乙女ゲームのヒロインに転生したら、エンディングから10年が経っていました

円夢

乙女ゲームのヒロインに転生したら、エンディングから10年が経っていました

「えっ⁉ つまりここは『花クロ』そっくりの異世界で、私はヒロインポジってことですか?」


 驚く私に、皇太子妃殿下は沈痛な面持ちで頷いた。


「ええ。――でも、ごめんなさいね。ルシード様と私は、すでに結婚しているの」

「……でしょうねえ……」


 皇太子妃殿下のお膝には、それはそれは愛らしい銀髪碧眼の男の子が座っている。

 その面差しは『花の騎士ナイトクロニクル』のメインヒーロー、ルシード殿下にそっくりだった。


「ちなみに宰相令息のラインハルト腹黒メガネ様は……」

「貴族学院を卒業した後、幼馴染の子爵令嬢と結婚したわ」

「ルシード殿下の異母兄弟のリヒャルトチャラ男様は?」

「竜王討伐の途中で会った治癒師ヒーラーの女の子を追いかけて国を出たそうよ」

「王宮魔導士のロートレアヤンデレ様は……」

「隣国の王女に一目惚れされて同棲中」

「騎士団長令息のレオニード脳筋一途様は」

「カフェ〈ミルフィーユ〉の店員バリスタといい感じになった挙句、今ではあそこの用心棒みたいな真似をしているわ」

「ええっ⁉」

 

 カフェ〈ミルフィーユ〉といえば、『花クロ』の有名なデートスポットだ。

 攻略対象を連れていき、


『いらっしゃいませ。ミルフィのカフェにようこそ!』


 と微笑むバリスタに、相手好みの飲み物を注文すると、好感度が上がったり、ランダムでイベントが発生したりする。


「あのバリスタさん、NPCじゃなかったんだ……」


 確かにボイスもグラも可愛かったけど!

 皇太子妃殿下もこれは同感だったらしい。


「ねー。私も初めて聞いた時にはびっくりしたわ」

「はあ……」


 私はずるずると椅子の背中にもたれかかった。

 吹けば飛ぶような男爵令嬢が、皇太子妃殿下の面前でこんな格好をするなんて、本来ならあるまじきことである。

 だが、ここは限られた者しか入れない皇宮の中庭。おまけに人払いもされており、私たちは心おきなく前世のメタな話ができるのだった。


「となると、残るは竜王ワグネル隠しキャラ様だけですが……」

「……もしかして〈推し〉だった?」


 こくこくこく。

 期待をこめて高速で頷く。

 正直、大して好きでもないキャラの攻略に何時間も時間を溶かし、面白くもないミニゲームをやりこんで無駄にスキルを上げたのは、ひとえにワグネル様と至上のひとときを過ごすためだった。

 この際、他の攻略キャラはどうでもいい。

 ワグネル様。私のワー様にひと目だけでも会えるなら……!


 けれど。


「死んだわ」


 ……

 …………

 ………………


「えっ?」


 皇太子妃様は、心底残念そうに首を振った。


「討伐されたの。だって、あの時はヒロインあなた不在だったから」

「ノオォォォォォォ――!!!!!」


 澄み切った青空に、私の絶叫が響き渡る。


 私、クレア・ラッセル男爵令嬢(28)。

 乙女ゲームのヒロインに転生したら、エンディングから10年が経っていました……。


◇◇◇


『花の騎士ナイトクロニクル』、略して『花クロ』の舞台は、とある王国の貴族学院だ。

 

 眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能の皇太子ルシード。

 宰相の息子で、学院始まって以来の秀才ラインハルト。

 ルシード様の異母兄弟で、身分の低い母を持つリヒャルト。

 王国一の魔力量を誇る天才魔導士ロートレア。 

 剣聖と呼ばれた騎士団長を父に持つレオニード。


 15歳で学院に入学したヒロインは、最初の二年共通ルートで上記5人の中から攻略対象を確定し、最終学年個別ルートで本命と共に竜王ワグネルとの闘いに挑む。


「だから私、あなたが入学してくるのを、今か今かと待っていたのよ?」


 皇太子妃殿下のゲーム上の設定は、幼いころから定められたルシード殿下の婚約者。

 どのルートでもヒロインの邪魔をしてくる、いわゆる悪役令嬢ポジションだ。


「その悪役令嬢に転生してる! って気がついたのは、私が5歳になった時だったわ」


 以来、彼女はヒロインの登場に備え、あらゆるケースを想定してあれこれ準備していたのだが……。


「学院入学と同時にゲームは始まったはずなのに、一年経っても二年経っても、それっぽい生徒が出てこないんですもの。正直言って困ったわ」

「も、申し訳ありません……うちの父に甲斐性がなかったばっかりに」


 私はひたすら恐縮する。

 ゲームでは、教会付属の孤児院で育ったヒロインが、実はラッセル男爵とかつての恋人との間に生まれた娘だったと判明し、男爵家に引き取られて貴族学院に入学する。


 ところがこの世界のラッセル男爵は、かつての恋人のことなどすっかり忘れ、今の奥さんと円満な家庭を築いていた。おかげで私は15歳で孤児院を出た後、なしくずしに教会で下働きをさせられる破目になったのだ。


