている人が良くかかる心筋梗塞とは異なり、一瞬にして心臓の筋肉への酸素供給が断たれたので、瞬時の痛みを感じたかもしれませんが、幾分もがきながらあの世へ旅立って行きました。


 その人たちを地獄送りにしたのは勿論ヴィオラ(私)です。

 殺すことに何の躊躇ためらいも無かったと言えば嘘になりますけれど、何の罪もない学院生徒の命を狙ったことは到底許せませんので、彼らに天誅てんちゅうを下したことに後悔は在りません。


 背後関係については明らかにはできませんでしたが、残された証拠資料から、反国王派の一派がこのマッサニグラと過去に関りがあったことは分かっています。

 少なくとも国王派の貴族二人に対する暗殺に関して依頼をしていたことが推測できる資料がありました。


 但し、ルテナのアカシックレコードの観察能力があって初めてつながる証拠に過ぎないので、これだけを表に出しても犯罪の証明にはなりません。

 こちらの方もいずれ闇の仕置き人に登場してもらうしかないかもしれませんが、当座は様子見ですね。


 王都に巣くっていた闇組織のマッサニグラをつぶしたばかりですので、関係者は警戒心が働くはずから、少し様子を見ることにしたのです。

 特に二人の国王派貴族の暗殺に関わった者については、ルテナにアカシックレコードの変化に注意をしてもらい、何らかの変化や危ない兆候があれば密かにヴィオラ(私)が動くことにします。


 ◇◇◇◇


 俺は、闇の世界では「暗夜のブラムズ」と呼ばれる男だ。

 一応、闇の組織であるケグラパンを率いる頭目なんだが、ウチのライバルであったマッサニグラが一夜のうちに壊滅したのには驚いたぜ。


 奴らに属する下っ端までもが同じ心の臓の病かなんかで、同じ日に突然死ぬなんて絶対にあり得ん話だ。

 毒でも盛られたかと思って俺の配下に調べさせたが、そんな兆候はなかったようだ。


 そもそも、23名もの人間が酒盛りをしていたわけでもない。

 その前夜に、数人が一緒にいるのが確認されただけで、全員が奴らのねぐらと思われる場所で死んでいた。


 中には女と同衾どうきんしていた奴もいたんだが、その女から聞いた話では、夜中に突然に苦しみだして三つ数えるぐらいの間に死んだというから、毒じゃあ有り得ないだろう。

 そんなに即効性のある毒は無いし、そもそも傍にいた女が何ともなくって、ぴんぴんしているんだから霧状の毒でもない。


 とするとやっぱり心の臓の病ということになるんだが、同じ組織の全員が同じ日に一斉に病気になるか?

 むしろ亡霊や怨霊おんりょうたたりとか言われた方がよっぽど納得するぜ。


 奴らが請け負っていた仕事の関係かも知れないので念のために調べてみたが、どうも奴らは王都の王立学院新入生の遠足を襲撃した例の魔物集団の事件に関りがあったらしい。

 マッサニグラのテイマーは中級程度の魔物までなら操れたはずだし、確か暗殺用の魔導具を造る腕の良いハグレの錬金術師も居たはずだ。


 魔物を使うなんざぁ、ウチの奴らではできない仕事だが、奴らならやれた筈の仕事だ。

 まぁ、突然、妙な助っ人が入ったことによって見事に失敗したらしいがな。


 因みに奴らは痕跡を残さずに逃げおおせた筈だった。

 だが、それからさほどの日を置かずして奴らが消されたとなると、ひょっとして王家のが動いたか?


