約束の地で
エース
上
2XXX年、地球は熱気に包まれた!
※※※
数十年単位で気温が上がり続けてしまい、地上が人間には住めなくなってしまってもはや久しい。
世界各国の宇宙開発分野はとっくのまえにとん挫した。
あまりの暑さにロケットの外壁も熱疲労を起こし、作業員はほぼ100%作業中に熱中症になり、また高度に発達しすぎたAI内臓の作業ロボットがストライキしまくったせいだ。
このままでは不味い。
隕石とか大地震とか核戦争とかじゃなくてこんな形で大地の支配者たる人間達の天下が終わってしまうのか。
ちょっと産業活動しまくっちゃったかも。人類は自らの行為に恐怖してしまった。
そんな時、暑さで脳をやられた権力者達の一言からすべてが始まった。
『地下の方がマシじゃね?土ってちょっとひんやりしてるし』
なるべく下まで潜れば、もっと涼しいのではないか。
当時の世界各国は我先にとひたすらに地中へ潜った。
無駄に発展した技術をフル活用して、世界の殆どの国がどんどん潜った。
かつて日本と呼ばれた島国の住民達もやはり例外に洩れず、地中でなんとか細々と活動を続けていた。
「せんぱ~い。やっぱり何にも見えないですよ。今日はもう上がっちゃってもいいですか?」
「ばかやろう!もうすこしやるぞ。ちゃんと給料分の仕事はしろ」
「うえぇ、はーい」
そうして世界が地中に潜って永い年月が過ぎ、どこか秘密の一室で声がしていた。
二人の作業員が大きなコンピューターパネルの前で話している。
彼らの業務は最新の耐熱処理を施し、作業用マニュピレーターを装備した地上活動用のドローンの操作だった。
人類の生活が地下に移ってから地上の植物や生物の価値がとても高まった。
いくら技術が発展し精巧な人工物が作られてもやはり天然ものの需要はいつだって途切れないものだ。
地上の動植物の調査とあわよくば捕獲に励んでいたが、あまり成果は出ていないのが現状だった。
「でもせんぱい。今でも信じられませんよ。昔は地上で人間が暮らしていたなんて…わたし、ぜったいに暑さで死ぬ自信ありですよ」
「俺も信じてねえよ。なんで外に出る必要があるんだよ。人類皆で罰ゲームやってたのかっつーの。いやだねぇ、旧人類はさぁ。なんで苦しいことをしてたんだろうなぁ」
「お金貰っても外に出たくないですよー。あーそういえばちょっと前に地上でスポーツやってる映画やってましたけどまず地上で野球って時点でいやそれ死ぬじゃんって感じで。結局、最後まで観れませんでしたよ。わたし、リアリティ重視なタイプなんで」
「けっ、お前がリアリティねぇ。まあ、口ならなんだって言えるしなぁ」
暑いところで好き好んで生きているやつなんて少数派だろう。
動物であっても植物であってもそれは変わらない。
地獄の暑さが渦巻いている地上ではたまに名もなき植物は居るが動いている生物を見つけるのはもはや伝説級にレアであり、捕獲なんてさらに夢のまた夢だ。
噂では過去に一度、羽で飛ぶ虫を捕獲した職員が国から一生遊んで暮らせる報奨金を貰い、その時の虫は国立博物館に飾られたらしい。
そのぐらい地上で生きている生物はお目にかかれず、二人の職員は半ば適当な気持ちで作業に当たっていた。
「あれ?」
「なんだ?」
「あ、あれあれ?」
「だから、どうしたんだって。んーこれは…」
年下の後輩作業員がモニターを見て驚いている。
年上の先輩作業員も何やらいつものしょうもない話ではないことに気付く。
生まれてこのかた初めての仕事であったモニターもまるで緊張していたように最初は控えめに出していた反応をどんどん強くしている。
「せ、先輩これってもしかして!」
「ああ!これは間違いない!なにか生き物がいるんだ!こいつはすげぇぞ!捕まえられたら俺達は大金持ちだ!!」
「いやったぁー!先輩、今日は焼肉おごってください!」
「ばかやろう!特上だぁ!!」
言葉とは裏腹にプルプルにプルっている手で機械を操作し、ついにカメラが目的のものを捕らえた。
「えっ……これって子供?でもなんで……」
作業員は思わず言葉に詰まる。
子供だ。あまりの熱気で生まれた空気の対流のせいで視界がぼやけているが、確かに子供が映っている。あまり大きくはない。小学生ぐらいの背丈だとわかる。
荒れ果てた大地の上で、一人の子供がゆっくりと歩いている。
なんでこんなところに子供が居るのか。
いや、それよりもどうして、と。まず浮かんだ最大の疑問は別だ。
「なんでこの子、こんなに薄着なの…?いや、暑いから薄着でも……でもでも!こんな装備で活動できる場所じゃないですよぉ!」
「落ち着け!」
子供の装備はおそらくは半袖に短パン。