 たまたま皇太子ご夫妻が孤児院を慰問に来られたからいいものの、そうでなければ、私は今もド田舎の教会で、雑巾片手に床を磨いていただろう。


『見つけたわ!』


 ヒロインのお約束であるピンクブロンドの髪を振り乱し、ローズピンクの瞳の下にどす黒い隈を作って床に這いつくばる私を見るなり、皇太子妃殿下はそう叫び。

 何事かと顔を上げた私は、目の前に立った銀髪碧眼の美丈夫と、深紅の縦ロールの貴婦人を見た途端、前世を――乙女ゲームだけが楽しみだった社畜時代を思い出したのだった。


 ◇◇◇


 そこからの展開は早かった。

 あれよあれよという間にド田舎の教会を連れ出され、ラッセル男爵に面通しされ(男爵夫妻はあわや離婚の危機を迎え)、王宮に連れてこられてあちこち磨かれ、慣れないドレスを着せられて、皇太子妃殿下とサシでお茶を飲むことに……←今ココ。


「それで、あのう……」


 私はおずおずと切り出した。


「今さら、私を見つけてどうするおつもりで……?」

 

 時はゲームの大団円から十年後。

 あ、大団円というのはいわゆるハーレムルート。攻略対象全員の好感度を上げ、彼らとヒロインが力を合わせて竜王を倒すと見られるエンディングだ。


「大団円とはちょっと違うわね」

 

 皇太子妃殿下は優雅に紅茶を飲むと、カップを受け皿に戻して言った。


「確かに私たちは全員で竜王ワグネルを倒したわ。ヒロインのあなたがいない以上、そうでもしなきゃ彼の魔力には対抗できなかったもの。でもその後、私はルシード様と結婚したし、他の攻略対象たちの中には、今はもう疎遠になっちゃった人もいるしねえ」

「はあ」


 10年も経てばそんなものかと思うけど、それはひとまず置いといて。

 ゲームは終わり、竜王は倒され、登場人物たちもそれぞれ幸せな人生を送っている。

 今さらヒロインが出てきても、ぶっちゃけ邪魔なだけなのでは……。

 だが、皇太子妃殿下はぐっと身を乗り出した。


「実は、あなたをヒロインと見込んでお願いがあるの」


◇◇◇


 王都から馬車で一週間。北部の国境に近い静かな湖は、薄青いもやに覆われていた。


「もともとここの湖は、瘴気が発生しやすかったのです。ですが近ごろは年々濃くなる一方で。浄化魔法が使える方にも何度か来ていただいたのですが、はかばかしい成果は出ないまま……」


