第187話 大聖堂


創造者―――。


そいつは夢で見た人影で間違いない。だが、なぜ夢で影だったのか。ローラムの竜王がその部分だけ記憶からまるで切り取ったみたいだった。あるいは、この世界と別の存在、仮想空間の管理人ゲームマスター。


ヘルメットシールドに着信表示が現れた。ミスティからだ。カール・バージヴァルには一カ月の猶予を取りつけている。それから二十三日経っていた。まだ七、八日残っている。


カールで無く、ミスティというところがミソだ。当然、カールは今、俺に連絡する筋合いは無い。だが今、俺に用があるのは明らかにカール。ミスティは通信を送らされているだけ。


ローラムの竜王は逝ってしまったと見ていい。状況はあの時と全く変わってしまった。おそらくエンドガーデンは、蝗害のごとくはぐれドラゴンに襲われている。


「繋げてくれ」


強化外骨格のシステムが反応した。ヘルメットシールドに映し出されたそこはセンターパレスの中央、大聖堂前の広場。


映像は広場を俯瞰している。広場狭しと集まっている多くの人々。まるでブライアンの戴冠式のようにぎゅうぎゅうに押し込められている。そして、篠突く雨。映像ではっきりと分かるぐらい大粒の降雨に人々は容赦なく打ち付けている。


カール・バージヴァルも、戴冠式のブライアンのごとく階段を上がった大聖堂の大扉前にいた。ただし、ブライアンと違うのはしつらえられた玉座に座っている。パワードスーツを着込み、頭部パーツを右手に、左手は肘かけにあった。エリノアがその玉座の横に立つ。ブライアンもだ。大司教マルコ・ダッラ・キエーザとヴァルファニル鋼の鎧をまとった屈強な男も傍にいた。そいつは明らかにバリー・レイズではない。バリー・レイズはもっと華奢だった。


彼らは魔法の防御壁に守られていた。雨は一滴も当たっていない。雨水はその滑らかなドーム状の魔法壁の上を川のように流れている。その中にクロエ・ソーンダイクもいた。玉座の後ろに隠れるように立っている。


大庭園の芝生でブライアンをエスコートするクロエが思い出される。あの時、クロエは裸足で走り回り、よく笑っていた。今は見る影もない。生気を抜き取られ、飾り人形のようになっている。その原因は一目見てわかる。ハーライト・ソーンダイクだ。


彼は魔法の防御壁の外にいた。土砂降りの雨の中、ヴァルファニル鋼をまとった騎士と二人でいる。騎士はその背格好からすぐにバリー・レイズと分かった。バリー・レイズはというといつでも行動を起こせるようハーライト・ソーンダイクの背後にピタリと付いている。


どうやらカールはメレフィスにご帰還なされたようだ。


はぐれドラゴンの騒ぎに乗じて、罪なき兵団を引き連れ、颯爽と現れた。暴れ狂うはぐれドラゴンたちを一掃したのであろう。メレフィス国民はそれを目の当たりにした。やつは今や神の使い、メレフィスの救い主。


ヴァルファニル鋼を纏った騎士が大聖堂の広間を取り囲んでいる。七、八十人はいる。リーマン・バージヴァルの姿は見当たらない。リーマンは得に、カールを恐れおののいていた。


おそらくはお得意の透明になる魔法を使い、早々に逃げ出したのだろう。流石保身の権化。魔法トラップを可視化させる魔法や自爆魔法なぞこういう時に本領を発揮する。


デューク・デルフォードはというと、いつものように階段上には居ず、階段を降り切った下でひざまずいている。それは他の大臣も同様で、多くの貴族臣民に混ざってひざまずき、頭を下げている。


これはミスティが見たもの。当然、聞いたものも送られてくる。


「キース。お前には心底がっかりしたよ」


大勢のいるところで臆面もなくカールは俺一人に呼びかけた。アーロンを思わせる面白くもなさそうな顔つきで、喋るのも気だるそうであった。しかし、明らかにその言葉は怒気をはらんでいる。


石板タイルや人を打つ雨音。そして、カールの言葉だけが広場に響いていた。俺は通信の音声からだが、人々は地の底から湧き上がって来るようなその声に直に触れている。極寒の大海原で遭難した水夫たちのように誰もが凍えるように固まっていた。


何が気に入らないか知らないが、バカな野郎だ。こんなに人を集め、しかも、この仕打ち。これならすぐにでもカリム・サンたちに俺の無事は伝わるだろうよ。彼らにはフィル・ロギンズがいるんだ。


「一度ならず二度までも、私を出し抜こうとした」


俺が生きているのを隠さない。それは自ら俺を見殺しにしたと公言しているようなもんだ。その自信。いよいよもって実感する。カールの独裁政治が始まったと。


「エトイナ山はタイガーが占拠したというではないか」


そうか! そりゃぁよかった。てめぇは面白くないがな。まぁ、あれだけローラムの竜王に思い入れがあったんだ。怒りも当然だってことか。


しかし、いつかはばれると思ったが、いやに早いな。こいつがわざわざ連絡してきたことといい、いやな予感しかしないぜ。


「お前はタイガーがそうすることを知っていた。前にも言ったはずだ。隠し立ては万死に値すると」


だから、どの口が言う。てめぇが俺にやったことと比べればかわいいもんだろ。


「そのうえまだお前は俺に隠していることがある」


はっ? あったか? 


