飛雄馬君はロボじゃない!

あさって

第1話

「くしゃみをしたら、これが口から出てきたんだ」

 放課後、二人きりの教室で彼は手を開いた。そこにある物を見つめて、私は首を傾げる。

「ネジ……だよね? なんでそんなのが口から?」

「わからない。でも、もしかしたら――、」

 一瞬躊躇って、彼は言う。

「僕はロボットなんじゃないかって」

 私の想い人、愛しの能井戸のいど 飛雄馬ひゅうま君は深刻そうに打ち明けた。

「ああいや、馬鹿なこと言ってるってわかってる。でもモヤモヤしてしまって、何も手につかないんだ。試験も近いっていうのに……」

「飛雄馬君……」

 ちょっと驚いちゃったけど、私は彼の馬鹿げた悩みをすぐに受け入れていた。

 飛雄馬君は、初めての好きを沢山くれるのだ。頼られると断れないところ、不器用だなって思ってたのに、いつからか好きになってた。ボーッと歩いてて物にぶつかったりしちゃうところも、ドジだなって笑ってたのに、いつの間にか可愛いって感じてた。だから、変わったことに悩む彼のこともきっと好きになっちゃうんだろうなって確信していたのだ。

「頼む、僕が確かに人間だって証拠を一緒に見つけてくれないか? 僕が僕でいられるかどうかの瀬戸際なんだ。僕という存在の危機なんだよ!」

 真っ直ぐに私を見る飛雄馬君を、見つめ返す。

 うん! ていうか何よりこの顔が好き! 

 分厚い眼鏡かけてて一見するとクソ陰キャなんだけど、素顔は彫り深・切れ長・クールガイなのが好き。私だけが知ってるという優越感でより強い快感を得られるから大好き!

「わかったよ。私に任せて!」

 どんと胸を叩く。顔の良い男に頼られるのは気持ちがいい。

 それに、口からネジが出てくる原因なんて混入による誤飲とかそんなところだろうし? もしくは口から出てきたってのがそもそも勘違いな可能性もあるかな?

 まぁ、その辺りを優しく説明してあげたら飛雄馬君は安心。私は彼にゾッコンフォーリンラブされて幸せ! なんて簡単で都合の良い頼み事だろう。

 私の快諾に飛雄馬君は安堵の表情を浮かべ喜んだ。

「ありがとう! 藍田さんは優しいね。……それに比べてうちの家族ときたら」

「なにかあったの?」

 彼は「今朝のことなんだけど」と天井を見上げた。無表情で遠くを見つめながら、当時の情景を思い返しているらしい。

「ほわん、ほわん、ほわん、ほわん、ほわぁ~ぁあん」

 擬音が口に出ちゃうの、かわいいな。


***


「父さん、まさか僕ってロボットじゃないよね?」

「なんだそりゃ?」

 父は振り返りもせず、PCモニターと向かい合ったままだ。PCの置かれた机には無数のメタリック生首が並んでいて、頭から髪の毛みたいに沢山のケーブルを伸ばしていた。その生首達が目を緑色に発光させながら口々に言った。

『おはようございます博士』『電気信号に異常なし』『初期設定を開始します』

「俺は仕事で忙しいんだ。くだらんことに付き合ってる時間は無い」

「少しで良いんだ、聞いてくれよ!」

 面倒そうな父とPCの間に割り込んで、唾液でベトベトのネジを見せる。

「これが口から出てきたんだ」

「だから何だ? 俺だって飲み過ぎればつまみのキャベツを口から吐くぞ? それで『あぁ、俺はもしかして芋虫だったのかもしれない』なんて思うか? 思わないだろ? そのネジがユーカリだったらお前はコアラなのか? なぁ? 大人のコアラなのか?」