 城館の執事だという男は、困り果てた様子で説明した。


 ――北部地方の瘴気を浄化してほしい。


 それが、皇太子妃殿下が全国の孤児院をしらみつぶしに回ってでもヒロインを探し出した理由だった。


 この世界の空気には、酸素や二酸化炭素の他に「魔素」というものが含まれている。この魔素が何らかの理由で有害な物質に変化したものが瘴気である。

 瘴気は作物を枯らし、生き物を弱らせ、最終的には魔物に変えてしまうため、見つけ次第浄化が必要なのだ。


「生憎、お館様は領地の見回りで留守にしております。お戻りになるまで、当館でどうぞごゆるりとお過ごしください」


「お館様」とは、この湖一帯を治めるサイオン辺境伯のこと。瘴気を浄化する間、私は辺境伯の賓客として、この館に滞在することになっていた。


「ふあーあ」


 ぼすん。

 人目がないのを幸い、案内された客間のベッドにダイブする。

 思えば、教会から王都へ、王都からここへと動きっぱなしの二週間だった。

 もっとも、孤児から聖女に身分がランクアップしたおかげで、衣食住は格段に改善されたけど。


「『聖女』かぁ……」


『花クロ』のヒロインは、世界でも珍しい聖魔法の使い手という設定だった。

 具体的には治癒と浄化、そして再生の魔法である。

 治癒はともかく、浄化と再生の聖魔法が使える人間はほとんどいない。

 そのため、入学直後の魔力判定でそれが明らかになるやいなや、ヒロインは聖女に祭り上げられ、一躍注目を浴びることになるのだが……。


 平民の孤児として育った私は、魔力判定など受けさせてもらえず、聖魔法どころか、自分が魔法を使えることすら知らなかった。

 空気中の魔素を操る力を「魔力」といい、この魔力を多く持つ者だけが魔法を使えるのだが、それほどの魔力を持つ者は、貴族の中にもほんの一握りしかいなかったからだ。


 静まり返った室内に、ざざ、ざざ、と波音が響く。


 この館は湖のほとりに建つ水城なのだ。

 客間は湖に面しており、窓を開けてバルコニーに出れば、眼下に黄昏の湖が静かに広がっていた。

 水面を覆う薄青い靄は、湖から立ち上る瘴気である。


『空気中の瘴気を浄化しましょう』


 そういえば、ミニゲームにそんなのがあったっけ。

 青く曇ったスマホの画面を、指でなぞって綺麗にするだけの単純作業だ。

 何となくそれを思い出し、水面に向けた掌を窓ガラスを拭くように動かすと――……。


 目の前の空気がきらきらと輝き、湖面の瘴気が一筋、拭ったように消え去った。


「うそーん」


 こんなんでいいのか、聖魔法。

 胸の中でツッコミながら、他の部分も掌でなぞっていく。

 面白いように瘴気が消えていき、クリアになった湖の真ん中あたりに、一羽の大きな水鳥が、ぐったりと浮かんでいるのが見えた。

 どうやら瘴気にやられたらしい。

 私は特に念入りに、その鳥の周辺を浄化したが、水鳥は水面に伏せたまま、波に合わせて力なく上下するばかりだ。


『傷ついた魔獣を治癒しましょう』


 確か、そういうミニゲームもあった。

 画面に表示された魔獣のイラストを、HPゲージが満タンになるまで指でタップするやつだ。

 私は、ダメ元で水鳥に人差し指を向け、ぐったりした身体をとんとんと叩くように動かしてみた。

 ――と、水鳥の首が持ち上がり、ぷるぷると水を払うのが見えた。だらりと広がっていた羽も閉じ、アラビア数字の「2」のような独特のシルエットが浮かび上がる。


 それは一羽の黒鳥だった。


 黒鳥は、しばらく戸惑ったようにあちこち泳ぎ回っていたが、やがてまっすぐこちらを見た。

 どうやら、治癒魔法も問題なく発動したらしい。

 ほっと息をついたとたん、頭の後ろがぐいんと回転するようなひどい目眩に襲われた。

 たまらずバルコニーに崩れ落ちる。

 吸い込まれるように意識が遠のく寸前、近づいてくる大きな羽ばたきが聞こえた気がした……。


◇◇◇


『そなたには決してわかるまい、我が永劫の苦しみは』


 ああ、これはワグネルルートのエンディングの台詞だ。

 隠しキャラのワグネルは、ノーマルエンドでは愛するヒロインのために自ら死を選ぶ。

 竜の身体は滅びても、その魂は満たされぬまま永遠にこの世を彷徨さまよい続ける、という何とも切ない終わり方だ。

 CVは声優界の低音レジェンド、早見翔。艶のある甘い重低音は、どの場面のどの台詞も耳で味わう極上のスイーツだ。


「聖魔法の使い手か。まさか今の世の中に、これほどの魔力の持ち主がいようとは」


 うんうん。これはワグネル様が初めてヒロインと出会った時の台詞だね。

 この時、ワグネル様はまだ貴族学院の講師に化けていた。

 人間モードのワグネル様は黒髪金瞳のイケメンで、あの場面のスチルがまた、めっちゃかっこいいんだよなぁ……。

 思い出しただけで、にまぁ、と口許が緩んでしまう。


「……? ずいぶんいい夢を見ているようだが、そろそろ起きてもらわねば困るな」


 んん? こんな台詞あったっけ?

 ワグネル様のお言葉は、一言一句聞き漏らさずに耳に焼きつけたはずなのに。

 それに私ってば、さっきからやけにふわふわした暖かいものに包まれているようだけど……。


 ぱちり、と目を開けたとたん、至近距離で金色の瞳と目が合った。

 巨大な黒鳥が、大きな翼で私をくるみ、バルコニーの床に座っていたのだ。


「ようやくお目覚めか、聖女殿」

「――――っ!」


 声にならない悲鳴を上げて、私はがばっと身を起こした。

 とたんにくらっと目眩が来て、仰向けに倒れかかったところを、すかさず黒鳥が支えてくれる。


「魔力切れを起こしているのだ。急に動かぬほうがいい」

「……ん……で……」

「?」


 私が小さく漏らした声に、黒鳥が金色の目を瞬く。


「なんで……」


 なんでこの鳥、早見翔の声で喋ってるの――っ⁉


 ◇◇◇


「私はジークフリート・サイオン。この城の主だ」


 先に立って部屋に入り、私を椅子に座らせると、黒鳥はおもむろにそう言った。

 

