「友達」
まつりごと
「ぐうぜん」
「おばあちゃん早く!」
元気な孫の優希の声が病院の廊下に響く。
「はい今行くよ。」私はゆっくりと歩きながら答えた。今日は何回目かの夫の見舞いに来ていた。廊下を歩きながら微かに漂う薬の匂いに安心を覚える。もうすぐお世話になるのかもしれない。病室に一足早く着いた孫が、戸を勢いよく開け
「おじいちゃん元気?!」と声をあげる。追いついた私は同室の人に会釈をしながら謝り、孫の側に立った。
「お、優希か。お前は元気だなぁ」と夫の真彦が孫を見て言う。夫は私より年上の70代だが、痩せ細り90代近くに見える。こんなにも人は変わってしまうのかと痛感する。出会った頃は年齢より年下に見えたのに。
「お父さん、調子はどうですか。食事はとっていますか。着替え持ってきましたよ。」
「いつも悪いな。調子は大丈夫そうだ」
孫の方に向けていた目をゆっくりと私の方に動かしながら答えた。
声には覇気がない。体調は悪くなっているらしい。
夫は胃がんを1年前に発症した。医師の先生は治療を続けていけば治ると言っているけれど、全くその気配が感じられない。やはり病気には勝てないのだろうか。
病室を後にして、エレベーターに向かう廊下を孫と2人で歩いていると、
「おじいちゃん、元気になるよね、、?」
と孫が心配そうに俯いた。
こんな小さな子にまで体調が悪いのが伝わってしまっている。
「ええ、きっとよくなるわ。」私は安心させるように微笑みながら孫を見る。
心の中でもう遅くはないと感じながら。
そして、夫の亡くなった後の行動を考える。
葬儀に、周りへの連絡に、銀行からの引き落としに、保険に・・・
考えるだけで気が重くなってしまう。
この時代、生きることの方が面倒なのかもしれない。
前から車椅子の患者を押しながら看護師がゆっくりと近づいてくる。
私と孫は邪魔にならないように端に寄り、看護師が話しかける声を聞き流しながらエレベーターに向かう。
「佐山さん、ご家族と会えてよかったですね。」
看護師から発せられたその名前に、体が硬直する。佐山。
底に閉まっていた記憶が私に訴えかける。
足を止め、そっと車椅子の患者に目をむける。
私と同じぐらいの年齢の女性が、虚な目で「ええ、、、、」と答えていた。
衝撃が走る。知っている。私はこの女性を知っている。
底の記憶たちが暴れ出す。早く思い出せ、と。
心がざわつき始める。鼓動が早くなる。
「おばあちゃん、、?」
という声で我に帰る。
孫が不思議そうに首を傾げていた。
「ごめんごめん。早く帰ろうね。」
上擦った声で返事をする。
佐山。私は思い出さなければならない。この人を。そう確信した。
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