いたって普通の帽子を被り、何か細長いものと小さな箱のようなものを肩からかけている。
クソみたいな暑さで人類が地上に住めなくなってはや幾星霜。
ちょっと近所のコンビニにプラっと歩いて行くような気分で地上を歩けるわけがないのだ。
そんな時、問題の子供は手にしていた長物をおもむろに両手で握り直した。
長物をやや後ろに振り、子供はそれをそのまま前方へ振った。
「は、はい!そうだ、何をしているか調べないと……何かの練習かな?いや、何か捕まえようとしているのかな…?」
ゆっくりではあるものの何回もその場で振っている。
時々、長物の先端から何かを取り出し、それを小さなかごのようなものにうつしているように見える。
最新式のカメラが次第に子供の表情を読み取れるぐらいに鮮明な映像を映せるようになった。
子供の表情はどこか嬉しげなものだった。
「あ、ちょっとかわいい。いや、そうじゃなくてなんとかしないと~ぜったいに捕獲したいよ~」
あたふたと操作する職員。自分の頭で処理できないことはそうそうに考えることは諦めたようだ。
自分の富、名声のために動こうとするがせいぜい空回りが関の山だ。
一方、もうひとりの職員の方はまた違った反応だった。
「まさか……いや、そんなまさか……」
「せんぱい?どうしたんですか?いまさら焼肉なしはなしなしですよ」
状況についていけず場違いな冗談を飛ばす声もまるで聞こえていないようだ。
点になったような目でモニターに映る子供だけを見ている。
やがて彼は、まだ自分の言葉が信じられないような様子で続けた。
「虫ガキ……本当に、存在していたのか……!?」
彼は昔、小学生だった時に祖父と祖母に聞かされていた話を思い出していた。
こいつらついにボケたのか。あの日、冷ややかな目で見ていた祖父母は間違っていなかったのかもしれない。
「なんですか?む、しがき?」
「虫ガキ、正しく言うと虫取りガキ。地上の虫をただ自分達の快楽のために取り回るやつららしい」
「虫を、地上で……?えっ、だってそれは」
「だから出来たんだよ、昔は。まだ人類が地上に住んでいた時には」
「ほ、本当に人類は地上で生活していたんですね。なんだか感動だなぁ。い、いやそうじゃなくて!」
後輩作業員はまだ現実を受け止め切れていないようだ。
無理もない。遥か昔、人類の生活圏が地上だった話はすでに夢物語の一種だ。
すぐに理解しろというのが難しいだろう。
そのため、彼はどこか後輩にそして自分にも言い聞かせるような口調で説明を続ける。
「色々なヤツがいるみたいだが、半袖短パン型が一番多いらしい。俺の死んだ爺さんと婆さんがそんなことを言っていたが……まさか一族の中で俺がお目にかかるとは思わなかったぜ。なるほどな、じゃああの細長いのが噂に聞いた虫網で、あの肩からかけているのが虫篭といったところか」
彼の一族は代々、過去の歴史研究に携わる仕事を担う人材を多数輩出していた。
幼少期の頃から自身の興味とは裏腹に過去の人類の生活や地球の成り立ち等の知識には恵まれていた。
話半分、いや殆ど出鱈目なんだろうなと思いながら聞いていた自分を彼はこの場で初めて恥じていた。
「あの虫網は動く物体を自動的に感知して、一度アレを振るえばどんな馬鹿でも虫をすっぽりと収める。そしてあの虫篭はどれだけ沢山の虫を入れても満杯にはならず、どこか別の空間に繋がっている……そんな話みたいだな。くそ、自分で言っていてこんなに嘘みてぇな話はないな」
「じ、じゃあせんぱい。今あの子が……虫ガキさんがやっていることってもしかして」
「……虫取りだろうなぁ。見ろよあのフォーム。なんだか神々しく見えてきやがるぜ……まあ、お前も俺も実物を見たことがねぇからわかんねぇけど」
「録画、録画!これ、超歴史的発見ですよ!」
先輩作業員の説明を証明するように虫ガキはただ黙々と虫網を振るう。
そしてそのたびに捕らえたものを虫篭に大事そうに入れている。
ほっこりとする暇もなく、わたわたと操作を続けようとする後輩作業員を尻目に先輩作業員にはふと思いついた事が一つあった。
「虫ガキが居るなら、いやまさか……」
「あれ、先輩?おかしいですよ。反応がもう一つ……しかもでかい。虫ガキさんより、で、かいです!」
「はぁ!?おいおい、聞いたことがあるぞ……虫ガキが居るなら、そこにはあいつも居るってことか!?」
「映像出ます!」
再度モニターに画像が表示される。
そこには確かに先程の虫ガキよりも大きな物体が映し出された。
二人の作業員の目に映ったものは、またそれも人の形をしている。
「やはりニコ姉……!まさか、こいつも実在していたのか……!?」
しなやかに伸びる肢体を真っ白なワンピースに包み、麦わら帽子を被る女性が一人。