 何せ、襲撃された遠足の子供たちの中には王家の姫君が居たというから、王家が直々に動いても何ら不思議はねぇ。

 但し、王家の陰の組織に心の臓の病に見せかけて暗殺するようなスキルを持っている奴なんていなかったはずなんだが・・・。


 王家の陰の組織には中々の使い手が揃ってはいるが、そもそも、俺たち闇の組織を把握してはいないはずなのだ。

 仮に把握していたなら、俺たちだって今現在生きてはいられるはずもねえ。


 自慢じゃあねえが、俺たちの存在は王家にとって邪魔な存在の筈だ。

 少なくとも俺は王家から依頼を受けたことはねぇからな。


 為政者からは不要な悪の組織として認定されている筈だ。

 だから、俺たちは世の中から隠れて暮らしているわけなんだが・・・。


 いずれにせよ、よくわからない奴が別に居るんだと思う。

 そいつは、夜陰に乗じて二十名以上の手練れを証拠も残さずに消せる奴だ。


 殺された場所と時間から言って絶対に一人じゃねぇな。

 少なくとも四・五人はいねぇと、一晩であんな仕事はできねぇよな。


 何れにしろ、俺たちも十分に警戒をしなければならん。

 少なくとも今回の標的になったらしい王立学院の新入生に関わる仕事には関わらない方が良いだろうし、その生徒の保護者に関わる仕事もできるだけ避けた方が良さそうだ。


 マッサニグラを始末した刺客が居る場合、そいつは絶対に生徒の保護者の一人が関与している筈だ。

 謎の助っ人というのも、多分その関係者なんだろう。


 警護の騎士や冒険者たちが梃子摺てこずっている中級の魔物複数を簡単に討伐して消えたというから、かなりの手練れには違いない。

 下手に手を出し、そいつらに嗅ぎつけられれば、消されるのは俺たちになる。


 ウーン、以後の仕事が本当にやりずらくなったよなぁ。


 ◇◇◇◇


 私は、王都及び王都周辺域の警備を預かる黒騎士団の団長だ。

 先ごろ魔物の群れが王都郊外にあるセレミル記念公園周辺で、遠足中の王立学院の新入生を襲った事件があった。


 生徒の中に第四王女が居たことから王宮騎士団からも二小隊40名が派遣されて警護についていたし、冒険者ギルドからもD級を含むE級主体の冒険者4パーティ36名が雇われて警護についていた。

 そもそも、セレミル記念公園は王都に住む者たちの憩いの場であり、本来は警護すら不要な場所の筈であった。


 だが、この日出現した魔物は、一体どこに潜んでいたのか今でも不明なのだが、総数で二百ほど、ゴブリンやコボルトのほかにオークやオーガもざっており、バイコーンやプレーリーバイパーもいて小規模なスタンピードのようであったらしい。

 流石にこの群れが一度に襲ってきたなら、騎士団小隊二つ40名と中級以下の冒険者36名では手に余る。


 その折に謎の女魔法師が出現して加勢してくれたことにより難を逃れたが、仮にこの女魔法師が現れなければ子供たちにもかなりの被害が生じたはずだ。

 事後の調査により、騎士団が相手をする前にオーガ、バイコーン、プレーリーバイパーなどの強敵が個別にこの女魔法師の手により討伐されていたらしいことがわかっている。


 いずれも一撃で倒されていることから、救援してくれた女魔法師は余程の手練てだれであったようだ。

 因みに女魔法師は、フード付きの紺色のマントを身に着け、顔の半分を覆う派手な飾りの仮面をつけていたらしい。


 魔物の討伐がほぼ完了すると、どこへともなく消えたらしく素性は全く不明である。

 王宮騎士団の隊員から聞いた話では凄い美人のイイ女だったということしかわかっていない。


 お陰で、黒騎士団が王宮から叱られる羽目になった。

 王都内及び周辺の巡視警戒は怠ってはいないんだが、実際にこんなことがあると言い訳もできない。


 その後の調査で地面に魔物寄せの魔道具が埋められていたことなどから、何らかの意図を持ったものが故意に王立学院新入生の遠足を襲撃したものと判明した。

 その関連の捜査をしているうちに、王都内で二十件を超える不審死があった。


 治癒師の見立てではすべてが心の臓の病で急死したとのことだったが、どうにも合点が行かない。

 黒騎士団でも情報屋を飼っているが、その者の情報では今回亡くなった者はその全てがマッサニグラという闇組織の構成員だそうだ。


 なんでも凄腕の魔物のテイマーが所属していたらしく、彼らの請け負う仕事では魔物を使う仕事が非常に多かったそうだ。

 そこから見えてくるのは、王立学院新入生の生徒を襲ったのはこのマッサニグラではなかったかということである。


 そうしてそのマッサニグラの構成員が消されたということは、襲われた側の報復、若しくは証拠を手繰られることを嫌ってトカゲのしっぽ切り?

 その可能性があることに思い至ったよ。


 但し、どちらも証拠はない。

 こうした闇組織の常として後を手繰られるような証拠を残さないのだ。


 怪しい書面が有っても、暗号化された文章で残されており、記載した本人でなければ分からないようになっている。

 今回も死んだ者の家等を漁ったが何の証拠も得られなかった。


 王立学院の新入生の遠足の際に発生した魔物襲撃事件は、こうして犯人不明のまま迷宮入りとなったのである。


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