第149話 魔法使い
これは生活魔法だ。物を自在に操って何かをさせる。例えば、ほうきとバケツに掃除をさせたり、ペンに文字を書かせたり、おもちゃの兵隊を行進させたり。擬人化しているのは術者の個性だ。決して命を与えたわけではない。
剣を振り上げているサディアス・バージヴァルにおかまいなしにその股下へ向かい、足に触れる。ガキガキガキっとサディアス・バージヴァルが体を
「殿下、あれ」
フィルが行く手を指さした。どっしりとしたドアが、壁も無いのにそこに立っていた。
「ほんとに住んでいらしたのですね」
フィルは驚いているようでもあり、感心しているようでもある。噂によると前々王アンドリューの生き残っている弟が王立図書館の地下に住んでいる。学匠たちはこの人騒がせな王族に苦しめられていたのだ。
ドアが消えた。
鍵を閉めたのだ。鍵を閉めればドアが消える。鍵を開ければドアが現れ、不自然にドアだけがそこにポツリと姿を見せる。時空間魔法で、亜空間に自分の部屋を構築する。ドアが消えたということは、人騒がせな王族は自分の部屋に引きこもったってことだ。
「先を急ごう」
下の階に向かう。俺たちは階段を下りた。
踊り場からの光景はまさにフィルが解説してくれた通りだった。壁は天井まで全て本で埋め尽くされており、階段の半ばほどの踊り場からは回廊が伸び、本の壁に沿ってグルリと地下を一周している。
フロアの中心に書見台があった。その上にオリジナルの魔法書もある。フロアを埋め尽くすまでの本棚は、書見台を中心にまるでパリの凱旋門のごとくである。書見台から放射状に配置されている。
階段を下りる足取りは自然と早くなっていた。フロアに立つと真正面に書見台と魔法書。空気が変わっていた。澄んでいて、ひんやりし、凛としていた。空気感はまるで聖域だ。俺は一歩一歩足音を確かめるように進んだ。
突然、俺の行く手を遮るようにドアが現れた。亜空間へのドアだ。書見台と俺の間に立っていた。
やれやれだ。雰囲気ぶち壊しじゃねぇか。
迂回してもいいのだが、仕方がない。どうやらどうしても構ってほしいご様子。無視を決め込めば決め込むほどちょっかいを掛けて来よう。相手にしてやるしかない。
「大叔父上。キース・バージヴァルでございます」
ドアが開かれた。白髪と白いひげの老人で、物語にある魔法使いのようなローブと杖を持っている。王族のかっことは思えない。こんな浮世離れした老人を、デューク・デルフォードは戦場に向かわせようとしていた。
「わたしはレオナルド・バージヴァルである」
俺をジロジロと見ている。老人は機嫌が悪いのか、
「魔法書を渡せ」
言われた通り、フィルがレオナルドに魔法書を渡した。レオナルドは魔法書を脇に抱えた。
「ほえ? で? こいつ、だれだ」
魔法書を手に取って満足したのか、今になってやっとフィルの存在に気付いたようだ。レオナルドは当然、フィル・ロギンズのことは聞いていない。説明が必要だ。
「ここにいるのはフィル・ロギンズと申すものです」
フィルが片膝をついた。王族に対する礼儀だ。
「わたしの事情で連れてまいりました。事情と申しますのは、」
「ほえぇぇぇっ! 禁を破りおって! アーロンのこせがれめがぁぁぁ! 許すまじィィィ!」
レオナルドが魔法陣を発現させた。おそらくは強力なやつだ。ドラゴン語の詠唱に時間がかかっている。っていうか、歳のせいかドラゴン語がやたらに遅い。
ご老人には悪いが、ちょっと試させてもらう。バリー・レイズが魔法陣を切ったというのが本当なら俺も魔法陣に触れられるはず。
俺はフィルに目線を送った。片膝をついていたフィルは立ち上がり、しょうがありませんねって顔を造った。俺のやろうとしていることをフィルは理解したようだ。俺はレオナルドの魔法陣に手を当てた。
魔法陣の動きが止まった。やっぱ触れられるんだ。と、いうことは、リーマンの情報は間違ってなかった。
レオナルドはグギギギギと顔をしかめ、脂汗をダラダラと流していた。魔法陣が描かれようとするのを俺が手で押さえているかっこだ。俺の手には魔法陣を触っている感触がある。
「フィル」
少なくとも触れられるのは分かった。次に俺がやろうとしていたことをフィルは察したのであろう、大きくうなずいた。
俺は両の手で魔法陣を掴んでみた。ハンドルを握るように魔法陣を持つ。それを右に回したり、左に回したりしてみた。挙句、引っこ抜くように魔法陣をレオナルドから離すとフリスビーのように遠くに投げてやった。
レオナルドは弾かれるように吹っ飛んで行った。通路に大の字になっている。フィルが驚いてレオナルドに駆け寄る。
レオナルドは健在だった。触るなっと言わんばかりにフィルの手を強く払いのけ、そして、「駄目だ、駄目だ、駄目だ」と繰り返し言いつつ立ち上がったかと思うと突然叫んだ。
「恐るべきは竜王の加護! 恐るべきはローラムの竜王!」
地下にレオナルドの叫び声がこだましている。俺たち三人はこだまが収まるまで動かなかった。と、いうか固まっていた。フィルはどうか知らないが、俺はなぜかこだまを最後まで聞いてあげなければいけない気持ちになっていた。
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あとがき
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