「十年前、ある魔女の呪いで、このような姿にされてしまった。以来、魔女は私になりすまし、この地をじわじわと瘴気で侵食しているのだ」


 十年前。

 闇の魔女との戦いに敗れたジークフリートは、家臣ともども黒鳥に変えられ、この湖に囚われてしまった。

 年々強まる瘴気のせいで、家臣たちは一人、また一人と魔物化して魔女の軍門に下り、今では彼ひとりがかろうじて正気を保っているという。


「だが、それもそろそろ限界だった。鳥の寿命は人より短い。このままでは私は寿命で死ぬか、魔物と化して魔女の手下となり果てていただろう。だが聖女殿、あなたが湖を浄化し、私に治癒を施したおかげで――」


 不意に黒鳥の身体が揺らぎ、そこには鋼鉄色スティールグレイの髪に金色の瞳の男性がひざまずいていた。 

 秀でた額に通った鼻筋。若さの盛りは過ぎたものの、目許や口許に美しく刻まれた年輪が、若い者には到底醸し出せない大人の色気を放っている。

 思わぬイケオジの登場に動転する私。

 その私の手を、その人は優しく掬い上げ。


「――こうして、死の間際に束の間とはいえ人間ひとに戻ることができた」


 そう言って、指先にそっと口づけた。


 ――やだ何この人。すっごい素敵……!

 

 ハートを撃ち抜かれる、というのは、まさにこういうことを言うのだろう。


 イケオジ――ジークフリート……ジーク様はまだ何か話し続けていたが、心臓の音がうるさくてそれどころではない。

 孤児院で育ち、昼夜を問わず馬車馬のように働かされていた私は、前世の社畜生活でも恋人を作る暇などなかった。


 ――え。これってもしかして、正真正銘生まれて初めてもらったキスじゃ……。


 指先とはいえファーストキス。

 その相手がこんなイケオジとか、やだ嘘。嬉しい! 生きててよかった!


「……女殿。聖女殿?」


 腰椎にずんと響くような甘い低音に再びトリップしそうになるも、私は何とか持ちこたえた。

 こんな素敵な人を相手に、失礼なことがあってはならない。


「すみません。ちょっと意識が飛びそうになって……」

「意識が?」


 金色の瞳がひそめられ、心配そうに私をのぞきこむ。

 うおお、近い近い近い!

 見つめられるのは恥ずかしいのに、相手の顔は見ていたいという究極のジレンマに、どうしていいかわからない。

 幸いジーク様はすぐに身を起こし、窓の方に目をやった。

 外はいつの間にか夜になり、満月に近い月が湖面をこうこうと照らしている。

 こちらを振り向いたジーク様は、先ほどとは打って変わって厳しい顔になっていた。

 

「無理を言ってすまないが、聖女殿、夜のうちにここを去れ。この呪いは、明日にも私を喰いつくす。そうなれば私は魔獣と化して、あなたに牙を剥くだろう。そんなことになる前に、少しでも遠くに逃げるのだ」

「いやです!」


 私はノータイムで叫んでいた。


「その呪いを解く手立てはないのですか? 私にできることなら何でも……っ」


 ジーク様の人差し指が、そっと私の唇を押さえ、それ以上の言葉を封じ込める。


「不用意なことを口にするものではないよ、お嬢さん。今の私には、その気持ちだけで充分だ。『心配するな。この地が瘴気を生み出すことは二度とない』」


 最後の台詞は、ワグネル様がノーマルエンドで自ら命を絶つ前に言った言葉と全く同じだった。

 私は激しく首を振る。


「駄目です! そんなことを言って、私が逃げたら死ぬつもりでしょう? お願いですから、呪いを解く方法を――あなたが助かる方法を教えてください!」


 必死に懇願する私に、ジーク様は「まいったな」と小さく苦笑を漏らした。


「あまり期待させないでくれ。これまでにも何度か試みてくれた者はいた。だがそのことごとくが失敗し、無駄に命を落としたのだ」

「それなら私にもチャンスをください!」


 ――それから。

 どのくらい押し問答を続けただろう。

 夜が白々と明けるころ、ジーク様はついにこう言った。


「今夜、私に化けた魔女は、聖女あなたを歓迎するための夜会を開くだろう。そこで私に、永遠の愛を誓ってくれれば――」


◇◇◇


 次に目が覚めた時には、午前中はとうに過ぎ、瘴気の晴れた湖を太陽がきらきらと照らしていた。


「お目覚めですか、聖女様! 早速瘴気を払っていただき、誠にありがとうございました。お館様もことのほかお喜びで、今宵はお礼とおもてなしを兼ねて、盛大な夜会を開かれるそうでございます」


 昨日の執事が口上を述べ、その後から大勢のメイドたちが、着替えや食事を持って部屋に入ってくる。


「あ……と、その、ジー……お館様、は?」


 起きたときには、ジーク様の姿は部屋になく、私はベッドに寝かされていた。

 もしや黒鳥に戻ってしまったのかとバルコニーに出てみたが、湖をのどかに泳いでいるのはカモやアヒルばかりだ。


「お館様は今朝早くお戻りになったばかりで、今は宴の準備でお忙しくされています。聖女様には、今宵お目にかかれるのを心から楽しみにしているとのことでした」

「そう……」


 朝昼兼用の豪華な食事を詰め込みながら、私は必死にゲームの記憶を掘り起こす。

 

