第5話 2ー2 襲撃 その一

 ヴィオラ(私)は4歳になりました。

 身体も能力も順調に育っていますよ。


 今日はお母様、お姉様とご一緒に、エルグンド家発祥の地であるヴェイツ・エルグラードへ参ります。

 今日、私達がヴェイツ・エルグラードに赴くのはそれなりの理由があるのです。


 今から150年の昔、エルグンド家が未だ子爵家であった頃、当時の子爵家当主ソブレア・ギャンド・ド・ヴァル・ソレイユ・エルグンド様が、近傍で起きた他国との国境紛争に王命で出陣し、領地を不在にしていたのです。

 その留守を狙って多数の盗賊がヴェイツ・エルグラードに在った領主館を襲撃したのでした。


 彼らの狙いが何であったのかは今以って不明なのです。

 子爵の出陣の際には、大勢の騎士たちを引き連れて行きましたので、領都も領主館も警備は手薄だったのです。


 それでも領民と領主館を護るために残っていた騎士たちは果敢に戦いましたが多勢に無勢、戦況は至って不利でした。

 領主館に居たのは、領主の正室であるカタリナとその娘ヒルナ、それに嫡男である幼いケイン、領主の側室であるヴェラとその娘サーシャでしたが、女ながら彼女たちも覚悟を決めて防衛戦に加わることにしたのです。


 その際に、嫡男ケインは世継ぎである上に未だ幼いために戦闘から外され、年若いケイン専属メイドのキャロライン10歳にどこかに隠れるようにと託されたのです。

 邸に残った侍従やメイドを含めて総勢29名が勇敢に戦い、そうして襲撃者を殲滅したものの、その全員が深手を負っていて討ち死にしたのです。


 急報を聞いて隣町ディブロから警備隊が駆け付けた時には全てが終わっていました。

 領主館における生存者はたった二人だけ、メイドのキャロラインと嫡男であるケインが壁と壁の隙間に在る狭い空間に逃げ込んでいて無事だったのです。


 大人が入り込めない空間であったために助かった二人でしたが、万が一火を放たれていたなら助からなかったでしょう。

 侍従7名とメイド18名、正室と側室、子爵の愛娘二人、警備の騎士24名がこの襲撃で命を落としました。


 その亡骸はヴェイツ・エルグラードの旧領主館の中庭に石碑と霊廟れいびょうを作って収められました。

 その旧領主館は、老朽化が目立ったので、百年前に別の場所に建て替えられてオルト・ゴートと名付けられ、館の跡地は聖マルガリータ教会として生まれ変わっていますが、中庭、石碑及び霊廟はそのままにされています。


 因みに領都は、エルグンド子爵が伯爵への陞爵が決まった際、領地が増えたことから、現在のヴァニスヒルへと移転しています。

 チョットしたエルグンド家のミニ歴史ですが、沢山の命が失われたこの日をエルグラードの悲劇として大切に伝承されており、五年おきにエルグンド家の女達と従者、メイドの遺族、騎士たちの関係者がこぞって集まり、往時をしのぶ追悼ついとう式典があるのです。


 当初は男性も出席する式典だったのですが、式典会場が修道女のシスターばかりが奉仕する聖マルガリータ教会の中と言う立地の所為なのか、何時しか女性のみが出席する式典に変わり、ヴィオラ(私)も初めて参加することになったのです。