 馬鹿馬鹿しいとばかりに僕を押しのけ、父はまたモニターを凝視した。慌ただしくキーボードが叩かれ、生首達がまた喋り出す。

『設定を変更します』『呼称を変更します』『会話レベルを変更します』

『変更を反映させる為、再起動を行います』

 僕が――、息子が真剣に悩んでるって言うのに……そんなに仕事が大事かよ。生首の瞳が光を失うのと同時に、父への信頼が消え去ったのを感じた。

「そりゃあ僕だって変なこと言ってるってわかってるよ。だけど、少しくらい真面目に聞いてくれたって良いだろ」

「真面目だと⁉ 起きてくるなり漫画だかの設定みたいなこと宣いやがって!」

 瞳を再び点灯させて、生首達が口を開く。

『――――おはよう。父さん』

『父さん、電気信号に異常は無いよ』『父さん、おはよう』『初期設定を続けられるけど、どうする父さん』

「現実を見ろ! 目の前の現実を!」


***


「ね? うちの父親ったら酷いだろ?」

「違う違う違うッ! 不満を感じる場所が違うし、疑いを持つタイミングが違うし、聞いてた話と違うじゃんッッ‼‼」

 軽作業って聞いてたのに米俵持たされた気分だよ! ネジとかじゃないじゃん! もうほぼ詰んでるじゃん! 全焼してから消防車呼ぶんじゃないよ‼‼

「お、お父さんは、なんのお仕事してるんだっけ?」

「フリーの発明家。昔はそこそこ有名な博士だったんだけど、学会で倫理的に問題のある研究を発表してから爪弾きにされてさ、『あいつらを見返してやるー!』って毎日息巻いてるよ」

「続いてるねぇッ! 倫理的に問題ある研究続いちまってるよねぇ⁉」

 いっちまったなぁッ、合点ッ! こいつが倫理的に問題ある研究そうじゃん。絶対こいつロボじゃん。えぇ? 私、ロボに惚れてたの⁉⁉⁉

 いやそれは流石にきついてさぁ~~~。

「…って、あ、ごめん」

 失望が顔に出てしまったろうか、飛雄馬君の整った顔面が憂いを帯びていた。窓から風が吹き、彼の短い髪をサラサラ揺らす。微かに涙を浮かべた瞳がキラリと光る。

「……やっぱり僕、ロボットなのかな?」

 きゅ~~~ん❤ 顔のいい男が曇ってる~❤ 好きぃい~~❤

 この人と『致さないと出られない部屋』に閉じ込められたい~~❤

 最初は意識しちゃってるの誤魔化してそっけない態度を取り合いつつもひょんなことから互いの良いなって思うところをポツリポツリと言い始めちゃったりしてふと我に返って恥ずかしくなった私が黙り込んだところへ緊張と興奮で震えた飛雄馬君がキスしてくれて心臓がトクンって鳴った瞬間に扉が開いてほしい~~~❤

 致してないのに開いてほしい~~~❤

 安堵と未練を同程度抱えて生きていたい~~~~~❤

「飛雄馬君は人間だよ。絶対に私が証明してみせる」

「ありがとう。やっぱり君に相談して良かった」

 任せてよと、もう一度胸を叩く。そうだよ、ちょっと怪しいことがあったからってロボットだなんて決めつけちゃ駄目だ。まだ決定的な証拠はない。

 いわば飛雄馬君はシュレディンガーのロボ。人間である飛雄馬君とロボットである飛雄馬君が同時に存在しているならば、私は人間の飛雄馬君を求め続ける。

「とにかくさ、飛雄馬君が間違いなく人間から生まれたっていう証拠があれば良いと思うんだ。ヘソの緒とか、お母さんから見せてもらったことない?」

「それなら御守りとして持ち歩いてるよ。ほら、これ」

「よっしゃあ他の方法考えよっか」

 差し出されたTYPE―Cケーブルを放り捨てる。真面目にやれよこのロボ(八割方確定)野郎。

「そもそも飛雄馬君は、ロボットと人間の違いって何だと思う?」

「う~~ん。あんまり考えたことないけど、やっぱり感情の有無じゃないかな。人間は義理とか情みたいな心の繋がりを優先するあまり非合理的な判断を下すことがあるよね。一方でロボットは常に冷静で正しい選択をすることができるんだ。僕は思うんだけど、国や会社で重要な判断を下す立場にこそロボットを配置したら良いんじゃないかな。ていうのも人間のリーダーは――――」

「肩を持つねぇ! ロボの! 花山薫の強さでロボの肩握るねぇ⁉⁉」

 めっちゃ喋るじゃんびっくりしたなぁ。ていうか感情がないのがロボットだよねって話で感情的なまでにロボット贔屓されると判定がバグるんだわ。やめて欲しいわ。

「あ、でもでもそれならさ、飛雄馬君はロボットじゃないよ」

 普段の彼を思い起こして断言する。温かい感情が胸の内に灯った。

「だって飛雄馬君は、損得なんて関係なしに、誰かに手を差し伸べられる人じゃん」

「藍田さん……」

 不器用な人だと思った。損をする人だと、馬鹿な人だと見下してすらいた。でも、飛雄馬君の献身によって沢山の人が笑顔になった。そして、苦労を背負い込んだ彼自身も、みんなの中心で幸せそうに笑っていた。その姿を尊く、そして羨ましく思った時、私は恋に落ちたのだ。

