第715話 もう尻に敷かれているのか?

 冒険者パーティー【灼熱の女神】の救助を無事に終え、彼らを連れて冒険者ギルドに戻る。


「もどりました~」

「おう、エル。戻ったか。【灼熱の女神】は無事か?」


 冒険者ギルドの扉を開け一声かけながら入ると、落ち着き払った様子のヘイダルさんが近づいてきた。

 それでも多少は気にしていたのか、緊急依頼を出した本人だというのに、ロビーで俺たちの帰りを待っていたようだ。

 もちろん【灼熱の女神】への心配だけど。


 俺への懸念が無いというのは、ヘイダルさんなりの信頼の証かも知れないが……


「見ての通り無事ですよ」


 俺は後ろにいる【灼熱の女神】の無事な姿を見せると、ヘイダルさんの表情は和らいだ。


「ギルマス! この子を派遣してくれてありがとう。イヴァンが駆け込んだらすぐに対応してくれたみたいだし、あのままだったら本当に危なかったわ」

「ありがとな、坊主」


【灼熱の女神】のリーダーであるアイリーンは、ヘイダルさんに危機的状況だったと報告しつつ、安堵の表情に笑みを浮かべながらも礼を伝えてきた。そこに付け加えるようにイヴァンも続いた。

 そこに俺はいえいえと笑顔で返した。


「【灼熱の女神】は……分かっているな?」

「……ええ。もちろんよ」


 ヘイダルさんとアイリーンの間で主語を省いた会話が成立していた。


 熟年夫婦の会話かっ。

 と思いつつ、何の話だったのか少し気になった。


「エルもご苦労だった。エルとアイリーンには詳しく聞きたいから部屋まで来てくれ。他は解散だ」

「分かりました」

「……ええ」


 踵を返したヘイダルさんの後に続き、ギルドマスターの部屋に戻って来た。ヘイダルさんはそのまま部屋の中央にある武骨なソファーに腰かけ、俺たちにも座るよう指し示した。


「状況を詳しく知りたいから、アイリーンは遭遇したところから説明してくれ。エルは合流したところから頼む」

「わかったわ。双頭のラッシュブルと遭遇したのは――――」


 ヘイダルさんに促されアイリーンは語り始めた。

 二層の入り口付近は混み合っていたから奥まで足を伸ばしたというだけで、双頭のラッシュブルの存在は想定外だったらしい。

【灼熱の女神】というパーティー名からして火魔法を扱うアイリーンでは、双頭のラッシュブルに魔法を無効化され一気に形勢不利になり、あとは俺が見た防戦一方の陣形で耐えていた。

 その後、俺が見たことを話すとヘイダルさんは考え込んだ。


「初めて見る上位種……、またサナトスベアが現れたのか……?」


 深刻な表情を浮かべ、ヘイダルさんは呟いた。

 二層の想定を超えた魔物の出現にヘイダルさんは危機感を抱く。


 ヘイダルさんも双頭のラッシュブルの存在は把握していなかった様子。

 そしてミスティオダンジョンで上位種が出現しやすい状況に、俺も心当たりがある。


 三層ボスは通常クレイジーベアだが、一定期間討伐されないとサナトスベアに変異する。その際、ダンジョン内に上位種が発生しやすくなるという特性がある。

 群れを作る魔物はその傾向が顕著に出るから、二層に上位種を見かけやすくなる。もちろん一層のグレイウルフにも上位種はでるが……。


 ヘイダルさんは、今回のケースもサナトスベアのせいでは無いかと推測したようだ。


「あー……、アイリーンはもう行っていいぞ。救援の関係で、しばらく報酬が下がるからな」

「ええ、分かっています。命が助かっただけでも儲けものですから」


 ヘイダルさんに報酬の減額を告げられても、アイリーンは明るく受け止めた。


「報酬が下がるんですか?」

「ああ。冒険者から救援要請があると、今回みたいにギルドが高ランク冒険者エルに緊急依頼を発注する。当然報酬が支払われるのだが、ギルドは立て替えるだけだ」

「依頼料を払うのは【灼熱の女神】?」

「そうなるな。だがあいつ等の負担にならないよう、何度かに分けて少しずつ支払っていく。そこは冒険者ギルドこっちも考えているから、エルが気にするようなことじゃない」

「なるほど……」


 ヘイダルさんは報酬が減るのは【灼熱の女神】が、というニュアンスで説明してくれた。

 確かに俺が気にすることではないな。


「それでエル、三層のボスを狩りに行くぞ?」

「……へっ?」


 ヘイダルさんの突然の宣言に、俺は思わず間の抜けた声を上げていた。


「いやいやいやいや、どうしてそうなるんですか! 俺はちょっとした旅行でミスティオに立ち寄っただけで、しばらくしたら王都に帰りますよ? 今回みたいに行ってすぐ終わるような依頼なら兎も角、何日もかかるような依頼は無理ですよ」

「三層のボスが偏していないか確かめたいんだ。そこをなんとか……頼む!」


 俺は即座に断るも、それでもヘイダルさんは頭を下げた。


「定期的に三層ボスを狩るよう、毎年お祭りに合わせて冒険者パーティーを派遣するようにしたんですよね?」

「ああ、昨年も実施した。毎年クレイジーベアだったから問題なかったはずなんだが……。エルはいつまでミスティオに滞在するんだ?」


 定期的に三層ボスを狩っていれば、サナトスベアに変異する心配はないはず。それでもミスティオダンジョンを管理している冒険者ギルドとしては、調査せざるを得ないようだ。


「昨日ミスティオについたばかりだし、俺にだって予定はあるんですよ?」


 キャロルがウエルネイス伯爵邸に宿泊する三日間。少し羽を……いや、足を伸ばしてトーアレドのフィールズたちに結婚報告に行こうと思っていた。一応、俺の出身地ルーツみたいなものだし。出生地なら王城だけどね。


 まあそこはキャロルと相談してみればいいか……。


 本音では断りたいが、知らない仲でも無いし一応は親戚筋の領地での難題と言える。

 少なくともキャロルの実家だし手伝うか……、くらいは思っているが……


「俺いま新婚旅行中なんです。嫁さんに相談しないと一人で勝手に決められませんよ」

「エルは結婚していたのか?! そんでもう尻に敷かれているのか?」


 ヘイダルさんはいたずら小僧のような笑みを浮かべ、和やかに俺を揶揄い始めた。


 尻に敷かれているわけじゃねぇ!

 相談だから!

 あくまでも相談だから!


「二日以内に出発するなら参加できるかもしれません。【角猛牛亭】に宿泊しているので、連絡はそちらにしてください」

「そうか、頼んだぞ」


 俺が連絡先を告げると、ヘイダルさんは既に決定事項のように言い放った。


「それと双頭のラッシュブルを解体したいのですが……」

「おう、上位種でもないようだから……変異種か? 解体場にいくならオレも確認しておきたい」


 双頭のラッシュブルはヘイダルさんも初めてのこと。

 一度姿を見ておきたいと、俺たちはギルドマスターの部屋を出た。



 解体場に行き双頭のラッシュブルを出したが、グゼムさんも知らない個体で、査定のしようがないと困り果てていた。

 その結果、値付けをする為にも皮の効果を試したいと、双頭のラッシュブルの攻撃を受けた部分。頭部から首筋にかけての狭い範囲を冒険者ギルドで買い取りすることになり、魔法無効効果ないし魔法防御効果が無いか検証することになった。

 その効果次第で、値段をつけるかオークションに出すかを決めるそうだ。



 うん、俺への支払いはかなり遅くなりそうだな。まあいいけど。

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