裏TOKYO
丸井メガネ
迷い込んだは裏東京
これで、やっと楽になれる。
橋から一歩を踏み出したとき、不思議と恐怖はでてこなかった。ただただこの苦しみから解放されるのが嬉しくて、私の頭は幸福感に満たされていた。
残してきた家族は、どれだけ悲しむだろうか。ごめんなさいお母さん、お父さん。せっかく音楽を続けさせてくれたのに、勝手に辞めちゃって。
ああ、次の人生がもしあるのなら、今度は幸せな人生だったらいいな。
そんなことを考えているうちに、私の意識は闇の中に飲み込まれていった。
「おーい、大丈夫か姉ちゃん? 」
鼻につくお酒の匂いと、妙に頭に響く声で、和葉はぼんやりと意識を取り戻す。
「きゃっ! 」
ゆっくりとまぶたをあけた和葉は、目の前に現れた一つ目の化け物に思わず叫んでしまう。
「おー、起きた起きた。若い子がこんな所に寝とったら危ないぞー。きい付けや。」
一つ目の巨大な化け物は怯える和葉を気にする様子もなく、ふらついた足取りで人ごみに消えていった。
暫くの間、和葉は恐怖と驚きで身動きできなかったが、正気を取り戻した和葉は道の端に座り込んで周囲の様子を伺う。見た限りは真夜中の都会の街中に見えるが、生活しているのは人間ではなく、人の形をした化け物ばかりだった。
「何なの、ここ......。」
「あのー......。大丈夫? 」
突然声をかけられて、和葉は心臓が跳ね上がる。顔を上げると、目の前に首のないOLのような女性が心配そうに立っている。
「ひっ!......あ、え~っと......はい。大丈夫です。」
噓だった。知らない世界に、それも見たこともない化け物たちが生活している場所に突然放り込まれたのだから、大丈夫であるはずがなかった。しかし、この化け物たちが自分を襲わないという保証がなかった和葉は、助けを求めることが出来なかった。しかし、
「そうですか。人間なんて珍しいものでしたので、もしかしたら落ちてきちゃった人なのかな~って......。」
首無し女性のその言葉を聞いて、和葉は思わず顔を上げる。
「落ちてきたって......、他にも人間がいるんですか!? 」
「あ、はい。え~っと......ちょっとカフェにでも行きましょうか? 」
「え~、桔梗和葉さんね。私はミレナと言います。早速なんですけど、どうやってこちらに? 」
和葉はミレナに連れられて入ったカフェのカウンターで、ミレナにこの世界にきた経緯を聞かれていた。
「え~っと......。その前に、ここってどこなんですか? 見たこともない人達が歩いてるし、街も何処か都会に似てるけど微妙に違うし......。」
「ああ、そういえば説明してなかったわね。ここは『裏東京』。言ってしまえば、もう一つの東京です。」
ミレナの口から出てきた言葉に、和葉は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになるのを抑えてむせる。
「ゴホっ......ゴホっ......! も、もう一つの東京ですか? 」
「ええ。何でも、東京に似た街並みだからこう呼ばれているわ。」
ミレナは空洞になっている服の中に首元から紅茶をゆっくりと注ぎ込む。紅茶はミレナの服から流れ出すことはなく、空洞に吸われて消えていった。その光景を見た和葉は驚きのあまり固まってしまう。
「ああ、ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら? 」
「は、はい……。ミレナさんも人外の方なんですね……」
「いいえ。普段は人間よ」
和葉は危うくまた叫びそうになったのを必死に抑える。理解できない。普段は人間? こちらの世界と現実を行き来しているのだろうか? それとも姿を隠しているのか? 和葉の頭に疑問と驚きが募る。
「えぇ〜っと……ミレナさんは現実でも生活しているって事ですか? 」
「えぇ。私達はちょっと特殊な人間なの。今からその専門家が来るから少し待ってもらってもいいかしら? 」
「え? 専門家って……? 」
「あんたみたいな迷い人や、俺達半人外についての専門家のことさ」
ミレナへの質問を遮るように、椅子の後ろから男の声がした。
驚いて和葉が振り返ると、黒いパーカーとズボンを着た銀髪の若い男性が立っていた。
「よぉミレナ。その女が例の迷い人か? 」
「えぇ。和葉ちゃんよ」
「は、始めまして。桔梗和葉です、よろしくお願いします! 」
「そうか、俺ぁカイトだ。リアルでは教師をやってる。こっちでは……まぁさっき言った通りだ」
カイトはミレナの隣に乱暴に腰掛けると、煙草を取り出して火を付ける。禁煙ではないため、カイトはのんびりと煙草をふかす。
その様子を見ていた和葉は困惑してカイトを眺める。カイトは横目でチラッと和葉を見ると、まだ残っている煙草を灰皿に押し付ける。そしてマスターが出したコーヒーを一口飲むと、不安そうにこちらを見ている和葉に問いかける。
「単刀直入に言おう。現実に戻るか、それとも死ぬか選べ」
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