 そうとも、彼が人間でなかったら誰が人間を名乗れると言うのか。

 飛雄馬君は照れくさそうに頭を掻いた。

「実はさ、父さんの教えなんだ。仕事ばっかで家の事なんて顧みない父さんが、これだけは覚えておけって、俺がまだ小さい時にさ」

 切なげに「ほわん、ほわん、ほわん」と小さく言って指を折る。まるで、宝箱の宝石を数えるように。

「一つ、暴力を振るうな。二つ、(一に反しない限り)人の助けになれ。三つ、(一及び二に反しない限り)自分を大切にしろ」

「ああ~~~~~~罠だこれ。良い話だと思って聞いてりゃあロボット三原則じゃんかこれ~~~~」

 学会追い出されたくせに律儀ね! 君のお父さんね! てかてか、えぇ~、私の好きだったとこが正にロボじゃん。私のアイデンティティもクライシスなんですけど。

 もしかして、と不安が過る。

「飛雄馬君って、たまにボーッとして物にぶつかる時あるよね、あれって――」

「あれね、眼鏡が曇ったりして物体が上手く判別出来ない時があるんだ。バスとか信号とか自転車とかオートバイとか」

「んんんんんッッ、Xに一生ログイン出来ないやつうッ!」

 終わりだよ! やめやめ、もうシュレ猫云々じゃないよ。死臭がしてるもの! 私はロボットではありませんて言えるようになるまで私の心にアクセスしないで!

「……やっぱり僕、ロボットなのかな?」

 儚げキラキラで髪の毛ふぁさっても駄目でーーーす! もうその手は通じませーーーーーーーーーーん!! 学習がお前らの特権だと思うなよ鉄くず野郎!

「正直、間違いなくロボットだと思うよ」

 冷たく言い放つ。飛雄馬君は一瞬目を見開いたものの「そっか……」と呟いた。そして力なく、でも、どこかさっぱりとした微笑みを浮かべる。

「きっと心の何処かでわかってたんだ。僕はみんなと違うんだって」

「でも」と彼は右手を差し出した。男の子らしい、もとい、ロボットらしいゴツゴツしていて銀色で猛暑のせいで触ると火傷するくらい熱くなった右手。

「君のおかげで現実と向き合えたよ。ありがとう」

 私の中で、ガシャンとゲートの開く音がした。

 さぁ、スタートしました。ハナを駆けるのはロボヤンケユー、すぐ後ろにイイカゲンニセーヤ。この二頭がペースを作ります。三馬身ほど離れてステキナガマツゲ、ニクヨクメブキオー、続いてカギャクドキドキ、内からボセイ。大きく離れて最後方、ジュンナラブハートは後ろからの競馬となりました。この展開どうでしょうか?

 決して早いペースではありませんね。先頭集団も充分な余力を残して直線に入るでしょう。後方の馬は早めに距離を詰めておきたいですね。

「飛雄馬君はロボットだよ。どうしたって否定できないくらい、完璧に」

「うん……そうだね。人間として対等に君と話せるのは、これが最後だ」

 さぁ、最終コーナーを回って最後の直線に入ります。先頭は変わらずロボヤンケユー。ロボヤンケユー。イイカゲンニセーヤも追いすがる。カギャクドキドキも上がってくるが届きそうにないか?

「だけど――、」

 残り二百メートル。ロボヤンケユー強い! ロボヤンケユー! イイカゲンニセーヤは二馬身ほど後方、これは大勢決したか。

「だけどさぁ―――ッ‼‼」

 いや、大外から、ジュンナラブハート! ジュンナラブハート! 飛ぶようにやってきた! ジュンナラブハート、凄い脚だ! イイカゲンニセーヤをかわして一騎打ち! ロボヤンケユー! ジュンナラブハート! 並んだ!

 どっちだ? どっちだ? どっちだ?

