第716話

 緊急依頼を華麗に片付けた俺はルドルフォとベルナデットに任せた菓子店、それにコッコ舎とその関連施設といったエル商会の施設をまわり、ラハマン商会のリートンさんに挨拶をしたあと角猛牛亭に戻って来た。



「エルくんおかえり~、ここに来るのも久しぶりだね。しばらく見ない間に背、伸びた? 立派な服着て……、大人っぽく見えるよ」


 そう声をかけて来たのは、角猛牛亭ミスティオ店の看板娘、ジェシカだ。

 看板娘らしく笑顔の接客だが、どこか感心するような表情を作っている。


 ジェシカは俺のことを覚えていて、記憶の中の俺と比べた変化に驚いたというより、仲の良い甥っ子が成長したのを喜んでいる。そんな印象を受けた。


「ジェシカ、ありがとう。さすがに俺もいつまでも子供じゃ無いしね。もう成人したし結婚もしたよ」

「ええ! ホント?!」


 驚きに目を丸くするジェシカ。

 ザック一家の『ホント』を聞くのも久しぶりだな。と、俺は益体もないことを考えていた。


「ねぇねぇ! お相手は?」


 恋バナ……というより既にゴールした話だけど、年頃の女子の例に漏れず、ジェシカも恋にまつわる話題は好物のようだ。それも身近な知り合いとあって目を輝かせた。


 こんなに食いつかれるとは……と、俺は若干引いている。

 だが隠すようなことでもないし、素直に打ち明けた。


「ウエルネイス伯爵家のご令嬢、キャロル様だよ。俺の話よりジェシカはどうなの? ザックさんが鍛えている恋人が居たでしょ?」

「ヨアヒムのこと?」

「そうそう」

「……う~ん」


 ジェシカに恋人ヨアヒムのことを尋ねると、恋人の事を思い浮かべたのか頬を染めつつも、口ごもる。

 何か言いにくい事があるのだろうか?


「……倦怠期?」

「違うわよ! ヨアヒムを嫌いになったわけじゃないのよ? なんかこう……」


 的確に表現したつもりだが、ジェシカには目を吊り上げて怒られた。


「物足りない?」

「そう!」


 どうやら恋人期間が長すぎて、傍にいるのが当たり前。そんな感覚になり、いつも通りでは刺激が足りなくなったようだ。


 このままでは角猛牛亭に危機が訪れる!

 いますぐに顕在化するような事ではないけど、後継者問題というやつだ。


 エル商会にも関わって来るから、ジェシカから詳しい話を聞いてみるか……。

 そう考えた俺は、ジェシカに水を向ける。


「ジェシカはヨアヒムのことをどう思っているの?」

「もちろん好きよ」

「ヨアヒムもジェシカの事が好きと?」

「……多分?」


 そこは疑問形かっ。

 でも、少し自信無さげだが不安を感じさせるような顔はしていない。ジェシカから見ても、ヨアヒムとの関係は悪くないようだ。


 なら、さっさと結婚すればいいのに……。

 まあ、この様子なら時間の問題だろう。


「ねぇ、どうしたら良いと思う?」

「それを俺に聞く? まあ、ありきたりの対処法で良ければ助言できるけど……。聞くか?」

「聞く聞く! 教えて?」


 俺はジェシカの事ならそれなりに知ってはいるが、ヨアヒムとあまり接点がない。ザックさんを通じて料理を教えるくらい。良くは知らないのだ。

 だから教えられるのは一般的なことだけ。


 しっかり挨拶を交わすように伝えた。


「挨拶って……それだけ?」

「大事でしょ、挨拶。例えばヨアヒムに飲み物を持って行った時、どうぞと言ってテーブルに置いたら、どんな返事が返って来る?」

「最近だと……『おう』とか頷くくらいかな?」

「それが付き合いたての頃なら、目を合わせて『ありがとう』と笑みを浮かべていたんじゃないの? んで、それを見てジェシカはドキドキしてなかった?」

「ッ?!」


 驚きと共に俺の助言が胸に刺さったジェシカ。


 今ようやく気付いた!

 そんな反応を見せるジェシカに俺は苦笑を隠せない。


 付き合いが長い分、関係がマンネリになっているのだろう。それに加え、当たり前の距離感に新鮮味が無い。甘えと慣れによる惰性が心地良いのだろうな。


「挨拶……、大事だわ」

「あとは『愛してる』をきちんと言葉にするとかね」

「やってみるわ!」

「相手の目を見てね」


 簡単ではないけどね。

 照れくさいし口に出すのは勇気がいる。


 前世で結婚すらしていなかった俺が、恋愛マスターの如く偉そうに講釈を垂れている。我ながら何様だと思う。けど、自信を以って話せば、それっぽく聞こえるはず。

 ジェシカには是非とも頑張って欲しい。


 改めてヨアヒムのことを確認すると、仕事に対する姿勢は真面目そのもので人柄も良いそうだ。それはザックさんのお墨付きと言っていたから間違いないだろう。

 とりあえず対策を打ち出したことで、ジェシカの気持ちも盛り返して来たようだ。


「要は馴れ合うだけじゃなくて、相手との関係を新たなステージに上げて行く必要があるんじゃないかな? 親しき仲にも礼儀ありって言うし」

「……なるほど。そうかも……」


 ジェシカの目に光が灯る。

 どうやら俺の話からヒントを得て何か思い付いたようだ。


「私、頑張るわ。そしてヨアヒムを驚かせてみせる」

「そうだね。もし何か協力できることがあれば言ってね? 協力するから」

「ありがとう!」


 お役に立てて光栄だ。俺も昔ながらの知り合いが幸せになってくれると嬉しいからね。これは本心からだ。

 ヨアヒムの方にも何か考えがあるみたいだし……、まあ、なんとかなるだろう。


 さて、今日の用事も終わったし部屋に戻るかな……。




 翌日、ゆっくり起きて食堂に降りると、受付で待つジェシカから手紙を渡された。

 一つはきっちり封蝋が施された手紙で、もう一通は丸められた獣皮紙が一枚。機密情報とはかけ離れた手紙だ、獣皮紙を広げその場で目を通す。


「……冒険者ギルドの呼び出しか」


 封蝋された手紙の差出人はウエルネイス伯爵家、キャロルからの手紙だった。

 食堂の空いてる席に座り、周囲を確認してから手紙の封を開けた。

 要約すると、キャロルがウエルネイス伯爵邸の滞在期間を延ばすと言った内容だ。


 俺の自由時間が伸びたな。


 申し訳なさそうに書かれていたが、冒険者ギルドの呼び出しもあるし、俺にとっても都合が良かった。

 その場で返事を書き上げ、ウエルネイス伯爵邸に届けてもらうよう手紙をジェシカに託した。


 俺はさっそく冒険者ギルドに顔を出すことにした。

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