屋上にいる先輩を餌付けしてみたら、とんでもなく懐かれた

春町

プロローグ 屋上にいる不思議系ヒロイン

「やっほー、君もサボり?」


 学校の屋上、そのペントハウスの上から声が降ってきた。

 視線を上げると、風に揺れるチェック柄のスカートと、スカートの奥に隠された男子全員が絶対不可侵の神域が広がっていた。


「黒、か」


「……っ!」


 先輩が着地した瞬間に、そう溢した。

 世界から切り離されたかのように色を失った髪を持つ少女は、自分の髪色と同じくらい白い肌を紅に染める。


「見たんなら返すわけにはいかないなあー」


「今のは見せびらかしてる先輩が悪いですよ」


 初対面ではあるが、俺は目の前の人物が「先輩」であるのは知っていた。


 なぜなら校内では知らない人がいないほどの有名人であるからだ。 


「こういうのは見ても見なかったふりをするんだよ。わかる?」


「わかりません。先輩のパンツは国宝として崇め奉るべきです」


「ショーケースに私の使用済みパンツが展示されるのとか嫌なんだけど」


「展示されるのは本物と瓜二つなレプリカなんで大丈夫ですよ」


「もっと嫌だよ! 職人さんが私のパンツをまじまじと観察して作るってことでしょ!?」


 白川しらかわ紫奈しな。二年生。


 身長は女子の平均よりやや高め。だいたい百六十センチ。体重は、引き締まったウエストや、軽い身のこなしを見ても四十から五十前半くらい。

 着やせするタイプみたいだからはっきりとはわからないけど、胸はそこそこあると思う。だらしなく着崩れたワイシャツから覗くスポーツブラの膨らみが物語っていた。


「今君さ、私に失礼な目を向けてない?」


「先輩は読心術が使えるんですね」


「いや、あのさ、私の体を舐め回すように見といて気づかないわけないじゃん」


「舐め回すとか卑猥な言葉、女の子が使わない方がいいですよ」


「女の子にその言葉を使わせる君がやばい奴だって自覚した方がいいよ」


 先輩は自分の体を抱くようにして俺から距離をとる。

 こういう視線に慣れているかと思いきや、意外にも初心な反応だった。


「君、名前は?」


「一年の最上もがみ優斗ゆうとです。白川先輩のことは知ってるんで自己紹介はしなくていいですよ」


「……紫奈って呼んで。他のみんなにもそう呼ばせてる」


 紫奈先輩は下の名前で呼べと厳命してくる。

 下の名前で呼んで欲しいって言われると距離感が近くなるはずなんだが、紫奈先輩の場合は距離が遠くなった気がした。


「紫奈先輩は屋上で何してたんですか?」


「ん、まあー、うん。あれだよ。たそがれてた」


「イタい人ですね」


 屋上目当ての自分が言うのもなんだが、人目を避けてこういう場所を好む人はだいたい思春期特有の病を患っている。


「すごいね優斗。人生で初めて殴りたいって思った人かも」


「先輩の初めての人になれたなら光栄です」


「減らず口ばっかり……って、優斗は購買じゃなくてお弁当なの?」


 紫奈先輩は俺が抱えているお弁当を目ざとく見つけて訊ねる。


「ウチの購買のパンは美味しいですけど、少し割高じゃないですか。だから毎朝、妹のごはん作るついでに自分の弁当を作ってるんです」


「自炊してるんだ。偉いね」


「自炊ってか、試作品ですかね。バイト先での新メニュー開発も兼ねてるんで」


「バイトなのに、そんなことまでやってるの?」


「料理作れる人が俺しかいなかったんですよ」


 俺はペントハウスの壁に背中を預けて、弁当箱を開ける。


 弁当ってのは、だいたい昨晩の余りものか冷凍食品かの二択だが、そこにはやけに手の込んだサンドイッチが入っていた。


 中の具には薄くスライスしたローストビーフに粗挽きのマスタード、レタスにオニオン、あとは自家製の焦がし醤油のソース。


 我ながらかなりの自信作だ。SNSで有名インフルエンサーに紹介されてもおかしくない出来栄えだと思う。


「……試作品ってことは味見係が必要だよね?」


 紫奈先輩はそう言ってお腹を鳴らす。

 丸みを帯びた形のいい臀部にまで垂れた髪が、いじらしく俺の手にしなだれかかる。


「少し食べます?」


 紫奈先輩に訊ねると、目の色が変わった。

 餌をくれる人を見つけた野良猫のように、ぐっと距離を縮めてくる。


「う、うむ。くるしゅうないぞ」


「偉そうなんでやっぱあげません」


「嘘! ください! お願いします! 優斗様!」


「どうぞ」


 俺はサンドイッチを一つ分け与えた。

 紫奈先輩は好き嫌いが多いのか、それともアレルギーを心配しているのか、手渡されたサンドイッチの中身を確認する。

 中に入った粗挽きマスタードを見つけると、露骨に顔をしかめた。


「私辛いの無理なんだよね」


「辛味は抑えてるんで気にならないと思いますよ。俺も辛いのは苦手なんで」


「えー、ほんとかな」


「嫌なら自分が食べますが?」


 そう言って俺は先輩のサンドイッチに手を伸ばすが、


「いただきます!」


 それよりも先に先輩の口がサンドイッチを飲み込んだ。


「……美味しい。なんかもう君に対する苛立ちとか全部消えたよ」


「それは良かったです」


 俺はサンドイッチを咀嚼し、ううーんと唸る。


 味は文句なし。テイクアウトも考えてこうして作ってから時間を空けて食べてみたが、具はよく馴染んでいる。