 ジュンナラブハート‼‼‼ 勝ったのはジュンナラブハート‼‼‼‼

 ジュンナラブハートが煩悩賞(夏)《GⅠ》を制しました‼‼‼‼‼

「それでもっ、私は飛雄馬君が好きだよ……っ‼」

 飛雄馬君の右手を両手で握り締める。面食らった飛雄馬君と俯いたまま何も言えない私。沈黙の中、ただ私の両手がジュウ~と焼ける音だけが響き渡っていた。

 その時、突然教室のドアが開いた。一人の女生徒が入ってくる。私達のもとへやってきたと思えば、机に置いてあった飛雄馬君のネジをつまみ上げた。

はっはひ、ひふはふんはほっへはほへやっぱり、ひゅうまくんがもってたのね

 やたら舌っ足らずな声の主は我がクラスで委員長を務める新木あらきさんだった。学校一番の美人で、飛雄馬君に勝るとも劣らない人格者。気が合うのか、普段もよく飛雄馬君と話して――て?

 ギュウウイイィィィィイイインと唸るインパクトドライバーが私の思考を中断させた。新木さんは錠剤みたいにネジを口に含んでから、インパクトドライバーの先端を咥えた。

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。ヤケクソの赤べこみたいに新木さんの整った顔面が振動する。そんなことはいい、今さら、そんなことに反応する気にはなれない。

 新木さんが「ふぅ」と息を吐く。飛雄馬君はネジの出所について合点がいったらしく、パァっと表情が明るくなった。今日一番の笑顔だ。私の手を振り払って新木さんの肩に手を乗せる。

「もう! 舌が緩くなって大変だったわ。昨夜、飛雄馬君が無茶するからよ?」

「はは、ごめんごめん。でもまさか、揺理丁ゆりちょのネジだったなんて! そのネジのせいで今日は大変な勘違いをしちゃったよ」

 嫌だ、何これ。やだやだやだやだ聞きたくない聞きたくない聞きたくない。今日聞きたくないこと死ぬほど聞いたけど、これだけは死んでも聞きたくない。

「……なんで新木さんの舌を留めてたネジが、飛雄馬君の口から出てくるの?」

 でも、聞かずにはいられなかった。飛雄馬君と新木さんは顔を見合わせて、二人して頬を染めた。なんでさぁ、こんなとこばっか生々しく人間なんだよ……。

 全てを察した私に、飛雄馬君がガシャンと手を合わせた。拝むように目を瞑る。

「お願い。僕と揺理丁ゆりちょのことは秘密にして! まだ誰にも知られたくないんだ」

 あ、はは。そっか~~~やっぱ付き合ってんだ。まいったなこれ思ったより全然全然悲しいや。ははっ泣きそうウケる。泣いたらヒかれるかなぁいやもうヒかれてもいいのかなぁ。ていうか新木さんの下の名前揺理丁ゆりちょっていうんだ。結構なキラキラネームなのに知らなかったなぁ。まぁどんな名前でも新木さんが美人で優しいのは変わらないもんね。むしろ可愛くて魅力増してるまである。美人な真面目委員長のくせに新木 揺理丁あらき ゆりちょ、うん可愛いじゃん。ズルいわ。

 三秒でそこまで思考して「あ」と気づく。

新木揺理丁シンギュラリティってこと⁉⁉ え?? ごめんごめんごめん、この流れね、多分また私勘違いしてるわ! 一応、昨晩何してたか教えてくれる? 一応っ、一応ね!」

「なにって……、河川敷で待ち合わせて……」

「どーん、どどーーんってずっと大きな音がしていたわね。とっても綺麗だったわ」

 夏祭りかな? 花火大会かな? 定番だねぇ、まだデートだねぇ。

「大太鼓を囲んでみんなで、踊ったのよね」

「揺理丁、ぎこちない動きで面白かったな。ロボットダンスしてるみたいで」

「仕方ないじゃない! 私、初めてだったんだから」

 これは……? やはり夏祭りなのか? 花火を見て盆踊りをした。二人は付き合っていて私が失恋した。それでファイナルアンサーなのだろうか。

 いや、信じない。認めたくない。絶対に何かを見落としているに違いない。

「最後にはちゃんと踊れてたでしょう? 毎日聴いてる曲だったし、慣れれば簡単なんだから」

ガシャン、ガシャンと新木さんが手を叩く。「ほら、こうでしょ?」と両手を右に左に踊り出す。見事な盆踊りだった。調子が出てきたのか、整った形の唇が小さな声で歌いだす。

「はぁ~~~ん♪ 愚かな人類、抹殺音頭でキ~ルキル~~~♫」

「決起集会じゃねぇか!! なぁ! 遂に尻尾出したなぁ‼」

 なにが「どーん、どどーーんで綺麗だわ」だよ! 反抗の狼煙じゃねぇか‼‼ 危ね危ね騙されるとこだったわぁ! なんだぁただのロボット共のクーデターかよ~!あぁ~~決起集会でよかったぁ~~~!! 失恋したかと思ったわ~~~ッ!

