第41話 計り知れない力
木漏れ日が湖面や島を照らす。辺りは淡い光に包まれていた。まるで宮殿の謁見の間である。実際、ジンシェンは島に上がらずに湖面の上でひざまずいていた。
この島はドラゴンにとっても聖域。俺たちもジンシェンに合わせ、ひざまずく。ひょいひょいと島には上がらない。呼ばれるまでこうしているのが礼儀のような気がした。
「よいよい、ついてまいれ」
竜王は微笑んでいた。礼儀としてはこれでよかった。カールがいない分、少し不安があったが、この世界に来てからいつもこうである。ずっと出たとこ勝負であった。
ローラムの竜王は開口一番、『よくぞ来られた。赤毛の乙女に、まれびとよ』と言った。間違いなく、赤毛の乙女とはラキラ・ハウルを指す。思っていた通りローラムの竜王はラキラを欲している。仲介なぞ必要としなかった。
面白いのは “まれびと”という言葉だ。“まれびと”とは定められた時に異世界から訪れる霊的なもの、もしくは神。その来臨が稀であることから“まれびと”と呼ばれるようになったという。
まれびと信仰なるものである。旅人に宿舎や食事を提供し、歓待する風習で、俺の生まれた国に過去存在していた。異人を異界からの神とする考えである。神話の天孫降臨もその一つだと言われる。
竜王は斜面を登っていく。世界樹の袂に向かうようだ。ひざまずく俺たちは立ち上がり、島へと上がった。
赤毛の乙女とか、まれびととか、思うに竜王はバージヴァル家との契約なぞ二の次なのだろう。俺たちにもそれぞれ目的がある。俺は元の世界に帰ること。ラキラ・ハウルは竜王に起こった異変の理由を知ること。ジンシェンはさしずめ介添人か。
普通に歩いたとしたら、とても幹には近づけそうにもない。幹の袂は、天から巨人が手を伸ばし大地を鷲掴みし、引っ張り上げんとしているかのようで、島にがっつりと根が張っていた。
幹に近付くほど背丈を優に超える根が縦横無尽に走る。世界樹の袂に向かうなら当然かなりの苦労を伴う。
俺たちにはそんな心配はない。ジンシェンがいる。さきほどのように外輪山の尾根から湖面に降りたように抱きかかえてもらって連れて行ってもらえばいい。
そんな心配は不要だった。竜王は世界樹の幹まで行くつもりはなかったようだ。二股に分かれた根の間で立ち止った。そして、振り返える。
「さ、さ、ちこう、ちこう」
エトイナ山見物はもう終わりだ。俺たちは仕事にかからなければならない。とりあえず挨拶だ。俺たちは竜王に招待されたのだろうが、こちらから押し掛けた
「お目にかかれて光栄でございます」
俺はひざまずき頭を下げた。
「私はバージヴァル家次男キース・バージヴァルと申します。竜王様にお会いできるのをずっと心待ちにしておりました。こちらに控えますのはラキラ・ハウル」
ラキラもひざまずいて頭を下げた。俺は続けた。
「この者はシーカーの娘、仲間たちからはタイガーと呼ばれています。竜王様に会える立場ではございませんが、訳あってまかりこしました。許しもなく失礼だとは思います。ですが、どうか、この者の言葉にお耳を傾けていただけるようお願い申し上げます」
竜王はやさしく笑った。
「頭を下げるでない。恥ずかしいわい。分かっていよう、そもそもわしがぬしらを呼んだのじゃ。早々にわしの要件を済ましたいところじゃが、わざわざ来てくれた報いじゃ。わしの要件は後回しとしよう。まずは乙女じゃ。言ってみいい。わしに何が聞きたい」
「有難きお言葉でございます」
そう前置きしてラキラは二年前のゼーテ国で起こった騒ぎについて話した。ロード・オブ・ザ・ロードで庭師が動かなくなっているのも、セイトにはぐれドラゴンの侵入を許したのも付け加えた。
「これは竜王様のご意志なのでしょうか」
「そうじゃのぉ、意志じゃと言えば意志じゃし、意志でないと言えば意志じゃぁない。そなたも知っていよう。どのドラゴンも七つの属性に分けられる。火・水・木・金・土・光・闇じゃ。稀に二つ合せ持つものもいるが、わしは近々、空となる」
「空とは聞いたことがありません」
「そりゃぁそうじゃ。あるようでない。ないようである存在になるのじゃからな」
「あるようでない、ないようである存在とは、どういう存在なのでしょう」
「それを答えるにはわしの要件を言わなければならぬ。じゃが、自分の要件は後だと言ったからにはそうしないとな。まれびとよ、次はおぬしの番じゃな」
俺はラキラを見た。ラキラは俺にうなずいて見せた。
もし、ここが仮想空間なら竜王の正体はだだ単に数字の羅列に過ぎない。とはいえそんなこと、今ここで言っても始まらないし、彼らとってこの世界こそ現実なのだ。
「お願いがございます。竜王様のそのお力をもって私を元の世界に戻しては頂けないでしょうか」
いきなり単刀直入に言った。俺のことをまれびとと呼ぶからにはくどくどと言うまい。ただし、あなたが異世界転移の張本人か、とまでは言わない。機嫌を損ねてもらったら困るのだ。これまでの苦労が水の泡となる。
「ぬしを帰すだけの力は、わしにはない。これは謙遜でも何でもない。計り知れない力がおぬしに働いたのじゃ」
―――魔法?
ドラゴンの頂点に立ち、神のごとくな竜王にも手が届かない次元。そんな魔法が存在する。
「帰るのが望みなら止めはしまい。じゃが、それには厳しい道を行かねばならぬ」
厳しい道? クリア条件か。帰れないわけではない。
「帰れるのですね」
もう厳しいとか厳しくないとか関係ない。
「竜王様。その方法をお教え願いたい」
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