 ――闇の魔女のなりすまし夜会。


 シチュエーションからいって、今夜の夜会は、ルシード殿下の個別ルートで発生するイベントと酷似しているのではなかろうか。

「闇の魔女」は『花クロ』の複数のシナリオで登場するボスキャラだ。

 多くの場合、悪役令嬢に憑依して様々な手口でヒロインを殺そうとした挙句、返り討ちに遭って消滅する。

 ルシード殿下のシナリオでは、殿下そっくりに化けた闇の魔女が、卒業式の夜会でヒロインを誘惑、永遠の愛を誓わせようとする。

 ゲーム的には、夜会に現れた複数の殿下のうち、本物だけを三回連続で選び、「永遠の愛を誓いますか」に三回「YES」と答えればイベントクリア。間違うとその瞬間にバッドエンドが確定する。


 ――もっとも、ゲームでは偽物の殿下はあからさまにゲスい表情かおをしていたり、衣装の色が黒かったりして、見分けるのは簡単だったけど……。


 考えがまとまらないうちに食事は終わり、休憩を挟んで身支度が始まった。

 バスタブで念入りに身体を洗われ、隅々まで香油をすりこまれ、ひとりのメイドが髪を梳かしている間に、別のメイドが爪を整える。


 私のために用意されたドレスは、ローズピンクのシルクサテンに金糸で刺繍を施した贅沢なガウンだった。

 ピンクブロンドの髪は複雑な形に結い上げられ、顔に化粧を施され、ようやく一息ついたときには、窓外の空にはすでに夕暮れが忍び寄っている。


「それでは聖女様、どうぞこちらをお着けください」


 と渡されたのは、顔全体をすっぽり覆う仮面だった。


◇◇◇


 廊下の向こうから、くぐもった楽の音が聞こえてくる。

 それに混じって、大勢の人々が笑いさざめく声も。

 昨日ここに着いたときには、城館の中はがらんとして、執事以外の人は見かけなかったというのに。


 黒猫の仮面をつけたメイドに手を引かれて廊下を進み、突き当りの大扉が開いたとたん、まばゆいばかりの照明と、歌と音楽と人声が洪水のように溢れ出た。

 広間を埋め尽くす人々の間から、一組の男女が進み出る。


 皇太子の礼服に身を包み、太陽の仮面をつけた銀髪の男性と、やけに露出部分の多い漆黒のドレスに、三日月の仮面をつけた深紅の縦ロールの貴婦人だ。


「サプラーイズ!」


 貴婦人のほうが仮面を取ると、皇太子妃の顔が現れた。


「我が夜会へようこそ、孤児院育ちの聖女殿。可哀想な生い立ちに免じて、一度だけ助かるチャンスをあげる。今ここで回れ右をして出ていくなら、命だけは助けてさしあげてよ?」


 私は無言で首を横に振った。

 ここで決め台詞の一つも言えばカッコよかったかもしれないが、実際は早くも恐怖で歯の根が合わず、全身がくがく震えていたのだ。


 皇太子妃の顔をした女の周囲には、青黒い瘴気がわだかまり、それがゆっくりと拡散しては、靄のように広間の景色を霞ませていた。

 笑いさざめく人々は誰もが仮面で顔を隠しているが、ドレスや仮面からはみ出た肌は、土気色に変色していたり、血管が黒く浮き出ていたり。


 それでも私は嫌がる足に鞭打って、一歩前に踏み出した。

 広間の隅々まで届くように、震える声を張り上げる。


「ジークフリート・サイオン様! 私はあなたに永遠の愛を誓います!」


 ざわ、と人々がどよめいた。

 皇太子妃の足元から、ひときわ濃度を増した瘴気が蛇のように伸び上がる。


「そう。あたくしと勝負しようというのね。いいでしょう。暁の最初の光が湖に射すまでにジークフリートを見つけ出し、永遠の愛を誓えたらおまえの勝ち。あたくしの呪いは解けるでしょう。でも、誓う相手を間違えたら……そうね、あたくしの一番のお気に入りに手を出した罰に、おまえをとんでもなく醜い生き物に変えて、瘴気の底に沈めてあげる」


