第25話 王の頼み

 お城に着くと馬車のままトロン陛下が住まう宮殿まで誘導された。

 侯爵家とはいえども、宮殿まで馬車で行けるのはそうそう無いことだと、以前読んだことがあったので驚いた。

 オルガン様がそれだけトロン陛下に信頼されているということなのかしら。


「驚いたな……馬車のままでいいとは。陛下も一体どういう風の吹き回しだ?」

「まぁ? てっきりオルガン様は特別なんだと思っていましたわ」

「まさか。私の噂を知ってもなお公平に関わってくださった方だが、逆にいえば俺を特別視などしていないということだ。あの方にとっては、あくまで一人の臣下に過ぎない」

「じゃあ、なんで今回に限って馬車で行ってもよいなどと……?」

「さぁな。陛下の考えることは分からん。ただ、かからいをよくする方だが、こういうことに関しては弁えのある方だ。何かお考えがあってのことだろう」


 呼び出された理由も不明で、さらには異例の待遇。

 なんだか少しだけ怖くなってきたわ。

 悪いことが起こるとは思えないけれど。


「こちらでございます。陛下にお伺いして参りますので、お待ちください」


 応接室に案内され、トロン陛下を待つ。

 いったいどんな話があるのかしら。

 ほどなくして、扉が開かれた。

 まずトロン陛下が従者を連れて入り、その後ろに続いた女性を見て、少し驚いた。

 ピアーノ殿下。

 トロン陛下の孫娘で、大輪の花のように愛くるしい顔を見れば、自然と誰もが笑顔になる。

 ところがピアーノ殿下の顔は噂で聞く天真爛漫てんしんらんまんな笑顔ではなく、曇り顔だ。


「待たせたな」

「トロン陛下、並びにピアーノ殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。御前に馳せ参じますのは我が誉れであります」

「うむ。大義である。座れ」

「はっ」


 トロン陛下に促され、オルガン様がソファーに座ったのを確認した後、私も腰を下ろす。

 トロン陛下の左側の従者が立ち、右隣にピアーノ殿下が座っている。

 ピアーノ殿下の表情は相変わらず冴えない。


「まずはビオラ。お主の送った薬は、非常に良くできておる! 塗り心地も良いし、痛みもよく和らぐ。何より、上から押さえる必要がないから、良いの! あれがあるとゴワゴワして敵わんからな」

「お気に召していただき光栄です。陛下」

「うむ! それでだな。お主に頼みごとがあるのだ。ただ……少々込み入った話でな。受けるにしろ受けないにしろ、今から聞くことは全て心にしまうと、今ここで誓え」


 トロン陛下は柔和な表情から、突然刺すような眼光を私に向ける。

 あまりの圧力に、身動きも取れず目線を逸らすことさえできなかった。


「陛下。お願いですからビオラをあまり脅さないでください。宮殿勤めの者たちとは違うのですから」

「うん? あぁ……ははは。そうであったな。すまんすまん。ただ、そのくらい重要なことなのだ。分かるな?」

「はい。陛下。これより伺ったことは、墓まで自分の心の中にしまうと誓います。おそらくは……そこにいらっしゃるピアーノ殿下のことですね?」


 私の口から名前が出たためか、ピアーノ殿下は少しだけ体を動かし反応する。

 それに気付いたトロン陛下は、優しく頭を撫でながら何か諭すようにピアーノ殿下に声をかけた。

 それを聞いたピアーノ殿下は、トロン陛下の方に顔を向け、小さく首を縦に振る。


「そう。孫の、ピアーノのことだ。そうじゃ、オルガン。聞くまでもないと思うが――」

「もちろん、私も見聞きしたことは全て心の中に留めると誓います。陛下の名にかけて」

「ふむ。それでは話すとしよう。ピアーノの脚だ。口で言うより、見せた方が早いじゃろう。オルガン、一旦席を外せ」

「はっ」


 従者に続いて、オルガン様は部屋を出ていく。

 そのまま扉が閉められたから、従者も外で待機ということなのね。

 それにしても、ピアーノ殿下の脚がどうしたというのかしら。


「ピアーノや。ビオラにお前の脚を見せてやっておくれ」

「はい……おじいさま」


 ピアーノ殿下はソファから立ち上がり、くるぶしまであるスカートの裾を手繰り上げた。

 あらわになったピアーノ殿下の右脚を見て、私は思わず息を飲む。


「ピアーノや。もう十分じゃ。ビオラに状況は伝わった。さぁ、座りなさい」

「はい……」

「トロン陛下のお話というのは、ピアーノ殿下の右脚の痕を消せるかどうか、ということですね?」

「うむ。去年の冬じゃった。暖を取るために燃やしていた炭の一つがピアーノの脚にな。幸い、動きに支障は出なかったが、見ての通り痕が残った」


 見た限りかなり広範囲に痕が残っていた。

 さっきからピアーノ殿下の表情が優れないのは、この痕を私に見せなければいけなかったからなんだわ。

 私は知っている。

 この傷痕を知って、ひどい噂を立てる人々がいることを。

 そして、その噂は見える傷痕以上の傷を心に与えうることを。

 何より、ピアーノ様がこの傷痕のせいで、心穏やかに過ごせないことが、悲しいわ。


「城の者に診せたのだが、傷痕は消せないと言っておってな。しかし、ビオラよ。お主はオルガンの顔を治した。何年も治せず、本人すら諦めたあの顔をだ」

「分かりました。陛下。具体的に私はどうすれば?」

「治療はこの宮殿の中でやってもらう。余計な噂が立たぬように、お主の行動もその間は制限させてもらう。必要なものがあれば全て揃えよう」

「私の侍女のハープをこちらに呼び寄せても構いませんでしょうか。薬作りに重要な助手です」

「侍女が助手とな? ふむ……オルガンを呼べ」

「はっ!」


 扉の外から声がして、オルガン様が中に入ってきた。

 私を心配してくれているのか、複雑な表情をしている。


「オルガンよ。ビオラの侍女のハープとやらは、信頼にたる者か?」

「はっ。彼女は私の乳母の娘です。身元もしっかりしており、人柄も問題ありません。陛下や殿下の身が危ぶまれるようなことは起こさないと主人の私が誓います」

「ふむ。よかろう。オルガンよ。ハープをここへ呼べ。理由は言わなくて良い。こちらから伝える。それとな。ビオラをしばらく借りるぞ。なに、お主はこれからしばらくこっちでの勤めじゃろう?」

「お言葉ですが、陛下。妻に、ビオラの身に何かあった場合は、たとえ陛下と言えども――」

「よせ。気持ちは分かった。しかし、それ以上は口にするな。意味が分からぬお主でもなかろう?」


 なんだか大変なことになったと思いながらも、頭の中はすでにピアーノ殿下の火傷の跡をどうやったら綺麗に治すことができるのかでいっぱいだった。

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