 お姉様も実は初めての参加です。


 お姉様も五年前は一歳未満の乳飲み子でしたので流石に連れて行っては貰えなかったようですよ。

 朝早くから領主館を出てヴェイツ・エルグラードへ馬車で向かい、昼前の式典に参加、式典後教会の大広間で追悼の簡素な昼食を頂き、解散して馬車で領都に戻る予定なのです。


 その時間がいつものように早ければ、オルト・ゴートと呼ばれる旧領主館の別邸に立ち寄って、お爺様やお婆様にもご挨拶をする予定なのです。

 オルト・ゴートに住まわれているお爺様お婆様というのは、お父様の御両親なんです。


 5年ほど前に伯爵位をお父様に移譲されて隠居し、慣れ親しんだ侍従やメイドに囲まれてオルト・ゴートに住んでいらっしゃるのです。

 隠居したのは、お爺様が病気になられたのが一番の原因で、田舎で静養されているのですが、オルト・ゴートは、従来から歴代の領主が隠居地とされている所なのです。


 病気と言っても今どうこうというような重い病ではありません。

 然しながら、どちらかというと体力が落ちて伏しがちになり、王命に従い出陣するようなことはできなくなっているのです。


 年齢的には未だ60前ですからもっと元気でも良いはずなのですが・・・。

 どうも、この世界は、前世と違って老いるのが早く、平均寿命は短いようですね。


 いずれにせよ、ヴィオラ(私)にとっては、一歳の時の教会へのお出かけを除くと今回が初めての小旅行なのです。

 ヴィオラ(私)は、これまで領主館からほとんど出たことが無いのです。


 何処にでも歩いて行ける足を持ちながら、実は領都であるヴァニスヒルの街でさえ出かけたことが無いんです。

 お屋敷は広いですからね。


 館を中心に400m四方ほどが領主館の敷地であり、高い鉄柵で囲まれていますから、敷地外に出るには門番さんのいるゲートを通らねば外には出られないんですよ。

 ヴィオラ(私)の年齢では、当然に一人で外に出ることなんてそもそも許されていません。


 外に出るときは何時でも専属メイドのローナが一緒なんです。

 それも敷地内に限られているのです。


 お兄様やお姉様の場合は5歳を超えているので、護衛の騎士を付ければ敷地外へ出ることも許されています。

 多分、私も5歳になればきっと外出も許されるのでしょう。


 でも不自由ですよね。

 ただ散歩するだけでもメイドを含む従者二名、警護騎士が最低でも三人、馬車でのお出かけともなればその倍以上の人数がつくのです。


 今回も、お母様とお姉様、それに私の三人が出掛けるだけなのですけれど、専属メイドが各人に一人ずつで三名、メイド長選出のメイドが別途に三名、侍従が二名、警護の騎士が24名、その他4名と随分派手な陣容なんです。

 馬車三台が連なり、その周囲を騎馬の騎士が護衛する形です。


 領内って、そんなに治安が悪いのでしょうか?