 こうして、運命の仮面舞踏会が始まった。


◇◇◇


「一曲お相手いただけますか、お嬢さん」


 妙に聞き覚えのある声に振り向くと、緑色の猫の仮面を被った男がこちらに手を差し出していた。

 仮面の穴からのぞく瞳は若草色。髪はそれより濃い緑。

 そしてCVはチャラ男を演じさせたらナンバーワンの高村雄一とくれば間違いない。皇太子ルシードの異母兄弟リヒャルト――のそっくりさん偽者だ。


「忙しいのでお断りします」


 華麗に身を翻したとたん、分厚い胸板に顔から突っ込みそうになった。


「し、失礼しましたっ! お詫びにエスコートいたしますっ!」


 真っ赤な短髪のゴリマッチョ。宮家健二のヒーローボイスを聞くまでもない。『花クロ』メンズのワンコ騎士、レオニードのクローン偽者だ。


「間に合ってます!」


 丸太のような腕を躱した先には、紫色に輝く魔法陣が蜘蛛の巣のように広がっていた。


「うふふふ。逃がさないよぉ……僕の可愛いお人形さぶふぉっ⁉」

「ごめん! そういうの今はいいから!」


 西田アキラ演じる安定のヤンデレボイスを途中で遮り、体力ゼロの天才魔導士、ロートレアのコピー偽者を突き飛ばす。

 だがその時には魔法が発動し、私は見知らぬ書斎のような部屋に飛ばされていた。

『白鳥の湖』が流れる室内で、シェイクスピア全集を読んでいるのは、濃紺の髪に青い狐のマスクをつけた男。マスクと眼鏡の二重掛けはできないらしく、目の穴からのぞく翡翠の瞳は裸眼のままだ。


「リヒャルト、レオニード、ロートレアときて、次はラインハルトの偽者かぁ……」


 ため息まじりにつぶやく私に、


「せめて『ドッペルゲンガー』と言いたまえ」


 青い狐が、存在しない眼鏡のブリッジをクイっと直し、津田村健四郎のイケメンボイスがそう返す。


「あとはルシード殿下の偽者に会えば、今度こそジークフリート様本命に会えるのかしら?」

「かもしれない。だが用心することだ。魔女は人間の心を弄ぶのが何よりも好きだからな」

「へえ、忠告してくれるんだ?」


 意外に思って聞き返したときには、イケボの狐は消えていた。

 後には読みかけのシェイクスピア全集が、『真夏の夜の夢』のページを開いたままデスクに置かれているばかり。

 

 ポーン、という音に振り向けば、壁の時計が夜中の12時をさしていた。

 ぼんやりしている暇はない。

 ルシード殿下の偽者は、夜会の広間で魔女の隣にいたはずだ。

 私は書斎を飛び出すと、広間を探して走り出した。


◇◇◇


 書斎と広間の間には、ところどころにランプの灯る暗い中庭が広がっていた。

 回廊から庭に足を踏み出したとたん、地の底から轟くような何かの鳴き声が聞こえてくる。


 ――オオオオ――――ン!


 ずしん、という地響きに大地が揺れた。

 足をとられて倒れかけたところを、誰かの腕に抱きとめられる。


「聖女殿!」


 黒いシルクの礼服に黒い羽毛のマントをまとい、やはり黒の半仮面から金の瞳をのぞかせたイケオジが、私をのぞきこんでいた。

 黒革の手袋をはめた手が頬を撫で、ド迫力の重低音が耳元で囁く。


「無事でよかった。魔女の呪いを解くなら今だ。私に永遠の愛を誓ってほしい」

「……っくうっ!」


 私の口から苦悶にも似た呻き声が漏れた。

 どうしよう。こんなの、ときめきすぎて胸が苦しい。


「ありがとうございます。ごっつぁんです! でもダメ、あなたには誓えません! だって……」


 だって、いくら外見がそっくりでも、その声、まんま声優界の大御所、巣鴨明夫さんなんだもの――!


「ぐわはははっ!」


 ジーク様の偽者は、豪快な高笑いとともにばさあっとマントを広げた。その姿がみるみる巨大な鴉に変わっていく。


「このわしの変化へんげを見破るとは、なかなか骨のある奴よ。よろしい、ここは通してやろう。姿形に騙されず、見事真実まことの相手を見つけてみるがいい!」


 大鴉がばさりと羽ばたくと、あたりの景色が一変した。

 私は見覚えのある廊下に立っており、目の前の扉の奥から、くぐもった楽の音とざわめきが聞こえてくる。

 両手で扉を押し開ければ、そこは夜会の広間だった。

 音楽が止まり、人声は止み、仮面をつけた人々が、いっせいにこちらを振り返る。


「お帰りなさい。早かったわねえ」


 奥の玉座にルシード殿下の偽者と並んで座った皇太子妃――闇の魔女が、真っ赤な唇を歪めて笑った。


「それじゃ、ダンスを始めましょうか」


 その言葉を合図に、人々がさっと左右にけた。

 ぽかりと開いたフロアの中央に、五組の男女が現れる。

 五人の男はいずれも同じ背格好で、黒装束に黒仮面、鋼鉄色スティールグレイの髪をしており、遠目にはまったく区別がつかなかった。

 

「さあ、できるものなら見つけてご覧、おまえのジークフリートを!」


 再び音楽が始まり、広間中の人々が踊りだした。

 私は必死に人波をかきわけながら、黒装束の男たちを目で探す。


 ――いた!


