第24話 幸せで自由で愛される日々

「オルガン様も今回の招聘しょうへいの理由はご存知ないんですか?」


 王都に向かう馬車の中で、気になって聞いてみたところ、返ってきた答えに思わず出た言葉。

 オルガン様は何か隠し事をするような方じゃないから、本当に知らないのね。

 どんな理由にしろ、行かないことなど出来はしないけれど。


「多分悪いことではないと思うよ。トロン陛下はビオラの作った薬を大層お気に入りだというのは、聞いている。現に、褒美だと隣国の珍しい薬草や、その種が送られてきただろう?」

「ええ。でも、すでに褒美はいただいているのですから。わざわざ呼び出して、用事がお褒めのお言葉をいただくだけではないのでしょう?」

「それは考えにくいな。いずれにしろ、着けば分かる。それまでは気楽にいたら良いさ」

「まぁ! オルガン様ったら」

「仕方がない。分からないことをいくら考えたって分からないのだから。それよりも、なんか最近他に悩んでることがあるだろう? 何か手伝えることなら手伝うよ?」


 優しく聞かれて、驚いてしまった。

 オルガン様はなんでもお見通しなのかしら。

 考えても答えが出ないから、頭の奥にしまっていたはずなのに。

 なんでもないと言うのは簡単だけど、オルガン様に話せば何か道が開けるような気がするから不思議よね。


「隠してたわけではないのよ。薬を作って困っている人に使ってもらうのはとても嬉しいのだけれど、私一人の力では作る量も種類にも限度があるでしょう?」

「そうだね。それでも十分な量を、とても高い質で作っていると俺は思っているけれど」

「でも、薬を必要としている方はずっと多いということに気が付いたの。私の手をすり抜けてしまう方を考えるとどうにか出来ないかと思うのだけれど」

「うーん。なるほど……俺が思ってた以上に、ビオラの優しさは深く広いようだ」


 オルガン様は考える仕草を少しした後、難しいことはないという調子で提案してきた。


「ビオラの願いを叶えるなら、薬の作り手を増やせばいい」

「もちろん薬を作る方が増えたら良いでしょうけれど。でも、現実は薬と称して役に立たないものや、果ては毒のようなものを売る人がいるとオルガン様もご存知でしょう?」

「ははは。違う違う。自然に増えるのを待つんじゃない。増やすのさ。ビオラがね」

「私が? 増やす? どういうことです?」


 オルガン様は何故か楽しそうだけれど、どういうことかしら。

 私が薬の作り手を増やすだなんて。

 答えを待っていたら、オルガン様が私の手を優しく掴んできた。

 オルガン様の手の温もりが伝わってくる。


「ビオラの手はたくさんの薬を作ってきた。だけど、ビオラの手は、そのためだけにあるわけじゃないだろう? ビオラが薬作りに興味を持ったのは、ビオラのお母様の手記だと言っていたね。だったら、ビオラも書いたらどうだい?」

「私が誰かのために、薬の作り方を書くということですか?」

「もしくは自ら教えればいい。ハープなんて最近は自分の母親の咳止めの薬などを作っているのだろう?」

「ええ。でも、ハープは薬師になるつもりはなさそうなの。私の侍女でいたい、と言っていたわ。本人の意思がなければねぇ」


 オルガン様の手の温もりで温かくなった手を頬に当て、何かいい案がないかと考える。

 せっかくオルガン様が提案してくださったのだもの、この際にきちんと考えるべきだわ。


「ビオラは子供は好きかい?」

「へ?」


 考えていたら、オルガン様が突然といえば突然のことを聞いてきた。

 子供の予定はまだ無いはずよね?

 でも、実際のところ、本で読んだことがあるだけで、子供がどうしたら出来るのか、私の知識が合っているのか確かめたことがないのよね……

 でも、殿方からこの質問が出たってことは、そういうことなのよね?

 なんて答えるのが正解なのかしら!


「そ、そうですね! オルガン様似の男の子も素敵だけど、女の子も可愛いと思います! どっちも好きです!!」

「は?」


 頑張って答えたのに、オルガン様は目を丸くしている。

 どうしたのかしら。

 何か答え方に変なところがあったの!?


「あ……いや。俺もビオラ似の娘はとっても可愛いと思うけれど。そういう意味じゃなくて、子供たちを集めて、薬師を育てる施設を作ったらどうかな、と思って」

「え……? ああ! そうですよね! 薬師を育てる施設に子供を! ええ……ええ!?」

「大人はすでに自分の職を持っているだろうし、すでに薬師である人々に教えても数は増えないだろう? それなら、まだ職についていない子供たちに薬の作り方を教えたらどうかな?」

「素敵だと思いますけど……いいんですか? 侯爵夫人の私が教鞭を取るなんて」


 教鞭を取る、つまり人にものを教える仕事は、当然ながら専門の方がいる。

 貴族の場合は他の貴族の女性が屋敷に赴いたり住み込みで教えを与えることもあるけれど、その場合はより下位の貴族であるのがほとんど。

 侯爵夫人が子供たちに教えを与えるというのは聞いたことがない。

 私は構わないけれど、オルガン様の立場を下げたりしないか心配だわ。


「何も問題はないだろう。今まで散々言われてきた身だ。今更一つや二つ、増えようが俺は一向に構わない。それに、何か言うやつもすぐに言えなくなるさ。ビオラの指導で薬師が巣立っていけばね」

「まぁ! 意外とオルガン様って自信家でいらっしゃるのね」

「いや。元からじゃない。ビオラが変えたんだ。ビオラのおかげだよ」


 甘く優しい言葉をくれるオルガン様に寄り添うように上半身を預ける。

 オルガン様は私のおかげと言ってくれたけど、私の人生を変えてくれたのはオルガン様。

 私が今、幸せで自由な生活を過ごせるのは、オルガン様のおかげ。

 こんなにも愛されていると感じることが出来るのだから。

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