第186話 虫の知らせ
男は白いドラゴンを見上げている。そこへ白いドラゴンの首が伸びて来たかと思うと男はそれを受け止める。その鼻先を撫で、その頬に自分の頬を合せる。
どれくらいそうしていただろう。男は白いドラゴンから離れると言った。
『僕たちは大きな過ちを犯した。僕がこの星で最後の一人となってしまったのは、その過ちを正す宿命を背負わされているから。生きとし生きるもの全てにこの星を返さなければならない。僕たちは、罰を受けて当然なんだ。でも、君は何も悪くない。なのに僕の浅はかさのために、僕は君にとんでもない
『パパ。行かないで。もうちょっと傍にいて』
『ごめん。けど、悲しむことは無いよ。僕たちの魂はこの星の一部になるんだ』
『パパ。僕を一人にしないで』
『大丈夫。僕の愛する息子よ。僕はずっと君を見ている。僕は君をずっと愛している』
そう言うと男は消えた。ぽとりとピンクオレンジのガラス玉が落ちる。今さっきまで男がいた場所だ。
俺はこの不思議な輝きを持つ玉を知っている。ルーアーだ。しかし、それも砂の器のように崩れ落ち、柔らかな風に乗って宙に舞う。
白いドラゴンは言葉を失っている。サンピラーに照らされたダイヤモンドダストのごとくな輝き。それがやがて消え失せてしまうと白いドラゴンは声を上げて激しく泣く。
まるで大きな悲しみの淵に突き落とされたかのようだった。白いドラゴンの哀哭はいつまでもエトイナ山に木霊していた。
彼はリムディラディフィフ。それがローラムの竜王の真の名前。
目が覚めると俺の頬は涙に濡れていた。体の震えもあった。俺は心底悲しんでいる。これは夢ではない。誰かと意思を同調していた。
これは虫の知らせ………。
遠くにいる肉親や、普段は思い出さないような人などが枕元に立つ。あれと同じだ。
ローラムの竜王が今、この瞬間、逝ったのだ。森は相変わらず深海のように静かで、重い空気に包まれていた。
ローラムの竜王は男をパパと呼んでいた。男はローラムの竜王の生みの親に違いない。世界樹もそこにはあった。それも男が造り出したものなのだろう。
だが、男は俺たちの言う創造者ではない。ずっと遠い昔に逝ったのだ。
四角錘の建造物の前に立つ影。あれが俺たちの言う創造者ではないだろうか。そいつは四角錘の前で男とローラムの竜王を待っていた。
雰囲気から、四角錘では男と一緒に暮らしていたようだ。ところがエトイナ山にはいなかった。やつはいったい何者なのか。
ローラムの竜王はやつを計り知れない力を持つものだと評した。間違いなくやつは魔法が使えてルーアー持ちだ。夢の中で感じたが、人影は人ではない。とすれば考え得うるはドラゴン。
いや、それはない。フワフワ浮いていた世界樹は明らかにローラムの竜王のヤドリギ。
それを男は肌身離さず持っていた。しかも、男はローラムの竜王にパパと呼ばれていた。ところが、影のやつに関して言えば、男から親近感がまるで感じられない。
逝った男こそ、この世界を造り出した張本人。最後の一人となってしまったとも言っていたし、夢にあった光景は草原と四角錘の建造物以外何もなかった。
影のやつも男によって生み出された。
男は言った。ローラムの竜王に
影のやつも何らかのために、男に生み出されたのだろうか。おそらくは、その“過ち”に関係している。だったらその“過ち”とは何か。
カールから聞いた。世界樹は大気の魔素を吸収し、大気からその濃度を落としていっていると。
男は星の一部になるとも言っていた。つまり、輪廻転生は叶わないということ。そして、それはローラムの竜王が言っていた“空”。キース・バージヴァルのように生命の海には戻れない。
魂の消失。一旦、ルーアーの影響を受けると魂は侵される。だからローラムの竜王は、普通の人間には害が無いってカールにそう言ったんだ。
世界樹をヤドリギにするとルーアーが現れる。ドラゴンライダーはというと、その世界樹の代わりとなりうる。その一方でドラゴン語を覚えるとドラゴンライダーはドラゴンライダーでなくなる。
魔素とルーアーは何らかの互助関係にあると見ていい。
だとしたら………。
ローラムの竜王も逝った。全てを知る者はもう一人しかいない。俺はそいつに会わなければいけない。もちろん、元の世界に帰るためだ。
さりとて、出来得るなら創造者に俺のバカな考えを否定して貰いたい。俺はもう、この世界の真実を尋ねずにはいられなかった。
☆
巻雲の森を抜け、草原を歩いていた。キングズランを思うとそうそう森からは出られないはずだった。俺は間違いなくガレム湾へと向かっている。GPSも俺の位置を示していた。
森からこの草原を見た時、夢で見た光景が頭の中でシンクロした。この一帯は森と同じく特別な場所だと思える。ハロルドもガレム湾に無事行く着くことが出来たという。ここにははぐれドラゴンはいない。
二度、テントを張った。予想通り、はぐれドラゴンは一度も現れなかった。依然としてあたり一面緑の絨毯が続く。夢を見てから八日経っていた。地平線の向こうに草原に似つかわしくない不自然な黒い突起物があった。四角錘の建造物である。
夢で見たように風が吹いていた。海面より地表の方が気温が高いのだろう。ローラムの竜王と男は風に逆らうように立っていた。俺に吹く風は背中からけしかけてくるようだった。
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