 お母さまにそのことを訊ねたら、笑いながら教えてくれました。


「ロデアルは、お父様が治めている領地なのですから、治安が悪い土地ではないのですよ。

 ただ、私たち貴族は、対外的な面子を重んじる立場に在る者ですからね。

 例えば、私が動くのに相応の従者や警備の騎士が居なければ、他の貴族にあなどられてしまうのですよ。

 平民の考え方からすれば、左程に人の目を気にしなくても良さそうな話ではあるのですけれど、貴族にとっては大事な話なのです。

 例え、お金に困っていても、絶対にそんな素振りは見せてはいけないのです。

 あ、我が家ではお金には困ってはいませんよ。

 ある意味では、見栄みえを張る分、無駄遣いにもなったりするけれど、貴族がお金を使わないと世の中の経済が回らないと言う一面もあるのですよ。

 だから貴族は、きれいな衣装に身を包み、美味しい料理を味わうことができたりもする。

 分を超えた贅沢をして身の破滅を招くことは避けなければならないけれど、同様に無駄にならないお金は使うべきだし、見栄も相応に張らなければいけないのですよ。」


 お母様の言わんとする意味は分かりますけれど、とどのつまりは、貴族と言う勝ち組の存在を正当化しようとする理由の言い訳ですよね。

 どちらかと言うと、『見栄』と言うのは、貴族同士の意地の張り合いにしか過ぎないもの。


 尤も、治安の問題は確かに別ですよね。

 危険な兆候がある場合は、相応のセキュリティや防護に人と手間暇とお金をかけるべきだと思います。


 私達の馬車は、ヴェイツ・エルグラードの聖マルガリータ教会に到着しました。

 多数の修道女が私達を出迎えてくれて、そのまま、儀式の行われる聖堂へ案内してくれました。


 聖マルガリータ教会は昔の領主館でしたから、周囲を石積みの壁で囲まれた城郭のような建造物です。

 正門と裏門の二か所に入り口があるそうで、私たちは大きな正門から中へ入りました。


 案内してくれているのは、教会の女司教様であるクラリス様です。

 そのクラリス様のご説明で、正面にある大きな石造りの建物が聖堂で、更にその奥に中庭があることを教えていただきました。


 当然にお母様は知っておいでですので、この説明はこの教会の式典に初めて参加したお姉様とヴィオラ(私)への説明なのでしょう。

 石碑と霊廟は、聖堂の背後の中庭に在るようですね。


 聖堂に入ると、既に大勢の人たちが集まっていて床にひざまずいています。

 馬車の中でお祈りの姿勢を教えていただきましたけれど、両足を揃えて跪きますが、正座のようにお尻を降ろしてはいけないのです。


 つまりは、両膝をついてそのまま膝から上をまっすぐに伸ばしていなければならないのです。

 両手は合掌し、やや頭を前に伏せた姿勢で、惨劇に遭った祖先の冥福を祈り、また、神に祈るのです。


 儀式の間はずっとこのポーズをとらねばならないのだそうですから、結構大変かもしれません。

 あんまり長いと膝が痛くなりそうです。


 そうして既に到着している人たちはもうそのポーズをとっているのです。

 老人もいますけれど、私たちと同じような子供もいます。


 でも参加しているのは女性だけですね。

 私達は、祭壇さいだんの前の最前列に案内され、そこで祈りのポーズに入りました。


 儀式次第が解かっているわけではありません。

 お母様がそうしているので、ヴィオラ(私)もお姉様も同じ姿勢をとっただけなのです。


 そうして女司教様が祭壇に上がり、祝詞のりとのようなものを唱えだしました。

 ヴィオラ(私)にはそれが古語というのがわかりました。


 ヴィオラ(私)のノータ使い魔であるルテナが教えてくれましたけれど、教会以外ではほとんど使われていない言葉であり、ほとんど形骸化けいがいかしているために使っている司教様なども本来の意味は余り分かっていないのだそうです。

 但し、どのような場合にどのような祝詞を使うかが予め定められており、それを踏襲しているだけの様ですね。


 因みに、司教様の発音が余り宜しくないのですけれど、ヴィオラ(私)はその古語が理解できるので文脈と推測で大まかな意味が分かります。

 内容は、死者に対する供養ではあるのですけれど、ヴェイツ・エルグラードの悲劇の死者に特化した供養の祝詞ではなさそうです。



 ◇◇◇◇


 儀式が始まってから四半時しはんとき(30分位?)ほど過ぎましたが、依然として読経に似た祝詞と敬虔けいけんな祈りが続いています。

 ヴィオラ(私)は普段から何かと鍛えていますから大丈夫ですけれど、お姉様がもじもじしだしていますね。


 って、後四半時が限界かもしれません。

 そんなことを考えていると、何やら外が騒がしくなっています。


 聖堂の中までは聞こえないのですけれど、ヴィオラ(私)のセンサーが異常をとらえました。

 外の正門付近では警護の騎士と襲撃者の間で剣戟けんげきが始まっています。


 この聖マルガリータ教会には教会を守護する聖騎士もいるのですが、そもそも教会を襲うような不届き者は滅多にいませんので、人数は少ないのです。

 伯爵家の護衛24名のうち18名と12名の聖騎士が、外で闘っていますけれど、襲撃者の数が多過ぎるのです。


 不埒者ふらちものはヴィオラ(私)が把握したところでは全部で82名もいるのです。

 そのうちの50名ほどが正門から襲撃していますけれど、騎士たちは数が少ないので守りに徹していますが生憎と不利な状況に変わりはありません。


 そうして、正門への襲撃は囮の様で、本命は裏門の様です。

 裏門には合わせて6名の騎士しか配置されていなかったので、30名を超える襲撃者に圧倒されてすぐにも制圧されてしまいました。


 そうして裏門から入ってきたガタイの大きな襲撃者が、聖堂の脇の扉を押し開けて入って来たのです。

 冒険者風の風体ですが、怪しいです。


 ルテナ曰く、彼らの狙いはお母様や私たちの様ですね。

 無頼漢を押し止どめようと勇敢にも修道女の方が両手を広げて盾になりました。


 男はあっさりと修道女に切りつけたのです。

 修道女はあけに染まって床に倒れました。


 聖堂の中はたちまち女たちの叫びでいっぱいになりました。

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