あんたがたどこさ
ろくろわ
あんたがたどこさ
ひょんな事からある男と仲良くなった。
仲良くなったと言っても私は男の事をよく知らない。
裏通りにある小さな居酒屋で偶然席が隣になり話をしたら同郷。ただそれだけであった。
だがこの男、話をしてみるとわらべ歌の『あんたがたどこさ』に当てはまるから面白い。
「なぁあんた生まれは何処さ?」
「あぁ、熊本だ」
「なんと、私も熊本だ。熊本の何処ね?」
「熊本の船場さ」
「なんと私も船場さ。ちょっと離れの方だがな」
「そうかい。俺の船場には狸がよう出てな。昔はよく狩りをしたものだ」
「狩り?猟じゃなくてか」
「そう狩りだ。今は田舎に居れなくなってな。長い事狩りはせずにこうして都会に出てきたって訳さ。所であんたは狸を喰ったことがあるかい?」
「いやぁ、私の田舎にも狸は出ましたが食べた事はないなぁ。旨いのかい?」
「あぁ、旨いよ。特に若ければ若いほど煮ても焼いても柔らかくて良い」
「そうなのか。それで君はそれを」
「あぁ、木の葉でちょいと隠すのさ」
私達はますますわらべ歌の『あんたがたどこさ』みたいだなと笑いながら酒を飲み交わし、楽しい思い出のまま男と店を出て別れた。
…ただ一つ、男の言葉に気になった事があった。
いや、気になる事が一つあると他の事も気になり始めた。
それは男と店を出た直後であった。夜とはいえ街には塾帰りの子供達も多くいた。その子供を見て男が「この街は夜でも沢山の狸が居るんだな」とボソッと呟いたのだ。
私はその一言が忘れられない。
もし、男の話していた狸が子供の事なら。
何故男は猟じゃなくて狩りだと言っていたのか。
何故男は田舎に居れなくなったのか。
男が喰ったことがある狸とは。
そう言えばわらべ歌の最後の節は『それを木の葉でちょいっと被せ』であった。
わらべ歌には隠語が隠されている事があると聞く。
何故男は木の葉で隠したと言ったのか。
いったい何を隠していたのか。
私はあの日以来男と会っていない。
了
あんたがたどこさ ろくろわ @sakiyomiroku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
人見知り、人を知る/ろくろわ
★57 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます