四〇〇字の空白
靴屋
四〇〇字の空白
教室に差す
机に反射する夕空と雲が北風とともに流れていく。
僕はそこに一枚の原稿用紙を見つけたのだ。
スクールバッグを肩にかけて一人、
あの子の机の上に置かれたまま、
四〇〇字詰のどこにでもあるような原稿用紙。
オレンジ色を身に宿したそれが、僕を
別に、帰っても良かったはずで、
見ないふりだってできたはずなのに、
放課後の
今日、僕らは卒業文集を
空っぽの教室は
カーテンを揺らして、僕の髪を
白紙の原稿用紙は木炭の黒を待ちながら、
来るはずのない次の日とあの子をずっと待っている。
僕は机に手をかけて、
廊下には
僕はすぐに顔を引っ込めて現実に
一番後ろの廊下側、
低くくなった机には落書きがあって、
それを
黒板が遠いのは
そう思うと、ふと笑顔が込み上げそうになる。
僕がこの中学に来た時から、あの子はいなかった。
僕の席のちょうど
いつも、別の誰かが座って
歴史の話、文法の話、確率の話が頭を通り抜けて、
その度に何もない、誰もいない机を見ていた。
一番後ろの廊下側、放課後の
あの子はもう来ないよ、と連絡があったのは、
先々月の朝礼、残り
誰も
担任の言葉はノイズとなって頭を通り抜ける。
そして、朝日の入らない朝礼は静かに終わった。
いつもはお
その次の時間に、僕らは卒業文集を書いたのだ。
どんな季節が来ようとも、空席はそこにあった。
それを文字に起こした時だ。
言葉という形に
その声はいつもの馬鹿笑いとは違って
「先生、あの子の分の原稿用紙がありません」
いつも、休み時間にあの空席を
手を挙げて僕らの心を
落書き一つない
先生は
人の手から人の手へ、原稿用紙が
一番後ろの廊下側、
紙に黒炭の
誰もが、
原稿用紙の一マス一マスに思い出が
気付けば、
僕は白紙の原稿用紙をカバンにしまっていた。
あれから、何も書かずに今日を
僕はこれでよかったのだろうか。
そんな時に、あの子の机の上に置かれたまま、
凍えそうに風に吹かれている原稿用紙を見つけた。
僕はシャーペン一本を
茜色が
この教室を出る前に、書かなければならない、
顔も見たことがないあの子に向かって。
中学三年生、未熟で未完成な言葉が
自己満足的な文章が原稿用紙を見えなくしていく。
春の校舎の中、僕だけが書いていた。
書き終えた僕はスクールバッグを肩にかけて、
もう一度原稿用紙に視線を落とした。
あの子の四〇〇字を、僕は横取りした。
北風は足元を冷やして、
僕は振り返らずに夕方を
机に書かれた思い思いの言葉。
私はその上に置かれた一枚の原稿用紙を見つけた。
紙面を
拙い文章に、笑いを
私の空白を埋めるその言葉たちに涙を流したのは、
それから
「
最後の言葉は、そんな感じだった。
夕焼けも終わりを迎えて、夜の足音が聞こえる。
もう、こんなことはやめにして、早く帰ろう。
無理して
馬鹿みたいだった。
言葉に
馬鹿みたいだったんだ。
心から笑ったのはいつ振りだろう。
誰の顔も見ないでいいよう選んだ一番後ろの廊下側。
私はそこに
この空白を、色のある思い出にしたくて。
四〇〇字の空白 靴屋 @Qutsuhimo_V
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