第8話
時が経って、健一、俊介、春の三人は同じ高校に進学した。
高校三年間、三人の関係は変わらず続き、俊介は早い内に高校卒業後の進路を東京の大学に定め。高校三年の冬には無事合格していた。
友人が目標を達成したことに、感慨深いような少し寂しいような。そんなことを思っていたある日のこと。
「……ケンちゃん」
学校からの帰路。冬の雪道を一緒に歩いていた春から声を掛けられた。
健一を呼ぶその声はらしくもなく重く真面目なもので、何かあることはすぐに分かった。
「どうした?」
聞くと春の足が止まった。
健一も二歩ほど遅れて、その足を止める。
「えっと、えっとね……」
言い出しにくい事なのか、春はなかなか話し出そうとしない。
健一は根気よく話すのを待ち、しばらくしてようやく春が話し始める。
「私ね、東京の大学の受験を受けたの……」
初耳だった。
春は健一と同じ、新潟市にある大学を第一志望に上げていた。
別に二人で示し合わせたとかそう言う訳ではなく、通うのに手頃なのがその大学というだけの理由だった。
それでも春は地元で進学するものだと勝手に決めつけていた。まさか東京の大学を受験していたなんて、思いもしていなかった。
「進路の先生から、私の成績なら射程範囲内だし、受けるだけ受けてみないかって言われて。私も少し興味があったから……」
東京の大学に興味があるなんて、今までそんなこと一言も言っていなかったのに、どうして突然そんなことを?
そんなことを考えて、ふと気づく。
俊介が、東京の大学に合格したという話を聞いたのはつい最近のことだ。
心の中が不愉快にざわつく。
「……結果は? もうでてんだろ」
どうしてかカラカラに乾いている口で、どうにかそう聞くと、春は一言「合格だって」と答える。
また心の中が不快にざわつく。
「と言っても、補欠合格だったんだけどね。でもダメ元で受けたから、まさか受かるなんて正直思ってなくって……だから」
とそこで春はなぜだか一度口籠もる。
「受かって嬉しいんだよ、ほんとに。ただいざ入学するとなると、ここから離れて上京して寮暮らししなきゃだし、そうなるとお金は掛かるし、こっちには簡単には帰ってこられないし、そこまでして向こうの大学に拘る必要あるのかなって。でもここで入学を蹴ったら、もう二度とチャンスはないかもしれないし、受験させてくれたお母さん達にも申し訳ないし――」
きっと春は、今日までずっと悩んでいたのだ。
どうすればいいか、どうするべきか、どうしたいか。
春なりに考えて、それでも答えを出し切れないで苦しんだのだろう。こうして誰かに打ち明けずにはいられないほどに。
だからこそ。
――なぁ鮎川、どうして俺なんだよ。
そんな大事な話を、どうして俺にするんだ。
「まぁこれはあくまで、俺、個人の意見だけど」
気が付いたら口が動いていた。
「東京行くならこっちの大学行くより金が掛かるのは確かだろうし、簡単には帰って来れないっていうのはその通りだと思う。寮生活にしたって一人暮らし初めてすぐに上手くいくとは限らないし、なんかあっても誰もすぐには助けにいけない。正直言って苦労は多いし無理をする必要もないんじゃないか?」
なにを分かったかのようなことを、お前は一体何様だ。
心の片隅でそう思いながらも一度動き出した口は、まるでお化けにでも取り憑かれたように、もっともらしい言葉を並べ立てていく。
「まぁ、それでもお前が行くって言うのなら、止めないけどさ」
締めくくりに添えたその言葉は我ながら酷く白々しくて、言い訳にしか聞こえなかった。
俯いて逡巡している様子の春だったが、しばらくして顔を上げると。
パッと明るい表情を浮かべた。
「ありがとうケンちゃん、ゴメンね変なことを言って、困ったでしょう」
「いや別に、お前が変なことを言い出すのは、今回に限った話でもねぇし」
「なにそれひっどーい! 謝って!」
「何でだよ」
そこにいたのはいつもの春だった。
さっきまで自分の将来のことに関して話をして悩んでいたあの姿が、幻だったんじゃないかとさえ思える。
だけど健一はその日、春の顔をまともに見ることが出来なかった。
その後どんな話をして、家に帰ったのかさえもよく憶えていない。
春が東京の大学ではなく地元の大学へ進学することに決めたことを、それからしばらく経ってから知った。
その話を聞いたとき、どういうわけか胸がちくりと痛んだ。
そして三人が高校を卒業し、俊介が東京へ上京する日がやって来た。
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