身に覚えがない。エトイナ山にタイガーがいるってことはもう知っているじゃないか。言いがかりだな。めんどくせぇやからだ。


「タイガーはデンゼルではないそうだな」


まさか!


「タイガーの愛童と思っていたあのガキ。あれが本当のタイガーで、実は女だった。名前は何と言ったか」


って言うか、何で知っている。


「そうだ。思い出した。ラキラ・ハウル。ラキラ・ハウルと言った」


マジか!


ラキラの名前まで知っているとなると十二支族の里長の中に裏切り者がいると見ていい。跫音空谷きょうおんくうこくの里でラキラと面を合わせていたそいつらだ。少なくともそいつらはラキラがタイガーだと知っている。


裏切り者は一人なのか二人なのか。最悪、里の幾つかはカールに寝返っている可能性がある。ドラゴンライダーの存在も把握しているのかもしれない。あるいは、裏切り者は別の誰か。


里長だけとは限らない。在地のシーカーはもちろんのこと、里に住むシーカーのほとんどがタイガーの正体を知らない。だが、カンバーバッチの悪ガキと取り巻きたちはどうだ。


取り巻きたちもカンバーバッチの悪ガキと共に里を追われたはずだ。あいつらはアホだから何をしでかすか分かったもんじゃない。


いずれにしても、こと戦闘になれば里の主に頼らざるを得ない。里長がカールに下ったとしても、里の主は決してカールには靡かない。


「キース。いや、もう茶番はよそうじゃないか。お前はキース・バージヴァルじゃないってことはうの昔に分かってたよ。正体を見極めるために泳がしていただけ。だが、お前が何者かっていうのは大体掴んだ。異世界から来たっていうじゃないか。本当の名はサラリーマン。目的はガレム湾の迷宮だろ。そこに何がある。何をしにこの世界に来た」


まさかここまでだったとはな。笑えた。跫音空谷きょうおんくうこくの里で俺が適当に自己紹介した言葉、サラリーマン。里長の誰かが裏切り者で確定だ。


「まぁ、いい。それもおいおいと分かること。さりとて、私の立場上、お前の正体を知って放置も出来ん。お前はバージヴァルの名をかたり、何食わぬ顔で王嗣おうしの地位にいた。それがどれほどの罪か、異世界の者とて分からないはずもあるまい」


シーカー十二支族も終わりだな。この分ではドラゴンライダーの存在もカールの知るところであろう。ドラゴンライダーを手に入れるには里の主との戦いは避けられない。


「ただ、サラリーマンよ。私はこの通り、丁度今、皇帝となった。その件は慣例にしたがい恩赦を与えようではないか。私のために働け。私の下で、三度も私をたばかった罪を償うんだ。私は今からゼーテのイザイヤ教自治領へ救援に向かう。迎えはハロルド・アバークロンビーをやる」


カールはエリノアに視線を送った。エリノアはというと、口元に小さな笑みを浮かべ、カールの前に手を差し出す。


その手を、カールは下から添えるように取るとそこに口づけを落とす。ブライアンはずっと無表情に固まっていた。クロエ・ソーンダイクのこともある。だが、この時ばかりは表情を変える。目を細め、視線を強く背けた。ぐっと奥歯をかみしめている。


「私は赤毛の乙女の剣となり盾になりたいと思っている。他の四王国は後回しだ。私のいない間に好き勝手していたというじゃないか。ゼーテは我が王朝に土足で上がり、ファルジュナールとタァオフゥアは我が領内で反乱を企てた」


カールは指さす。その先を映像が追う。今まで画角に入ってなかった広場の端が映し出される。鉄の柱が立っていた。そこに人が結び付けられている。口に鉄のマスクが付けられ、気を失っているのかこうべを垂らしている。


リーマン・バージヴァルだ。やつは捕まっていた。マスクで魔法は使えないのはもとより、舌を噛むことすらできない。お得意の自爆魔法もああなるとかえって悲惨だな。自分を苦しませる結果となる。


やはり、カールに容赦はない。先ず四王族全ての者を平伏させる。おそらくは、はぐれドラゴンをある程度まで放置して四王国の力を削ぎ、その後その領土へ侵攻する。逆らう者は皆、リーマンのようになる。


「おまえはハロルド・アバークロンビーと合流し次第エトイナ山に行け。そして、速やかに私の傘下に入るようシーカーの女、ラキラ・ハウルに命じろ。イザイヤ教自治領が治まれば、私は法王と共にエトイナ山に向かう。エトイナ山に巨大な聖堂を建設するつもりだ。赤毛の乙女の住まいはあそこしかあるまい」


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