3
運ばれてきたいちご味の氷をかきこんで席を立った私とサチさんは、大急ぎで風呂に入り、化粧をした。私の化粧は、途中からサチさんがやってくれた。多分、とろすぎて見ていられなかったのだろう。
「ごめんね、変な話に付き合わせちゃって。」
紅筆を自分の指の延長みたいに扱い、私の唇に、素早く、しかし的確な動作で紅を塗りつけながら、サチさんは眉を寄せて囁くように言った。
いいえ、いいんです、と、私はできるだけ唇を動かさないように、腹話術みたいな喋り方で応じた。部屋の真ん中では、紅子が布団を被って眠っていた。
私の恋人。
強く思った。
これまで、心に浮かべることさえ躊躇してきた言葉だった。
無理に口づけ、無理に抱き、無理に駆け落ちまでさせた私の妹。
サチさんの華奢で大きな手が、私の手を一瞬ぎゅっと強く握った。それは、励ますみたいに。
そして私とサチさんは、並んで表に出て、客を引いた。空一面が薄水色に染まる、清々しい初夏の夕方だった。
お前、サチに余計なこと吹き込んだだろ。
蝉が私の部屋にやってきて、そんなことを言ったのは、二日後の土砂降りの昼下がりだった。
あまりにも強い雨音のせいで目を覚ましたばかりで、まだぼうっとしていた私は、なにを言われているのか理解できずに数秒間固まった。そして、サチさんが身請けばなしを断ったのだとようやく合点がいったのだ。
身請けばなしには、結構な大金が動く。私は蝉に怒られ、さらに言えばここを追い出されるかもしれない、と、身を硬くした。
けれど、恐る恐る見上げた蝉の顔に怒りの表情はなかった。蝉は、いつも通り飄々と笑っていた。
「なに言ったんだ? サチはそんなに馬鹿な女じゃない。」
蝉が、純粋な好奇心、といた感じで問いかけてくるので、私は返事に困った。
愛しぬいてください。
私が言ったのは、その一言だけだ。
サチさんがどう考え、どう決断し、この売春宿に残る決意を固めたのか、私は知らない。
黙り込む私を見て、蝉はにやにやと笑みを深めた。
「サチなら、この先まだ身請けの話は来るだろうけど、あいつは全部断るだろう。……あんた、酷いことしたね。」
蝉が紡ぐ言葉が私を責めていることはわかったけれど、蝉の表情にも口調にも眼差しにも、私を責めるような色がないことに戸惑った。
蝉は、怒っていない。それも、全く。
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