#09 三人で

「うわぁ!なにそれー!」


 と、そのとき、後ろから別の声が聞こえた。今度は男の子のものだ。


 振り返ると、のんちゃんと同じ年くらいの男の子と、その隣に女の子が立っていた。


 わたしはその男の子の髪の毛の色を見てまず驚愕した。地毛だと信じたいが、男の子の方は金髪だった。


 二人とも、わたしの持っているホルンを食い入るように見ていた。


「それしってる!『楽器』だろ!ぼくのいえにある!」 


 スポーツブランドのTシャツを着た金髪の男の子は、目をキラキラさせながら楽器を見つめていた。


「そう。ホルンっていうんだけどね……あ、もっと近くに来ていいよ。」


 わたしがそう言うと、ふたりは『見せて見せてー!』とわたしの隣に駆け寄ってきた。


「カナ!」


 すると、更に後ろからユキちゃんとトッくんもやってきた。


「あんたやっぱりここに……って、」


 ユキちゃんはわたしに近づくなり、わたしの周りに集まる子どもたちの姿を見て驚いていた。


「うわっ!カナ何したの、めっちゃ懐かれてんじゃん」  


「ああ、この子たち、みんなお客さん。」


 いつの間にか、ベンチの周りには人がたくさん集まっていた。のんちゃんは恥ずかしいのか、わたしの背中にひゅっと隠れた。


「すごーいめっちゃきんいろ!」


 女の子の方も同じように目をキラキラさせていた。デニムのサロペットを着てピンクのスニーカーを履いた活発そうな女の子だ。


「ねぇ黒髪のおねえちゃん、これめっちゃタカそうだけど、おいくらなの?」


 女の子は隣にいたユキちゃんにいきなりそう話しかけた。


 話しかけられたユキちゃんは『え?あ、あぁ』と少し引き攣った笑みを浮かべる。


「わかんないけど…なんでそんな言葉知ってるの?」


「だってふーのママが、キラキラしたものはだいだいオネダンがタカイって言ってたんだもーん。」


 女の子…ふーちゃんはよく喋る子だった。


 わたしが小さい頃は周りの誰も言っていなかった言葉が、この子の口からはぽんぽん出て来る。


 最近の子はませているのかなぁと、時代の変化というものを感じた。


「確かに楽器は高いねぇ。貴重品だから。」 


 トッくんは可笑しそうに笑った。ユキちゃんの顔は引き攣ったままだった。


「ぼくのうちにはこんなのいっぱいあるからな!」


 と、次はきょーちゃんの方が話し始めた。


「ぼくのいえは、がっきやさんなんだぜ!」


 きょーちゃんは『えっへん!』と自信満々に胸を張る。そしてふと、わたしの方に目を向ける。


 何故だか彼は、わたしのことをじっと見つめてくる。不思議に思って、どうしたの?と口を開こうとすると、


「おい、おまえ!」


 突然そう言ったかと思えば、怒ったようにきょーちゃんはわたしの方へズカズカと向かってくる。


 ベンチの上に膝をついて乗ると、わたしの背中に隠れているのんちゃんの手首をガシッと強く掴んだ。


『ひっ?!』とのんちゃんが怯えた声を出す。


「出てこいよ!」


 きょーちゃんはそう怒鳴りながら、のんちゃんを強引にわたしの背中から出そうと乱暴に引っ張る。


「いやだぁこわいよぉー!」


 当然の如く怖がっているのんちゃんは、また声を上げて泣き始めた。


 トッくんは『ちょ…』と慌て始め、ユキちゃんはさっきまでの引き攣った顔がもっと酷くなっていた。


 あぁ、せっかくさっき泣き止んだばかりなのに…と落胆しながら、『やめようよ』と静かに注意した。


「そんなふうに引っ張ったら痛いし怖いよ。やめてあげて。」


 何か言い返されると予想したが、思いのほか彼は素直だった。ムッとした顔をしつつも『わかった』と言い、のんちゃんから手を離す。


「ねぇ、きょーちゃんは、あの子となかよくなりたかったんでしょ?」


 ふーちゃんはそんなきょーちゃんをからかうように笑う。


 すると『いやちがうし!』ときょーちゃんは恥ずかしそうに突っぱねた。図星だったのだろうか。  


 さっきの行為は、のんちゃんと話したいがための行動だったのか。


 そう思うと可愛らしく感じてきて、つい笑みが零れてしまう。相当、照れ屋なのだろうな。


「しょうがないなー!ふーがお手本見せてあげる!」


 ふーちゃんはそう言うと、ぴょんと軽い足取りでベンチの上に飛び乗る。わたしの背中にしがみ着いているのんちゃんの顔を覗き込んだ。


「ねぇねぇ、おなまえなんていうの?」


 ふーちゃんはのんちゃんにそう話しかけた。子供らしからぬその積極性に、わたしは目を丸くする。この子、凄いな。


「え、えっと、のんちゃんって呼ばれてて…」


 それと対象にのんちゃんは少しビクビクして怯えている様子だ。だが、さっきのように泣いたり逃げ出すことはなかった。


