ネクロノミコンでコロナに感染した私の末路

長事 理

ネクロノミコンでコロナに感染した私の末路

 古びた古書店で私は目を引かれる本を見つけた。

「ネクロノミコン」という文字が暗い青色で表紙に刻まれていた。本の隣にいた白髪の店主は私の興味を察し、低くかすれた声で語り始める。


「この本はアラビア語の魔道書【アル・アジフ】のギリシャ語訳。だが、最近の噂では、新型コロナウイルスに関する秘密が隠されているとも言われているんじゃ」


 バカバカしいとは思ったが、生来の本好きである私は、好奇心に駆られて本を購入した。


 家に帰ってから、その本のページをめくると、不気味な図像や呪文がずらりと並び、コロナウイルスの形をした紋章や感染者の悲惨な挿絵が目を引いた。

 ギリシャ語など全く読めない私だが、最近のITの進歩は非常にありがたい。スマホのカメラをかざせば翻訳して読んでくれるのだ。


 最後のページをめくると、本にはこう書かれていた。


「この本を読んだ者は、コロナウイルスに感染することなく、その力を操ることができる。だが代償として、自らの魂を邪神クトゥルーに捧げなければならない。クトゥルーが目覚める時、この本を読んだ者を最初に喰らうだろう。望むのなら、以下の呪文を唱えよ: "Ph'nglui mglw'nafh Cthulhu R'lyeh wgah'nagl fhtagn"」


 驚きのあまり、本を閉じようとしたその瞬間、黒い煙が本から溢れ、私の顔に吸い込まれた。瞬く間に咳き込みと熱感に襲われ、本を床に放り投げた私は、救急車を呼ぶ間もなく意識を失った。


 目を開けると、私は隔離病棟にいた。医師の話によれば、私は急速に重症化しており、生存率は極めて低いという。


 病床で絶望する私の心に、ネクロノミコンの呪文が浮かんだ。看護師に頼んで本を持ってきてもらい、呪文の部分を唱えた。すると、身体から黒いオーラが放たれ、瞬時に病状は良くなった。


 だが、命を落とすのを免れる代償として私の魂はクトゥルーに奪われた。もはや私の意志では動かせない体は、病院から脱走し、街へと繰り出し、感染を拡げ始めた。

 私は自分が死んでしまうという恐怖から逃れるために、邪神の目覚めを早め、人類の運命を変えてしまったのだ。


 最後に思うのは、ネクロノミコンに魅せられ、人類と自分の運命を塗り替えたこの選択を、私は永遠に後悔するだろうということだった。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネクロノミコンでコロナに感染した私の末路 長事 理 @itchidepon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