 白い豚の仮面を被った貴婦人と絡み合うように踊っていた黒装束の男の腕を、私は脇から強引に引っ張った。

 男は白豚の貴婦人を離し、私の手を取ってくるりと回る。

 ふふふ、という低い含み笑いが耳朶をくすぐったとたん、うなじの産毛が逆立った。 


「大胆なお嬢さんだ。この私に永遠の愛を誓ってくださるというのか?」

「……はうううっ! すみません間違えました! お邪魔しちゃってごめんなさい――っ!!」


 冷徹な悪の総帥からコミカルな役まで自在にこなす含み笑いの帝王、銀河億丈。うっかり正体を目にしようものなら、その場でゲームオーバーになりそうで、慌てて人混みに飛び込んだ。


 その後も、CV太田ジョージ、高本博貴、諏訪谷順二といった低音イケボの偽者たちに「永遠の愛を誓ってほしい」と誘惑され続けた私は、MPをごりごり削られつつも、何とかミスは犯さずに玉座の前までたどり着いた。


 そこには相変わらずルシード殿下にそっくりな太陽の仮面をつけた男と、その腕にぴったりと身を寄せた闇の魔女が座っている。


「あらあら、ずいぶんしぶといこと」


 嘲笑うように魔女が言い、隣に座る男の頬に、ちゅっと音を立ててキスをした。


「ね、あなた? あなたもそう思わない?」


 それまで無言を貫いていたルシード殿下の偽者が、このとき初めて口を開く。


「……そうだな。だが勝負はこうでなくては」

「!!」


 その声は紛れもなく早見翔の――ジーク様の声だった。


◇◇◇


 玉座に座るルシード殿下の偽者は、白い皇太子の礼服に、太陽をかたどった深紅の仮面をつけている。秀でた額から後ろに撫でつけた銀髪は、あらためて見ると銀色というより鋼鉄色スティールグレイに近いような……。


「それで?」


 闇の魔女が、見せつけるように隣の男にしなだれかかった。たくましい肩に両腕を絡め、輝く髪を弄ぶように指で梳きながら、耳に、頬に、ついばむように口づける。

 男のほうは魔女の愛撫を受けても微動だにせず、私をじっと見つめていた。

 太陽の仮面の穴からのぞくその瞳は、広間の揺らぐ明かりの下で、ルシード殿下のような青にも、ジーク様のような金色にも見える。


 ゴーン、とどこかで鐘が鳴った。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……。


 ――全部で四回。朝の四時ってこと?


「愛しのジークフリートは見つかったのかしら。残り時間はあと僅かよ?」


 玉座の前に立ちすくんだまま、私は頭をフル回転させた。

 リヒャルト、レオニード、ロートレア、ラインハルト。

 四人の攻略対象に続き、ジーク様にそっくりな五人の踊り手も全員偽者だった。

 残るは目の前のルシードだけだ。

 彼ももちろん本物のルシードではない。

 問題は、このルシードの偽者が、はたしてジーク様なのかどうか。


 ――考えろ。考えろ!


『用心することだ。魔女は人間の心を弄ぶのが何よりも好きだからな』


 ラインハルトの偽者が言っていたことを思い出す。

 ここは『花クロ』そっくりの異世界。そしてこれは闇の魔女が聖女ヒロインに仕掛けたゲームだ。


 闇の魔女がラスボスとして登場するシナリオでは、魔女は常に悪役令嬢――皇太子妃に憑依し、その姿に擬態する。

 竜王が貴族学院の音楽講師ワグネルに憑依し、その姿に擬態したように。

 闇の魔女も竜王も、本来は魂だけの存在で、人や竜に憑依して初めて肉体を持つことができるからだ。


 だから、トゥルーエンド以外では、魔女や竜を倒しても、その魂は逃げ出して、いつの日か再びこの国を脅かすことになるだろう――という、やや後味の悪いエンディングになっている。


「ん? ……ってことは……」


 どこか頭の奥のほうで、何かがかちりと音を立てた。

 一瞬、すべての答えがわかりかけたような――……。

 だがその時、どこか深い地の底から、地鳴りのような声が轟いた。


 ――オオオオオオ――――ン!


 長く尾を引くその声は広間の窓ガラスをびりびりと震わせ、大理石の床を振動させる。

 天井のシャンデリアがブランコのように揺れ動き、仮面の人々が悲鳴を上げた。


「静まれ!」


 魔女が鋭い声を上げ、さっと立ち上がってあたりを睥睨する。

 人々はぴたりと動きを止め、広間はしんと静まり返った。

 青黒い瘴気だけが、生き物のようにあたりを漂っている。


「それで、どうするの、哀れな聖女のお嬢ちゃん? このまま誰にも愛を誓わず、あたくしに降参するつもり?」

「いいえ」


 私はきっぱりと首を横に振った。

 あきらめたら、そこでバッドエンド確定だ。

 何としてでも大団円、いや、トゥルーエンドに持ち込まなければ!