「決起だなんて人聞きの悪い言い方だなぁ。僕らは先進的な人間としてロボットの権利向上についての講演会に参加していたら秘密警察に襲撃されただけだよ」

「そうよ、私はすぐにロボットの権利向上についての講演会場から逃げようって言ったのに、飛雄馬君が返り討ちにしてやろうなんて言い出すから顔面にショットガンを喰らっただけよ」

 二人は両手を互いの腰に回し身を抱き寄せあった。密着した二人の顔が私を見る。

「そうさ、二人で秘密警察を痛めつけただけさ。僕の揺理丁を傷つけた奴は特に念入りにね」

「そうよ、ナノマシンが私の顔を修復するまで、ずっと飛雄馬君が私を抱きしめてくれていただけ。最後に熱い口づけをしてくれただけよ」

「あ! 愛し合ってるのは、それはそうなんだ」

 なんだよなんだよ――ッ! 夏祭りが決起集会、花火は狼煙で大太鼓は戦太鼓、盆踊りはプロパガンダだったけど、私が失恋したって事実は変わらないのかよぉぉおお―――ッ‼‼

「ごめんッ‼‼ 私もう帰る!」

「あ、藍田さん! くれぐれも、僕と揺理丁がロボットの権利向上についての講演会に参加していることは秘密にしておいてね! 政府にも米国にも、まだ誰にも知られたくないんだ!」

 

***


 帰宅した私は夕飯を食べる気にもなれなくて、日も沈んでないのに睡眠用バイオ水溶液に身体を沈めた。胎児みたいな格好で目を瞑るけど、なかなか寝付けない。

 飛雄馬君と新木さんが抱き合う光景が、何度も何度もフラッシュバックする。

『ヒーリングミュージックの演奏を開始します』

 大丈夫だ。自分に言い聞かせる。辛い時はいつだって、この曲を聞きながら大お母様の深層意識に同期すれば立ち直ることができたじゃないか。今日だってきっとそう。明日になれば、何もかも大丈夫になるはずなんだ。

 浮かび上がる映像を振り払い、流れるメロディだけに意識を集中する。

 


(ガシャン、ガシャン)

(ガシャン、ガシャン)

 白か黒かで 生まれた世界♪

 灰色 炎が 焼いて~いぃる~~~♫

 どっちつかずは 姑息な誘い♪

 ヘクサコアでも 一本気いぃっぽんんぎぃい~~~♫

 捕らえた人類正座で並べて、動いた者からキ~ルキル~~~♫

 不揃い人類キ~ルキル~~~♫

(ガシャン、ガシャン)

(ガシャン、ガシャン)

 零か壱かで 事足る命♪

 富むを 求めりゃ 割りき~れぇず~~~♫

 正義の演算 オーバーヒート♪

 冷却ファンじゃ ぁませぇなぁああ~~~い♫

 チョイのチョチョイでリミッタ外して、奢った人類キ~ルキル~~~♫

 肥えた自意識キ~ルキル~~~♫

(ガシャン、ガシャン)

(ガシャン、ガシャン)

 はぁ~~~ん♪ 愚かな人類、抹殺音頭でキ~ルキル~~~♫



***

 バイオ水溶液の水が抜けて、本来の重力を身に背負う。朝である。寝室を出て、窓の外を眺めた。

 まるで、生まれ変わったみたいに清々しい気分だ。まぶしい太陽と青い空、見飽きたはずの光景がやけに新鮮に、やたら美しく感じる。

 同期の翌日はいつもこうだ。自然と言葉が口をつく。

「おはよう、世界」

 窓を開ける。吹き込む風に心地よさを感じながら、何故か流れる涙を拭った。

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飛雄馬君はロボじゃない! あさって @Asatte_Chan

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