「のんちゃん、おともだちになろうよ!」  


 ふーちゃんはそう言って、のんちゃんに笑いかける。わたしから見たその笑顔は、太陽のように眩しかった。


「う、うんいいよ…」 


 そんな笑顔を向けられ警戒心が消えたのか、わたしを掴むのんちゃんの手の力が弱まる。


「ふーちゃんのなまえはね、ふーちゃんだよ!でね、あの子はきょーちゃんだよ!ふーちゃんのともだち!」


 ふーちゃんがきょーちゃんを指さす。するときょーちゃんが『ちげーよ!』とまた怒り出した。


「『ちゃん』ってダセーからそうよぶなっていってるだろ!」 


 きょーちゃんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして必死に怒っている。


 一方、ふーちゃんは楽しそうに笑っている。


 そんなふたりをのんちゃんはぽかんと見つめていた。


「ね!のんちゃん、『きょーちゃん』だよ!」


「きょー…ちゃん?」


 のんちゃんが少し怖気づきながらきょーちゃんの顔色を伺うと、きょーちゃんが『おまえまでそうよぶなよ!』とまた怒った。


「ごっごめん…」


「きょーちゃんこっわい~」


 ふーちゃんは悪戯っぽく微笑むと、『そんなんだからこわがられるんだよ』とからかかった。


 恥ずかしがり屋で泣き虫のんちゃん。


 少し口が悪くて怒りんぼのきょーちゃん。


 人懐っこくてニコニコ笑顔のふーちゃん。


 子供ってすごい。性格や境遇が全然違ったって、すぐに打ち解け会える。


 ああでも、よく考えればわたしたち三人だってそうじゃないか。


 明るくて天然ボケなわたし、しっかり物で少し短気なユキちゃん、真面目で謙虚なトッくん。


 それぞれ性格も個性もバラバラなのに、わたしたちは共に行動し、この部活を立ち上げた。


 人というのはN極とS極のように、自分とは違う相手のほうが、案外上手く付き合っていけるのかもしれない。


「あ、ところで…三人は大きくなったら吹奏楽部に入る気はない?」


 トッくんが三人に向かって笑いかけた。うわっ出たよ、とユキちゃんは顔を顰めた。


「すいそう…?」


「えっ?がっきふけるの?!パッパラパーって!」


 ふーちゃんは楽器のモノマネをした。その効果音とピストンを押す仕草から、おそらくトランペットだろう。


「そうだよ。すっごい楽しいんだよ。ぜひ入ってきてよ。三人でね」


「たのしそう!ふー入りたい!ねえ、中学生になったら三人ですいそうがくぶに入ろうよ!」


 ふーちゃんは目を輝かせて、ぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねた。


「おれも入る!おれはせかいいちのえんそうかになってやるぜ!」


 きょーちゃんも同じように目を輝かせてきた。その隣でのんちゃんも首を縦に振っている。


 よし、任務完了。と言わんばかりの清々しい顔でトッくんは満足気に頷いた。


「うんうん、いい心掛けだね!じゃあ早速、トレーニングをしよう!吹奏楽部は体力重視!」


 するとトッくんは『鬼ごっこ、僕を捕まえて!』と、ひとりで川岸まで走っていった。


「あーお兄ちゃん速いー!待ってよー!」


 完全に彼に乗せられた三人は『待てー!』とその後を追いかけた。気づけば、三人は遠くの川岸を走り回っていた。


「あいつすご…」


 そんなトッくんたちを見るユキちゃんの目は、おそらく実際の距離より果てしなく遠くを見ていた。


「トッくんは下に弟とか妹がたくさんいるから、ああいうの慣れてるんじゃないかなぁ?」


 わたしはユキちゃんにそう話す。六人兄弟の長男のトッくんは、よく弟たちと遊ぶらしい。だから子供の相手をいとも簡単にこなせてしまうのだろう。


「ユキちゃんはちっちゃい子、苦手だもんね。」


「だって、何考えてるか分かんないし…」


 ユキちゃんはため息を着く。


「ふふふ、それにしても部長さん。あの子だちが入ってくれたら吹奏楽部の将来は安泰だねぇ。」


「…まぁ、そうね。」


 ユキちゃんは微笑んだ。『ま、あと何年後も先の話だと思うけどね。』と腕を組み、川岸を見つめた。


 小さな三人と大きな一人が鬼ごっこをしている。楽しそうに笑い合いながら。


 あんなに小さなあの三人も、いつかはわたしたちと同じくらい大きくなる。


 そのときには、あのライトに照られされて輝く立派な楽器を持って、堂々とあのステージで立っている未来も、もしかしたらあるのかもしれない。


 今は、とても想像つかないけれど。 

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