彼女もまた虫ガキと同じく、すでに人類が生きるのを諦めた大地で平然と立っている。
「な、なんですかニコ姉って?ニコさんっていう名前なんですか?」
「ばかやろう!そんな安直なやつがあるか!ほら、よく見てみろ……笑ってやがるだろう」
彼の言う通り、問題の女性は笑っている。
ニコニコと、慈愛に満ちたような笑顔を浮かべている。
まるで何かとても大事なものをようやく見つけたような、嬉しさを感じさせるような表情だ。
「え?」
「あいつ、笑ってやがる」
「そりゃあニコニコと……え、もしかしてニコニコ笑っているからニコ姉なんですか!?」
「わかりやすいだろうが」
「ええええええ!?なんですかその安直なのは!誰が考えたんですか!?」
「そんな事、俺が知るか!どうせ昔のどこかの誰かが言い出して伝わったんだろ。歴史ってやつはそういうもんだ」
後輩作業員の疑問はもっともだし先輩作業員の言い分もこれまたもっともなものだろう。
何せ虫ガキもニコ姉も遥か昔の伝説のようなものと言われていたのだ。
辛うじてかつての高名な歴史研究の一族の末裔であった先輩作業員が少し知っていた程度なのだから。
「だが、それよりも……こいつはヤバいことになってきたぞ」
「なんですか?これ以上何かあるんですか?」
「これも爺さんと婆さんから聞いた話だが、虫ガキが居るところにニコ姉がいる。そしてその逆もしかりでニコ姉が居るところには虫ガキが居る。やつらはなぜかいつも同じ場所で発見されるらしいんだ」
「なんだかロマンチックですね~」
遠い昔に聞いた話を必死に思い出そうとする先輩作業員。
こんなことならゲームをしながらではなくもっと真剣に聞いておけばよかった。
クソガキだった頃の自分を少しだけ呪いながら、ちょっと気の抜けた後輩へ言葉を続ける。
「ロマンチックなものじゃねぇ。虫ガキとニコ姉、この二人がそろうと何かが起こる……だが、その何かがさっぱりわかってねぇ。何も記録がねぇんだ」
「記録がない?なんにもないんですか?」
「これは俺の一族での予想だけどな。記録がないってことは、記録できるヤツが無事には帰ってこれなかったんじゃないか……ってな」
「それって、けっこうヤバいってことじゃないですか?」
「ああ。辺り一帯が消し飛ぶとかそういう話じゃないことを祈るだけだな」
「わ、私、危険手当を申請します~!」
虫ガキとニコ姉。この両者の関係性は誰にもわかっていない。
だが、二人の作業員のやりとりを他所に虫ガキとニコ姉はじりじりと近づいていく。
虫ガキの笑顔とニコ姉の笑顔。理由は違うであろう笑顔の視線が交錯した瞬間、変化が起きた。
虫ガキの笑顔はみるみる内に歪み、まるで毒虫を潰したような表情に。
ニコ姉の笑顔はみるみる内に綻び、さらに喜びを噛みしめるような表情に変わった。
両者の間に何かが起きようとしているのは明白だった。
「それよりも捕獲だ!あいつらを捕獲するぞ!虫ガキでもニコ姉でもどっちでもいい。調べたらなんであいつらがあんなクソ暑いところで活動出来るのかもわかるかも知れねぇからな!」
「え、えええ!?ヤバいんじゃないんですか!?わたし、危ないのは絶対にいやですよ!!」
「ばかやろう!ここで引いてどうする!わかった、明日も焼肉にしてやるからはやくしろ!!」
「明日も!?二言はなしですよ、せんぱい!やったりますよ~」
歴史的大発見とも言える二者を見つけたことで作業員たちの心は浮足立っていた。
虫ガキとニコ姉の変化は見過ごし、自分達の作業用ドローンに欲望をたたきつける。
だが、ここでまた一つ想定外な事態があった。
「せ、せんぱい!だめです。すっかり活動時間を過ぎていました。ドローンがあまりの暑さで全然動いてくれません」
「しまった!活動限界を超えていたのか……ええぃ、貸せ!俺がなんとかやってみせる!」
虫ガキとニコ姉の発見に気を取られすぎて、基本である活動時間の確認を失念していたのだ。
メイン操作を後輩作業員から引き継ぎ、先輩作業員が眼前のモニターを睨む。
志半ばで散っていた偉大なる一族達。正直、今日この日までは何とも思っていなかったが先輩作業員は彼らの想いをここで背負った。
「虫ガキ、ニコ姉、見せてやるぜ……人類の叡智ってヤツをぉ!おとなしく俺達のために捕まりやがれ!!」
「あ、ダメです~!全システムダウン!モニターも死にました~」
「な、なんだとぉ!!」
作業員達の想いは空しく、先ほどまで虫ガキとニコ姉を映していたモニターは真っ暗になってしまった。
※※※
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