第9話 ええっと、「ぱんち」で倒します。


「すごく整いました~」


 ドラゴンブレスの熱気をひとしきり楽しんだマリアは、脱力した声でそう言った。

 他人なら泣きわめいていてもおかしくない状況で、極めて平然としているその姿に、視聴者は少しずつ癒しを感じ始めていた。


“これは確かに癒し配信だな……”

“こんなダンジョンの楽しみ方があったのか”

“マリアちゃんかわいい”


「それじゃあ、まだまだ休日るーてぃんは続くので、先に進みますね」


 マリアは記録水晶(カメラ)にそう宣言すると、おもむろに立ち上がって、穴の中に飛び込む。

 そしてそのまま駆け出して、ラヴァードラゴンの横をとんでもない速度で駆け抜けていった。


“ちょwwwはやっwww”

“いやいやww 倒さずに行く気かwww”

“戦わないんかーいww”

“ラヴァードラゴンさん、まじでおちょくられただけww”


 マリアはダメージもいとわずマグマを踏み抜いて、ラヴァードラゴンのいる空間を抜け出す。

 その先には再び薄暗いダンジョンの通路が待っていた。


「次の癒しスポットまで、少し歩きます~」


 そこから通常の≪ダンジョン配信≫っぽい雰囲気になる。

 マリアもそれは意識していて、モンスターが出てくれば実況していこうと考えていた。


 と、早速通路の向こうからモンスターが現れる。


「あ、ミノタウロスですね」


 こともなげに言うマリア。


“いやいやwww ボス級のモンスターだぞww”

“反応うっすwww”

“緊張感ゼロwwww”

“ミノタウロスはさすがにやべぇんじゃないか?”

“ドラゴン倒せたんだし、大丈夫だろ?w”

“火耐性を持ってるのはわかったけど、物理攻撃も耐性あるのかな?”


 視聴者からそんなコメントが流れ出す。

 ミノタウロスもAランクレベルのモンスターだ。他のダンジョンであれば、ボス部屋に鎮座していておかしくない強敵である。

 けれど、マリアにとってはそれほどでもない相手だった。

  

「えっと……」


 ただ、一つだけ問題があるとすれば、

 ――――マリアは実況はすごく苦手なことだ。


 本来であれば、ここで戦闘を盛り上げるために解説の一つや二つあってしかるべきだろうが、マリアの口から気の利いた言葉が出てくることはない。


「えっと、じゃぁ、倒します」


 と、なんとかひねり出した言葉は、とうてい≪実況≫とは呼べない代物であった。


“そりゃそうやろwww” 

“ぶっきらぼうすぎるwwwww”

“気の利かなさがもはやかわいいwww”


 コメント欄はそんな言葉で盛り上がる。

 だが次の瞬間、視聴者たちはいきなり凍り付くことになった。


「えっと……≪ぱんち≫します」


 そう言ったマリアは、拳を握りしめて、そのままミノタウロスに向かって行く。

 そして、宣言通りただの正拳突きををミノタウロスの胸に叩き込んだのだった。


 だが、その一撃は一瞬でミノタウロスを絶命させてしまう。


 ミノタウロスの胸部に、拳の形の穴が開く。

 もはや悲鳴を上げることさえ許されず、ミノタウロスはそのまま地面に崩れ落ちた。


“おいおいおい”

“何が起きた!?”

“スキル使ってないように見えたけど!?”

“マジで単にパンチした?”

“流石にそんなわけないだろ”

“ミノタウロスをただの物理攻撃で倒せるわけない”

“ということは無詠唱スキルか!?”


 視聴者たちは何が起きたのかわからず困惑する。

 Aランクモンスターのミノタウロスをただのパンチで倒せるわけがない。けれど目の前ではそれが起きていた。

 いや、そもそもスキルを使ったところでミノタウロスを一撃で倒せる人はほとんどいないのだが……

 とにもかくにも、目の前で起きた現象はは不可解とさえ言えるものだった。

 何かトリックがあるに違いない。視聴者はそう考えた。


 だが、現実に彼女は本当にシンプルなパンチでミノタウロスを倒していた。 

 少なくとも≪攻撃スキル≫は一切使っていない。

 

 しいて言うなら、それを可能にしたのは彼女が持つ特性スキル≪闘争本能≫の存在だ。

 ≪闘争本能≫によって、マリアは攻撃を受ければ受けるほど攻撃力が高まっていく。


 先ほどまで≪ドラゴンブレス≫によって攻撃を受けていたので、ステータスが上昇した状態だったので、ただのパンチでもAランクモンスターを一撃で屠ることができるほどの破壊力を出せたのである。


「ごめんなさい、やっぱり見ごたえないですよね……」


 と、しょんぼりして視聴者の反応を誤解するマリア。


“ちがうちがう、そうじゃないwwww”

“いやいやwww”

“すごすぎて理解が追いつかないだけww”


 すかさずフォローを入れる視聴者たち。

 だが、これまでずっと底辺配信者だったマリアは、その言葉をすぐには信じなかった。


「もうすぐ進んだら、また至極の癒しスポットを紹介できるんです! 皆さん、もう少し待ってください!」


 と、視聴者が「癒しスポット」の紹介を求めていると勘違いしたマリアは、そのまま先に進んでいく。


 当然、その行く手をモンスターたちが阻むのだが、


「オーガですね。えっと、ぱんち」


 出現したオーガ(当然Aランクモンスター)をやはり一撃で屠る。


「リザードマンですね。えい、ぱんち」

「ハーピィですね。こいつも、ぱんち」

「キングトロールですね。ぱんち」


 マリアは無機質な対応で、モンスターが現れるたび「ぱんち」の一撃で屠っていく。



“高レベルモンスターたちがwwww”

“一撃でwwwww”

“ぱんちwwwww”

“そんな可愛い攻撃じゃないのよwww”


 普段冒険者たちを苦しめている強力なモンスターたちを、まるでハエでも追い払うように倒していくマリアに、コメント欄は大盛り上がりだった。


 しかしマリアはその熱狂に気が付かない。

 

(きっと視聴者は癒し配信がお望みだもんね! 急がないと!)


 そんな行き違いで、しばらく勘違い無双が続くのであった。


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