彼女のように。

るみえーる

彼女のように

「ね、今から会える?」


「・・・は?」


 彼女は、いつも突然だ。



「夜だったら結構涼しいんだね〜」


「涼しいんだね〜じゃないでしょ。今何時だと思ってんの?」


「え〜?んっとぉ、四時」


 スマホをパッと見て笑顔でそう答える彼女。言っておくと、夕方の四時じゃない、朝の四時である。こんな時間に会えるかと聞いてくる彼女は相当やばい。まぁ、それに乗る私も私か。


「で、こんな時間になんの用?」


「今日はね、ちょっと、話聞いてもらいたくて」


 恥ずかしそうに言う彼女を見て、これは大切な話だな、と悟る。


 私と彼女は同じ高校に通っている、ただのクラスメイト。だったはずなのに、高校三年間同じクラスで、いつの間にか親友に近しい関係になっている。


「とりあえず、さ、いつもんとこ行かない?」


「ん、りょーかい」


 いつもんとこ、とは近所の公園である。公園、といっても遊具があるわけではなく、三人がけのベンチが二つほど置いてあるだけの、小さな公園。昼間でも人が少ないから、放課後によくだべりに来ている。


 少し白んできた空を見上げながら、のんびりと住宅街を歩く。彼女はなんだか気まずそうな顔をしていて、珍しく会話はなかった。いつもうるさい彼女がこういう顔をして、話をしようとしないのは、なんだか心配になる。いや、正確にいうと、なにか話はしたそうだけれど、声に出せないって感じかな。・・・ま、話せる時に話してくれればいいや。


 そんなことを考えていたら公園に着いていた。ここはちょっと高台だから、早朝の町を見下ろすことができて良い。太陽の光が目に染みる。


 大きな伸びとあくびをして、彼女を見る。彼女は不安そうに私を見つめる。無言で見つめ合うこと数秒。先に目を逸らしたのは彼女の方だった。


「どしたん」


「や、どうもしな〜くもないんだけどさ」


「どっち??」


 うわぁ〜としゃがみ込んで顔を覆う彼女。なんなんだ一体。仕方ないから私も一緒にしゃがんで、よしよしと頭を撫でる。


「それやめて・・・」


「なんでよ、いつものやつじゃん」


「今されたら泣いちゃうんだよぅ」


「?泣けばいいじゃん」


「あんたほんと、そーゆーとこ・・・」


 ぴよぴよ、なんて泣いたふりをする彼女。まだ余裕があるようで安心する。


「わたし、さ」


「んー?」


 ようやく話す気になったらしい彼女の雰囲気を察して、撫でる手をとめる。俯いたままの彼女は、きっと今すごく言葉を選んでくれている。こういう所、とても素敵だと思う。


「夢ができたんだ」


「お、いいねぇ。どんなか聞いてもい?」


「んっとね、声優になる、っていう」


「あんた声きれいだもんねぇ、これから練習たくさんしないとだよね。付き合おっか?」


「え」


「え?」


「反対とかしないの?」


「えなんでするん」


 信じられない、みたいな顔をする彼女。失礼なのでは。


「だって、私らもう高三だよ?その夏にこんなこと言って、勉強から逃げてるだけじゃん」


「へぇ。逃げてんの?」


「・・・ちょっと」


「ふはっ、あんた勉強できないもんねぇ」


「うっさい!」


「でもさぁ、それだけってわけじゃないでしょ」


「あっ当たり前!私、ずっとお芝居が好きで、それに関わるお仕事がしたくて!正直今は声優だけじゃくて舞台にも興味がある。もうとにかくお芝居のことを学びたいの。だから、専門学校に行きたい」


「そっか」


 そこまで言ってから言葉を切り、パッと顔を上げる彼女。その潤んだ瞳には希望が灯ってて。・・・その光があまりに綺麗で、目を逸らしたくなった。


「私絶対、叶えてみせるから」


 でもそれを、彼女は許してくれない。


 真っ直ぐ私を、私の奥を見つめる彼女。いつの間にかずいぶん上まできたらしい太陽が、彼女に光をあてる。神様もこの子のことを応援しているのかな、なんて非現実的なことを考える。でも彼女なら、そんなことさえも現実にしてしまいそう。



「・・・はは、うん、あんたならできるよ」


 私は今、笑えているだろうか。


「なっ、なによその顔!」


 希望だけじゃない、不安も見える瞳に、私はどう映っているだろう。


「んー?語彙力が足りないなって」


「うぐっ」


 その不安さえも美しいっていうのは、歪んでるかな。


「ふふ、役者になるなら語彙力も大事だよ」


 だって、羨ましいんだもの。


「う〜たくさん本読も・・・」


 夢をみられるあなたが。


「ん、がんばれ」


 その綺麗な瞳で世界をみられるあなたが。


「うん!まかせて!!」


 あまりにも可愛くて、可哀想で。



 あぁ、私、彼女のように。




「あ!そろそろ帰らなきゃ!お母さんに見つかったら刺される・・・」


「そだね、送ってくよ」


「私が誘ったのに送ってもらうのはさすがにやばい、ひとりで帰る!」


「まだ十七ちゃいのあんたは年上に甘えとけばいいのよ〜」


「同学年だし!よしよしやめぃ!も〜ほら、行くよ」


 当たり前のように差し出される手を、いつものようにとる。少し前を歩く彼女。それに追いつきたくて、少し早く歩く。そうすれば、隣にいられる。


 まだ、隣にいたい。

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彼女のように。 るみえーる @rumi_cyan

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