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学は国府川駅に戻ってきた。国府川駅は静まり返っていた。そろそろ夕方のラッシュの時間帯なのに。東海道本線とは思えない静けさだ。
「着いたな」
学は国府川駅の駅舎を見上げた。ちょうど、ホームを長大な貨物列車が通り過ぎた。貨物列車は大きな音を立てている。静かな場所のためか、貨物列車の音がよく聞こえる。
学はIC乗車券をタッチして、構内に入った。帰りの電車は2番線に来る。学は2番線に向かった。
「あれ? どうして1番線がないんだろう」
学はある事に気が付いた。この国府川駅には1番線がないのだ。どうしてないんだろう。スキューバダイビングで見た海の中の国府川駅に関係があるんだろうか? ここも調べたいな。
学はホームに降り立った。ホームからは美しい海が広がる。もう何百年も前からこんな景色だったんだろうか?
「本当に見とれてしまう海だなー」
電車が来るまであと10分ぐらいある。しばらくこの景色を見ていよう。
「ねぇ?」
突然、学は誰かの声に気づいた。誰もいないと思われていたホームに、誰かいるんだろうか? 学が横を向くと、そこには男の子がいる。その男の子は、昔っぽい服を着ている。こんな時代にどうしてこんな服を着ているんだろう。学は首をかしげた。
「ど、どうしたんだい?」
学は戸惑っている。いないと思っていたホームに誰かがいるからだ。
「海、きれいだよね」
「うん」
男の子は海を見ている。男の子もここの海が好きなようだ。男の子はいつの間にか笑みを浮かべている。それに続いて、学は海を見始めた。海を見ていると、心が和んでくる。どうしてだろう。
「ねぇ、ちょっと聞くけど、9月1日って何の日か知ってる?」
突然、男の子は学に話しかけた。男の子は真剣な表情だ。どうしてこんなに真剣な表情なんだろうか? 何か、理由があるんだろうか?
「防災の日・・・、だよね?」
学は素直に答えた。9月1日は防災の日だ。たいていこの日は避難訓練があり、防災の事を考える。これは小学校の頃からやっていて、知っている。どうしてこんな事を聞くんだろう。
「うん。でも、どうして防災の日なのか、わかる?」
「わからない」
学はそれ以上、答える事ができなかった。
「そっか、もう知らないんだね」
男の子は寂しそうな表情だ。その時、学は思った。9月1日は、防災の日だけではなく、とても重要な日なんだろうか?
「な、何かあったの?」
「1923年の9月1日の午前11時58分、関東を中心にM(マグニチュード)7.9の大地震があったんだって。その後、その大地震は関東大震災と言われているんだって」
関東大震災は1923年の9月1日に起こった大地震で、10万人以上が犠牲になったという。学はそれを知っていたが、まさか、9月1日だったとは。そして、それがきっかけで9月1日が防災の日に定められたとは、全く知らなかった。そういえば、今年は関東大震災から100年だ。どれぐらいの人々がその出来事を知っているんだろうか?
「えっ、知らなかった」
「そっか。知らなかったんだね。もうあれから100年経って、忘れ去られているんだね」
男の子は下を向き、思った。当時の記憶は、100年も経つとすっかりと忘れ去られていくんだな。忘れてはならない事なのに。
その時、電車がやって来た。電車はいつものようにやってくる。関東大震災の時は、どんなのが走っていたんだろう。全く想像がつかない。
学は帰りの電車に乗った。男の子は学の様子をじっと見ている。もうしばらくここにいるようだ。
電車は国府川駅を発車した。学はその男の様子をじっと見ている。あの男の子の様子が気になったようだ。学はもう1つ、気になった事がある。関東大震災の事だ。明日、国府川の集落が関東大震災でどんな被害に遭ったのか、知りたいな。
翌日、学は再び国府川駅にやって来た。だが、今日はスキューバダイビングをするためではない。関東大震災でどんな被害が出たのかを知るためだ。だから今回は、山側に向かおう。
駅から集落に行く道を歩いていると、老人がやって来た。この人なら知っているかもしれない。この人に聞いてみよう。
「すいません、この国府川って、関東大震災でどうなったんですか?」
「関東大震災、わからないね」
だが、その老人は関東大震災の事を知らなかった。関東大震災を知らないとは。もう100年前の事だ。そう思うと、もう誰も知っている人はここにいないんじゃないかと思った。だが、何としても聞きたい。ここがどんな被害に遭ったのか。
「もう100年前の事だから、誰もわからないのかな」
学は下を向いた。だが、まだまだ1人だけだ。もっと聞いていれば、必ず知っている人から話を聞けるだろう。
しばらく歩いていると、再び人を見つけた。その人は老婆で、この人も昔からここにいるようだ。この人なら知っているかもしれない。
「すいません、関東大震災って、知ってますか?」
「関東大震災? わからないなぁ」
だが、その人も知らないようだ。こんな老婆でも知らないとは。100年前の出来事なんて、もう知っている人なんていないかもしれない。それを経験した人は、もうほとんどいないだろう。
「うーん・・・。誰もわからないのかな? もう100年以上前の事だからな」
集落に近づいてくると、人が多くなった。だが、高齢者ばかりだ。そして、古い民家ばかりだ。
学は民家から出てきた男に聞こうとした。その男は50代のような見た目で、力仕事をしているような人だ。
「すいません、関東大震災って、ご存じですか?」
「あぁ、知ってるよ!」
学はほっとした。知っている人がいたとは。やっと、その時の事を知る人がいた。ぜひ、どんな被害が遭ったのか、知りたいな。
「知ってるんですか?」
「この国府川の被害は印象的だったなぁ」
見るからに、関東大震災の時には生まれてなかっただろう。きっと、家族が関東大震災の被害に遭って、その家族から聞いたんだろう。
「どんなんだったんですか?」
「大きな山崩れが起きて、この集落のほとんどが押し流されたんじゃ」
「そんな・・・」
学は言葉を失った。地震による津波は知っているが、山崩れが起きたとは。そして、集落がほとんど押し流されるとは。もし、自分がここにいたら、助かってなかっただろうな。
「あの国府川駅は特に大変だったなー」
「えっ!? どんな被害だったんですか?」
学は驚いた。あの国府川駅の被害が大変だったとは。どんな事が起こったんだろう。聞きたいな。
「1番線を残して全部なくなったんですよ。ちょうど、列車が停まってまして、列車が土砂崩れに巻き込まれて、海に落ちたんです」
その時学は、昨日訪れた海の中の国府川駅を思い出した。まさか、海の中にある国府川駅は、関東大震災の山崩れで押し流されて、海に没したものなのか。まさか、海の底にも関東大震災のすさまじさを語る遺構が残っているとは。そして、1番線が残っているのは、その時の記憶を消さないために、ホームをそのままの状態にしているからなんだな。
「まさか、あの海の中の遺構は?」
それを聞いて、男は反応した。あの遺構を見たんだろうか?
「あんた、あの遺構を見たのか?」
「うん」
男は去年、その遺構をテレビで知ったという。そして、関東大震災の事を調べようと思ったようだ。
「それを見た人々は、関東大震災の事を知っているんだろうか?」
ふと、学は思った。スキューバダイビングでやって来た人々は、この遺構を見て、何を感じたんだろうか? それを見て、関東大震災の事を調べようと思ったんだろうか?
「うーん、もう知らないんじゃないかな? もう100年前の事だもん」
「そうだろうな。だけど、忘れないでほしいね」
学は思った。関東大震災はとうに昔の事だ。100年前の事だ。だけど、その思いを、記憶を語り継がなければならない。それ以後に日本で起こった大地震同様に。
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