第2話 愛しい薬草たち
「あぁ……アンダンテの花も、トリル草も根こそぎ……」
父に自室での謹慎を命じられた次の日、私は窓から自分の育てた庭園を、口惜しく眺めていた。
父の宣言通り、私が丹精込めて育てた数々の薬草たちは、根から掘り起こされ、無造作に積まれていく。
アンダンテの花は開花させるのが難しく、様々な文献を読み漁り、原産地の環境なども調べた結果、ようやく今年初めてツボミが見られたのだ。
大ぶりの赤い花をこの目で見るのを心待ちにしていたし、何よりその花弁の持つ薬効を試せるのが楽しみで仕方がなかったのに。
トリル草も今年初めて採集出来るはずだった薬草だ。
生育可能な条件がとても厳しく、試行錯誤の結果、専用の小さな温室を作り、そこで育てていた。
そのトリル草も私の手作りの温室共々ガラクタのように捨てられていく。
その様子を、普段裏庭などには姿を見せることなど一度もなかったフルートが、何が面白いのか、笑みを浮かべながら眺めているのが見えた。
すると突然フルートの視線が屋敷の方に動き、狙ったかのように私の視線と合う。
私はハッとし、フルートは笑みをますます強めたように見えた。
私は自分の無力に打ちひしがれながらも、せめてすでに摘んだ薬草だけは無駄にしないようにと、窓の外から視線を離し、大急ぎで薬作りを始めた。
薬草全てを持ち出すのは不可能だとしても、小瓶に詰めた薬なら、何とか隠して持っていけるかもしれない。
「持っていく? どこに?」
私は思わず自問自答していた。
母が亡くなってから、私の生活は一変した。
フルートがまるでこの屋敷の長女のように振舞い、私は隅へ追いやられた。
母が残してくれた手記を読むことだけが唯一の楽しみで、薬の知識は母の手記が切っ掛けだった。
病気を治す薬を作ることが出来れば、母は今も元気に私の横で笑っていてくれたのではないかと思った幼いころの私。
もちろん母はもうこの世にいないけれど、同じような境遇の人を助けることが出来たなら、どれだけ素晴らしいことだろう。
そうして薬作りや、原料の薬草の栽培にはまってしまった私を、家族はさらに疎ましく思ったみたいだ。
いや、理由なんてなんでも良かったのかもしれない。
日に日にフルートとの扱いが明確に差が出始め、人前に出すのは恥ずかしいと、適齢期に近付いても社交界にすら参加させてもらえなかった。
一方のフルートは、引く手数多らしい。
まるでいない者として扱われている私を、誰が好き好んで妻に迎えようとしてくれるだろうか。
「あー。もっと伸び伸び暮らせるところへ行きたいなぁ」
窮屈過ぎるこの家から出て行きたいという願望が、言葉になって口から滑り落ちる。
その言葉を言い終えるのと、部屋の扉が開くのは同時だった。
扉を開けたのは父、そして何故か後ろには先ほどまで裏庭にいたフルートが、にやけた顔でついてきた。
「喜べ。早速だが、お前にぴったりな相手が見つかった。グラーベ侯爵だ。お前も名前くらい聞いたことがあるだろう」
「うふふ。お父様。きっと【仮面侯爵】の方が通りがいいと思いますわ。羨ましいわぁ。ビオラ。こんな有名な方の所へ嫁げるなんて!」
「グラーベ侯爵閣下……ええ。お名前は存じ上げております……」
私は少なからず衝撃を受けた。
まさか男爵の娘である私が、侯爵の地位にいる方と縁を頂けることになるとは。
ただ、ある噂から、グラーベ侯爵はなかなか結婚相手が見つけられないのではないか、というのは推察できた。
「先方も、出来るだけ早くに婚姻をと仰ってくれている。明日にでも向かいなさい」
「ビオラ? 仮面侯爵にお会い出来たら、ぜひ仮面の中がどうだったのか教えてちょうだいね。うふふ。とても恐ろしいという噂ですもの。私も一度は見てみたいわぁ。あ、でも、触れてしまったら移るんでしょう? おお、怖い。あははははは」
私の夫になる相手を、いいえ、爵位が明らかに上の相手を馬鹿にして笑うフルートに、父は苦言の一つも発しなかった。
もし私が同じことをすれば、昨日もらった一発では済まされないだろう。
どういういきさつで私を娶ってくれるのかは分からない。
けれど、この屋敷を出ることが出来るのなら、どんな方でも構わないと、私は強く思った。
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