「あ」


 大団円、という言葉で思い出した。


『大団円とはちょっと違うわね』


 あの日、皇太子妃殿下が話していたことを。


『確かに私たちは全員で竜王ワグネルを倒したわ。ヒロインのあなたがいない以上、そうでもしなきゃ彼の魔力には対抗できなかったもの』


 ――ということは……。


 竜の身体は滅びても、その魂は脱け出して……。


 ――今も、この世界のどこかにいるのでは?


「聖女殿!」


 ふいに、切羽詰まった声が私の思考を断ち切った。

 それまで魔女のされるがままになっていたルシード殿下の偽者が、太陽の仮面をかなぐり捨てて玉座から立ち上がったのだ。

 その顔は紛れもなくジーク様――鋼鉄色の髪に金の瞳のイケオジだった。


「聖女殿、私だ。ジークフリートだ。どうか……どうか私に永遠の愛、を……っ!」


 青黒い瘴気が蛇のようにのたうち、その身体を拘束する。

 ジーク様はがくりと膝をつき、哀願するようにその手をこちらに差し伸べた。

 魔女がぎりりと唇を噛みしめ、瘴気を鞭のように操ってジーク様の喉を締め上げる。


「興醒めなことをしてくれるじゃない。たかがあたくしの玩具の分際で」


 がっ、と苦しげな声を漏らすジーク様に、私は思わず悲鳴を上げた。


「やめて!」

「聖、女、どの……」


 金色の瞳が切なげに私を見る。その顔も、その声も、どれほど私の胸をかき乱したことか。


「たの、む。私に、永遠の、あい、を……」


 駄目だ。これはめっちゃ心にクる。

 心のフューエルゲージがゼロになる前に、私は気力を振り絞った。


「ごめんなさい! あなたに永遠の愛は誓えません!」


 そうして、がばっと地面に伏せる。


「ワグネル様! そこにいらっしゃるのでしょう! 私はあなたに永遠の愛を誓います!」


◇◇◇


 一瞬、広間は静寂に包まれた。

 魔女も、ジーク様も、仮面をつけた人々も。驚愕の表情を浮かべたまま、一様にその場で凍りつく。

 と。


 ――オオオオオオ――――ン!


 三度、地の底から轟くような咆哮が上がり、大広間を揺るがした。

 ドン! と腹に響く衝撃があり、大理石の床が真っ二つに割れたかと思うと、深い亀裂の底から漆黒の影が伸び上がる。

 窓ガラスは内側から弾け飛び、逃げ惑う人々の上に、燃え盛るシャンデリアが流星のように降り注いだ。

 けれど、私の周りだけは、炎もガラスの破片も届かず、凪いだ空間ができていた。


 一羽の巨大な黒鳥が、その翼で護るように私を囲い込んでいたからだ。


 柔らかな羽毛に覆われた長い首が、すり、と私の喉元をかすめた。


「よく私が地下にいるとわかったな」


 低く甘い低音が、私の耳を優しくくすぐる。


「ええ。あの声でわかりました」


 大地を揺るがす咆哮は、『花クロ』でさんざん聞いた竜王ワグネルの声だった。

 そして、人間モードのワグネル様がそのまま歳を重ねたような、ジークフリートのあの姿。


「十年前、ルシードたちに依り代たる竜の身体を壊された私は、魂だけの存在となってこの世を彷徨っていた。そこを闇の魔女に捕らわれ、湖に封印されていたのだよ」


 ワグネル様の傷ついた魂は、湖に漂う魔素を次第に瘴気へと変えていった。

 闇の魔女はその瘴気を使い、自らの眷属を増やして世界を侵食しようとしていたのだ。


 黒い翼の隙間から、一筋の白い光が射しこんできた。

 ゴーン、とどこかで鐘が鳴る。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 その音の背後で、長く尾を引く魔女の悲鳴が次第に小さくなっていき、やがてすっかり消えてしまうと。


 そこは、明け方の白い光に照らされた湖畔の廃墟の中だった。

 風雪にさらされ、太陽の熱に白くひび割れた石組は、いたるところが雑草や苔に覆われているが、瘴気はどこにも見当たらない。


 そして私の傍らには、鋼鉄色の髪と黄金の瞳を持つ壮年の男が、私の身体にしっかりと腕を回して立っていた。

 穏やかに凪いだ金の瞳が、私を見おろして柔らかく微笑む。


「ワ……」


 言いかけた私の唇を、男の唇が優しく塞いだ。

 それから――。

 私たちはずいぶん長いこと、そこでそうしていたのだった。

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乙女ゲームのヒロインに転生したら、エンディングから10年が経っていました 円夢 @LuciusVorenus

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