第31話 地下道

「暖を取りましょう」


そう言って、ラキラ・ハウルは腰の袋を取り出した。ひもを緩め、袋を逆さまにかえした。箸ほどの木の棒五本とアーモンド形の種三個がラキラの手のひらに落ちた。


ラキラは種を一つつまむと、にこっと笑った。


「世界樹の種。これを持ってるとロード・オブ・ザ・ロードに自由に入れる」


世界樹は魔法の産物。なるほど、そうだったか。カールは抜け道があるとか何とか言ってたが、魔法のことも含め、やつは何もわかっちゃいなかった。


「キースさん、危ないから下がって」


ラキラは木の棒を囲炉裏の中に入れるとちっこいドラゴンが小さな火の玉を発現させた。それは赤々と燃えながらゆらゆらと宙を進み、暖炉の中に落ちる。


轟音と共に背丈ほどの火柱が上がった。それからゆっくりと火力が落ちていき、棒は炭へと変わった。黒くなった表面の所々が赤く発光している。


暖かい。煙はもう出てなかった。


「世界樹の木は魔法でしか燃えない」


世界樹の枝を一本つまみ、俺に見せた。


「明日の朝までならこの一本で十分」


燃えるためには三つの要素が必要だ。酸化の反応を起こすための酸素に、酸素と結びつく燃料。そして、燃える反応を起こす元だ。


魔法の火の玉が反応を起こす元なら世界樹はここで言う燃料にあたる。一見、火口ほぐちに使う細い棒だが、その実、魔法の産物だ。三要素の他に何らかの要素が加わっていると見ていい。賢いドラゴンが世界樹の実以外何も食べないっていうのもなんとなく分かる気がする。





夜が明けた。俺たちはひたすら北に向かった。山の中腹を下り、また上り、下る。そうやっていると昼頃には、尾根に築かれた長城を間近に見ることが出来た。


長城に沿って進む。長城は人間界とドラゴンの世界を隔てる塀であったが、実際は人を閉じ込める檻である。ローラム大陸の一部に人を集め、自由を奪っているといえるし、逆に保護しているともいえる。


ドラゴンからしてみれば人は動物園の猛獣のようなものだろう。越えられそうな所はなかなか見当たらない。朽ち果て崩れ落ちている所があってもいいのだろうが、それさえもない。


ラキラ・ハウルは迷いもなく先を進む。当然のことながら、彼女は塀の向こうへ行く術を知っている。俺はついていくほかはない。石積の壁は隙間なくぎっしり詰まっていて雑草さえ生えていない。長城は山の尾根にあるせいか、乾燥していてツタ類が這うような箇所もなかった。


日当たりの加減で苔むす所があってもいいようなものなのに、壁は出来た時と変わらずの姿をしている。これがローラムの竜王の手によるものだと考えると空恐ろしい。逆に、ローラムの竜王に異変があったらこれはどうなるのだろうか。


この塀と共に、二千年も培われた秩序が失われていくのであろう。日は傾きだしていた。野営の心配はもうない。ラキラ・ハウルに全て任せっきりなのだ。俺は安心しきって彼女について行っている。


「もうそろそろね」


しばらくして、長城に扉を見つけた。竜王の門にあった鉄の扉と同じものだ。ラキラは腰袋から鍵を取り出した。それを鍵穴に差し込んで扉を開けた。


かがり火も何もない。真っ暗闇の中を覗き込んだ。扉のそばに松明が何本か立てかけてある。それにラキラは火をつけた。


十メートルもないトンネルだった。守衛も何もいない。扉の鍵を閉め、俺たちは松明の明かりを頼りにそこを進んだ。


出口にも鉄の扉があった。鍵を開け、俺たちは外に出た。やはり、扉の外側にも門番はいなかった。辺りを見渡すと閑散としていて、風景は長城の向こうと何ら変わりない。さっきと同じ石と雑草の荒野だった。


ラキラは扉を施錠し、山を下って行った。しばらくして、石が積まれた小さな丘が見えた。ケルンにしては大規模で、しかも、扉があった。積んだ石の傾斜通りその扉は四十五度以上倒れていて、空を向いている。


墓のように見えるが、扉の前にシーカー二人が武装して立っていた。まるで秘密結社のアジトだ。扉を石積みの傾斜に合わせていることから、非常時にはその上に石を置いて扉自体を隠す算段なのだろう。


武装したシーカーらはすぐにラキラ・ハウルに気付いたようだ。山を駆け上がって来たかと思うとラキラの前に立ち、拱手こうしゅという拳を手で包む仕草を見せた。


不審な男を連れて来たにも関わらずシーカーらはラキラに何も問わず、石山の扉を開けた。


中は急な階段であった。等間隔に明かりが灯されていることもあり、階段の下の方まで見渡せた。螺旋のような垂直に下っていくタイプの階段ではなく、神社仏閣のような真っすぐ下に降りていくやつである。


滑ったら最後、下まで止まることなく落ちていくのだろう。足元を確認しつつ、シーカーの衛兵を前後に挟んでおのおのが距離を開けて降りていく。


階段の先は長い地下道であった。所々に石像が立っていて、その足元には蝋燭が灯されている。


ほとんどが武人の像であるが、中には千手観音のように手がいっぱい生えている像もあった。そのどれもが、溶けだした蝋で足元が山になっていた。蝋燭を絶やすことがないのであろう。


階段からして大勢が大挙して使用する造りではない。きっとここは特別な地下道だ。一部の人間しか通れないと推測出来る。雰囲気が重いというか、緊張感があるというか、一種独特な空気を感じる。


墓地か寺院のような地下道。それも終わりを迎えようとしていた。正面にはドア無しの出入り口があった。その向こうは光で満ちていた。


太陽光が照らす広い空間であることはうかがい知れる。きっとシーカーたちが何人もいるのであろう。


観光ならいいが、場違いなのは落ち着かない。勝手に押し掛け、シーカーたちが大切にする霊的な場所に断りもなく入ってしまった。いい顔されるとは思えない。しかも、俺は悪名高いキース・バージヴァルだ。


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