第1話 俺が好きなのは…

とおる!わ、私徹の事好き!付き合って欲しい!」


 学校の放課後。屋上にて呼び出しがあり、そう幼馴染に告白された。


 奈子は俺の目を見てそう言う。


 容姿はこの学校で一、二を争うほど綺麗な顔をして、その長く腰まで伸ばした黒髪は枝毛一本もない。体系も女性にしては高めの身長で出る所は出ているし、引っ込む所は引っ込んでいる。容姿端麗な彼女は勉強も運動もでき、欠点という欠点が見つからないが少しだけプライドが高いくらいだろうか。


 簡単に言うと義妹に負ける事を一番に嫌う。

 

 そんな彼女の顔は赤く染まっており、恥ずかしいけど真剣に言っているのがわかる。俺にまで緊張が伝わってくるようだ。


 俺の人生の中で奈子はこれまで一緒に過ごす時間が一番多かったとは自覚している。


 でも、


「ごめん、俺は奈子とは付き合えない」

「え…あ、そっか。うん、わかった」


 奈子は困惑と焦りと言った表情をして、下を俯いて動こうとしない。俺は居た堪れなくなり、踵を返し屋上から出ようとした所で奈子に呼び止められた。


「徹、なんで私と付き合えないの?」


 俺は振り返って奈子に言う。


「それは…俺に好きな人が居るからかな」

「それって誰?この学校の人?」


「ごめん、それは言えない」


 だって俺が好きなのは君の嫌いな義妹なんだから。

 そう言って屋上を後にした。



*****



「奈子姉さんがね…でも私でいいの?身長低いし、勉強も運動も出来ないよ。奈子姉さんに勝ってる所なんてないと思うけど」

「勝ち負けなんて重要じゃないですよ。俺が好きなのは楓先輩なんだから」


「えへへ、それは嬉しいね…ん」


 そういう葉月 かえで先輩は俺の膝の上で胸に身体を預け嬉しそうに破顔する。楓先輩の身体は軽く身長も低いからまるでぬいぐるみを抱えているみたいだ。


 そんな彼女はポッキーを加えて俺の顔を見上げる。ポッキーの先端から口に入れ、最後には楓先輩のその柔らかい唇と重なる。自分から求めるのに顔を離すと少し顔を赤らめ目を逸らす仕草が好き。


 楓先輩は奈子に比べると低身長なだけの普通の女の子。135㎝の低身長に黒髪で右目を隠したノーブル前下がりショート。目は茶色で童顔。制服も合うサイズが無くいつも萌え袖で生活している。


 別に俺はロリコンとかではないが彼女が俺の膝に乗って足をぶらぶらさせながら、ゲームに集中する姿も堪らなく好きなのだ。


 楓先輩との出会いは幼馴染の義妹になる前に遡る。






 俺と楓先輩が出会ったのは5年ほど前、俺が小学5年生、楓先輩が小学6年生。


 その日は雨が降っていた学校の帰り、ブランコと滑り台しかない小さな公園である少女を見つけた。


 少女は傘も差さずにブランコに座り何も無い遊具の方を眺めて、たまに舌唇を噛むような仕草をしている。何か辛いことで合ったのだろうか。


 俺はその頃、戦隊物のアニメが好きで誰かを助けられるようなヒーローに憧れていた。友達が困っているのを見ると、一番に助けに入るような子。

 