 しかし——


「おや。不満かね」


 先輩はそう言って俺の食べかけを奪った。

 間接キス? なにそれ? と言わんばかりに俺が口をつけたところからぱくりと一口。


「……いや、これを店で売るならいくらかなーっと」


「打算的だなぁ。そういう男はモテないよ」


「モテたくて料理してるわけじゃないんで」


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

 次の授業は体育だ。着替えて体育館に行かねばならない。


 俺は慌てて残ったサンドイッチをサランラップで包もうとする……が、


「食べないんなら貰っていい?」


「……先輩は戻らなくていいんですか?」


 休み時間が終わるというのに紫奈先輩はのんびりしていた。

 穏やかな春先の日差しを浴びて、ぐでーっとだらしなく寝そべる。


「あー、私は早退したってていだしね」


「サボりじゃないですか」


「サボりじゃないよ。体が悪いのは本当」


 紫奈先輩は演技っぽく咳き込んで見せる。

 下手な三文芝居だが、嘘は言っているように見えない。

 紫奈先輩を見た時から、なんとなく体が悪そうだとは思っていたからだ。


「なら、家に帰って安静にしてください」


「家には帰りたくないから、たそがれてたの」


 紫奈先輩は意味ありげにそう言うと、転落防止柵の遥か彼方……澄み渡る空を眺めていた。

 まだ気温は10℃ちょっと。肌寒いのに、まるでそこが根城と言わんばかりに断固として動こうとはしなかった。



◇◇◇



 白川紫奈は誰ともつるまない。誰にも媚びない。誰にも懐かない。

 だけど、孤独を愛しているわけでも、人が嫌いなわけでもないんだと思う。学校ではクラスメイトと談笑している姿がよく見られるからだ。 


 美人だけど、とらえどころのない性格の持ち主で、男子にモテるが、女子からは距離を置かれている。

 またしつこく言い寄ってくる男は顔を覚えて以降は避けるようになるらしい。


 更には特定の人とずっと一緒にいるのも嫌煙するらしく、ある程度の交友関係が生まれたらその人の前から消えるのだとか。まるで野良猫のような人だった。


「また君かー」


 後日、また屋上に行くと紫奈先輩がいた。

 やっぱりペントハウスの上でタオルケットを敷いて寝転んでいる。


 今日は日差しが出ていたからか、アイマスクもしていた。可愛らしくデフォルメされたタヌキの目が描かれている。


「ここ、私のプライベート空間なのに毎日来られると気が休まんないんだよね」


 紫奈先輩は昨日パンツを見られたのに、学習もせず足をのびのびと伸ばしていた。

 そのせいで、スカートがまったく意味をなしていなかった。……今日は白か。


「学校はみんなのものですよ。……いや、厳密には法人のものなのかな」


 学校で一番偉い人となると校長とか理事長とかになるのだが、じゃあ学校って誰の物ってなると難しい。

 けど、今重要なのはそこではない。


「まあなんにせよ、俺も屋上目当てでこの学校に入学したんで、使えないと本末転倒なんですよ」


 屋上が開放されている学校は、今どきほとんどない。

 たいがいが安全性が云々たらどうとかで、屋上は進入禁止となっている。


 俺が都内に沢山ある学校でここを選んだのは、なにも自分の学力に合っているからではない。

 屋上へ行きたいがために、背伸びしてまで受験したのだ。頑張って勉強したのに、このままじゃ報われない。


「さらっと言ったけど、私は別に屋上目当てで入学したわけじゃないよ」


「あ、そうなんですか?」


「君くらいじゃない? 全世界で屋上に行きたいからって理由で学校に入学したの」


「先輩は世界の広さを知らないんですね」


「むかつく。一年のくせに大人ぶって」


 俺は座って弁当箱を開ける。

 今日は昨日の試作品にアレンジを加えたものだった。


 たしかに昨日のは美味しかったが、味のパンチが足りないように感じたので、具材の配分を変えてみたのだ。


「優斗はさ、昼休みになるたびにここ来るけど、友達いないの?」


 先輩は何も言わずに俺からサンドイッチを奪うと、隣に座りお尻をくっつけた。

 すっきりした香水の匂いが広がり、女子を意識して俺はつい視線を逸らした。


「いません」


「ありゃ、はっきり言うね」


「教室では知り合いと呼べる人すらいないので」


「優斗ってまだ一年でしょ? で、まだ高校生活はじまったばかりじゃん。今頑張れば友達の一人や二人できるよ。きっと」


「では紫奈先輩、俺と友達になってくれませんか?」


 俺がそう言うと、先輩は人差し指をあごに当てて、うーんと考え込む仕草を見せる。


「……じゃあ、こうしようか。君が毎日ご飯を私に献上する。そうすれば私は君が屋上に入るのを黙認するよ」


「高い通行券ですね」


「私の友達料も込みって考えるなら破格の条件だよ。それぐらい君の料理は美味しかった。誇っていいよ」


 俺は先輩から見えない形で友達証明書が同封された通行手形を受け取った。


 ——こうして俺と先輩の奇妙な生活がはじまったのだった。









————————


お久しぶりです。夏バテしてました。



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