目の周りにこびりついた涙を、指先で慎重に拭いながら、私は紅子と過ごしたあの村での日々を思い出す。

 家の裏山を中腹まで登っていくとあった、もう使われていない古い炭焼小屋。私たちが二人で過ごしたのは、そんな荒涼とした場所だった。

 私と紅子には二人っきりになれる場所がそこしかなかったから、いつもそこにいたのだ。

 なにをするわけでもない。ただ、その乾ききった小屋の藁敷きの床に、並んで座り込んでお喋りをしたり、並んで寝転んで昼寝をしたりした。

 それしかなかったのだ。炭焼小屋で、お喋りや昼寝をするしか。

 私たちは女同士だったし、それ以前に血の繋がった姉妹だった。それ以上になにもできなかった。

 その禁忌を破り、はじめて口づけをしたのは、いつものように昼寝をしていた15の夏。

 急に飛び起きた紅子は、汗をかきながらがたがた震えていた。

 どうしたの、と、私は訊いた。

 紅子は応えなかった。ただ、大きな両目をかっと見開いて、天井になにか恐ろしいものでもいるみたいにじっと上を見上げ、震えていた。

 私には、紅子の考えていることがわかった。双子だからだろうか。私には時々紅子の考えていることが分かったし、紅子にも時々、私の考えは読まれていた。

 その時紅子は、天井に本当に恐ろしいものを見ていたのだ。

 それは、狭い村に暮らす全ての人たちの目。

 私と紅子を見下ろす、いくつもの目、目、目、だ。

 私も怯えた。紅子と同じように。

 そして身を寄せ合い、天井を見上げたまま、生まれて初めての口づけをした。

 紅子の唇は、震えていて冷たく、汗が滲んで塩辛かった。私の唇も、同じだっただろう。

 それから私たちは、炭焼小屋でいくつもの口づけを交わした。

 愛も恋も、口にはしなかった。ただ、天井から見下ろしてくるたくさんの目に怯えながら、唇を重ねた。

 怖いのならば、もう炭焼小屋などには行かなければいいのに、どうしても私たちは、そこに通った。

 時間をずらして家を出て、二人で炭焼き小屋にいるとは悟られないようにして。

 だって、そこ以外、私たちにはなかったから。

 両親には、私たちがそこにいることはとっくにばれていたと思う。

 狭い村だ。壁に耳あり障子に目ありを地で行く村だ。多分、私たちがそこでなにをしていたかだって。

 

 

 

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