 自己犠牲の塊みたいな人間だったから一瞬その少女に自分の傘を渡してしまおうか、という考えに至ったがお父さんだろうか。傘を持った大人の男がその少女に近づいて行く。


 それを見た俺は安心して正面を向き歩き出したのだが、


『や、やめてください!』

『いや、こんな所で一人傘も差さないでいると風邪を引いてしまうよ。だからおじさんのうちに来な』


『は、放してください!』


 その危機迫った叫び声にもう一度少女の方を見ると、30代くらいの小太りの男がその少女の腕を掴んでどこかへ連れて行こうとしていたのだ。


 あれは確実に父親じゃない、そう判断した俺はすぐにその少女の下へ走り出した。


 知らない少女とはいえこんな場面を目のあたりにして動かない自分ではない。あの頃の俺はヒーローに憧れるようなちょっとした痛い子だ。


 今では考えられないけど、そんな自分だったからあんな行動を取れたんだと思う。


『その子を放せ、嫌がっているだろ!』

『なんだ?この子の知り合いか?生憎この子を今から交番に連れていく所だったんだ、邪魔しないでくれるか?』


『嘘を付くな!お前誘拐犯とかいう奴だろ、さっきうちに来いって聞こえてたからな』

『ふっ、だったらそうするんだ?』


 そう言った男はその少女の腕を持ったまま、俺の顔を見下ろす。力じゃ勝てないくらいは分かる。


 だから、俺は少女の腕を掴んでいる手目掛けて勢いよく走りだし、


ガブッ ギチギチ


 肉を引きちぎるくらい強く噛み付いた。


『いでぇぇぇぇ!!!!な、何するんだこのクソガキが!?』


 男は噛まれた痛みで少女から手を放し、俺はその期を見逃さず少女の手を掴み公園を走って出ると男の人が後ろから追いかけて来るけど、太っているせいで追いつけないのかすぐ見えなくなる。


 信号を2つ渡ったあたりで、ある屋根付きのベンチを見つけその少女は腰かけさせた。


 咄嗟の事だったけど傘をしっかり持っていた俺は、付いた雨を払いながら質問をする。


『ねぇ君あんなところで何してたの?』


 純粋な疑問だ。傘も差さずに雨の中、家にも帰らないなんておかしい。


 俺は傘をベンチの端に立て掛け、少女の隣に座り話し始めるのを待っていると、


『私…』


 その少女は落ち着いたのかゆっくりだが、話し始めてくれた。


 学校で友達と遊んでいたら、父親が事故に遭ったと連絡があったそうだ。それで病院に行ったのだけど帰らぬ人となり、大好きだった父親が亡くなって母親を病室に置いて公園に居たそうな。雨が降っている事に気が付かない程ショックだったと話している少女はいつの間にか大粒の涙を零していた。


 そんな今にも消えてしまいそうな少女を見てつい抱きしめてしまう。そのまま彼女を帰してはいけない気がして胸を貸すように頭を撫でてあげ、少女が落ち着くまでそのまま居た。


『すみません…私初対面の人に…でも落ち着きました。ありがとうございます』

『ううん、大丈夫だよ。えっと、名前なんて言うの?』


『白川 楓って言います、小学6年です』

『じゃあ楓先輩ですね。俺は神無月 徹小学5年よろしくです』


『はい…よろしくお願いします』

『もし、楓先輩が辛い時…いや、何なら毎日この場所で話さないですか?何かの縁だと思いますし』


 俺はなんだかこの子を一人にしてはいけない気がしてそう言った。


『是非!私も…危ない所を助けてもらったのに何も出来ないのは申し訳ないですし…』


 そうやって俺と彼女は学校の放課後に内緒でちょっとした話をするようになり、これまで自分の身を顧みず色んな人助けてきた事を話すと、


『体は大切にしてください』


 初めて誰かに心配された。それも俺なんかよりも辛い思いをしているのに、そんな彼女の事が少しだけ気になり始めて。


 次第に俺は彼女の事が好きなっていた。その時には誰かを助けたいじゃなくて彼女一人を守りたい、そう思ってしまう程に惹かれていた。


 そして、楓先輩の中学3年生の卒業式の日。


『私ね徹君ともう会えなくなるかも』

『え?なんで…』


『母さんがね再婚することが決まって、明日からお義父さんの家に行かないとなんだ…だからずっと伝えたいことを今言わせて』

『うん』


『私、徹君の事が好き』

『俺も楓先輩の事好きです。もし、また会えたら付き合ってくれませんか?』


『うん、その時まで待ってるね』


 そう言った俺たちは別れる前に初めてのキスをして家に帰った。


 もう会えない人で大好きな先輩。もし次、会えたら…


 そんなことを考えて翌日。隣の家に住む幼馴染に妹が出来た!と呼ばれ家に行くと、そこには楓先輩が居た。


 そこから俺たちの関係は再び始まったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る