#05 叶っていく夢
「吹奏楽部です!部員募集してまーす!」
「僕らと一緒に音楽やりませんかー?」
「お願いしまーす!」
顧問が決まっても、部員が全く居なければ意味がない。
それからわたしたちは、部員集めに専念する日々を送った。
それぞれの友だちに声をかけたり、放課後の校門で勧誘のビラ配りや、校舎にポスターを設置したりなど。
わたしたちの三人だけだと部員が少なすぎて、部活としては認められないらしい。認められるには、ある程度の人数が居る。
「そこのあなた!部活決めてる?君音楽向いてそうだよ!よかったら見学に…」
「いやいいです!もう決めてます!」
わたしは近くを通った女の子を勧誘したが、女の子は嫌そうな顔をしてすばやく走って逃げてしまった。
「駄目か…」
わたしは女の子の後ろ姿を見ながら、ガクッと肩を落とす。
「全然、集まりませんね。みんな吹奏楽部に興味ないのかなぁ。」
トッくんもすっかり意気消沈しており、しゅんと項垂れている。
「時期が悪いんだよ。もうみんな部活決め終わってる頃だし。」
ユキちゃんはため息をつき、『おんぷちゃん』のイラストが描かれたビラに目を落とす。
わたしが絵を描いて、ユキちゃんが文字を書いて、トッくんが印刷したこのビラを『上出来〜』とか喜んでいたけれど、誰かに受け取って貰えないなら意味がない。
どうしよう。もうすぐ5月になる。その頃には部活も正式に練習が始まり、もっと部員を集めにくくなる。
「あの…!」
そのときだった。突然、後ろから誰かに肩を叩かれた。
【♪♪♪】
「というわけで吹奏楽部、正式に部活として認められました!」
わたしが高々にそう宣言すると、周囲から拍手が起こる。
「本当に、入部してくれてありがとう!」
わたしは新しく入ってきた子たちに向かって頭を下げ、心から感謝を伝えた。
あのときわたしの肩を叩いたのは、顔見知りではない他クラスの女の子二人組だった。吹奏楽部に入ってみたい、と言ってきたのだ。
その子達が他の友達にも積極的に声を掛けてくれたおかげで、部員は八人に増えた。
指揮を触れる顧問も居て、部員が八人もいれば充分部活としては成り立つ。
校長に許可を得て、『若の宮中学校吹奏楽部』は念願の再創立を達成したのだ。
「早速、これから部長を決めていこうと思うんだけど…」
「カナちゃんでいいと思うよ?」
一人の子がそう言うと、他の子達も『いいと思う!』と賛成の声が沢山上がった。
「いやー…」
しかし、わたしはあまり部長には乗り気でなかった。
部長は部屋の点検や、生徒会への報告など、事務的な仕事が沢山あるのだ。
わたしはボケているところがあるから、絶対にどこかでミスを犯してしまい、周りに迷惑をかけることになるだろう。
「部長はちょっと出来ないかも…」
そんなこれまでの失敗した経験からの予測から、わたしは部長を断った。
「じゃあ…ユキちゃん?」
すると、改めて今度はユキちゃんが推薦された。
「ユキちゃん、どう?」
「あー、いいよ。やるよ。」
ユキちゃんは快く部長を引き受けてくれた。『じゃあ部長はユキちゃんね!』と、全会一致で決まった。
ユキちゃんはしっかり者で物の管理が得意だ。だから、きっとわたしより適任だと思う。
【♪♪♪】
「ユキちゃん、なんの楽器やるの?」
楽器を決めるために、楽器庫を各自好きに見ていいよ、ということで、今はみんなそれぞれ興味のある楽器を採掘している。
そんな中、一人で楽器のカタログを読んでいるユキちゃんに、わたしは声を掛けた。
「あたし、これ…」
ユキちゃんがカタログに載っている楽器を指さす。
「あっこれオーボエ!」
オーボエとは、クラリネットに似た木管楽器だ。『ダブルリード』という特殊なリードを用いる。
知名度は低めだが、とても柔らかくていい音色の高音楽器だ。
「えっ、オーボエなの?星楽ちゃんのクラリネットやりたいって言ってなかったっけ?」
わたしはクラリネットの棚の前でワイワイしている女子二人組を、ちらっと振り返る。
「最初はそう思ってたんだけど…オーボエは、星楽ちゃんが唯一吹けなかったっていう伝説の?楽器だから、どんな楽器なのかなって興味があって。」
「だったらかなり難しいんじゃ…」
「そうね。オーボエは世界で一番難しい楽器だもの。」
すると、横から北上先生が覗き込んできた。
「そうなんですか?」
「そうそう。ギネス世界記録にも登録されているわね。」
『世界で一番難しい楽器』と言われると、かなりの重みがある。
「そんなに難しいんだ…」
ユキちゃんは不安げに俯いた。
「オーボエ、うちの学校には無いから、やりたいなら買ってもらうようになるけど。」
「買ってもらえる予定でいます…でも、もう少し考えます。」
「分かった。…個人的には、オーボエのあの豊かな音色は吹奏楽部に必要だと思うな。」
先生はふふっと微笑む。ユキちゃんは先生の意図が分かったのか、少し驚いた顔をした。
「で、あなたは何の楽器がしたい?」
先生は今度はわたしに声を掛けた。
あっ、そういえば何も決めていなかったな。ずっと他の子達に『何にするの?』と聞き回っていたから。
「わたしは…」
わたしは楽器棚を見渡した。特にこれと言ってやりたい楽器はないけれど、この大量の楽器からどれか一つ選べと言われても…
「あっ…」
わたしは、まるでカタツムリのように不思議な形をしたケースが目に入った。
「それは、『ホルン』って楽器ね。気になる?」
「なんか、形が…」
北上先生はわたしの隣に来ると、楽器を取り出して、楽器ケースを開けた。
パカ、と中から出てきた楽器は、やっぱりカタツムリだった。先だけ出っ張ってて、首が細いカタツムリ。
「これはね、特別な楽器なのよ。金管楽器だれど、木管楽器にもなれる。リズムを取る役割もあるから打楽器にもなれるかも。」
北上先生はボロボロのガーゼで楽器の表面を拭く。十数年ぶりに出す楽器はかなり埃っぽかった。
「特別…?」
「そう。この楽器はあまり目立たない。でも、金管も木管も打楽器も、すべてを繋ぐことができる楽器なのよ。」
『あなたにぴったりかもね。』北上先生は、優しくわたしに微笑んだ。
繋ぐ。わたしは先生の言葉に、とても惹かれた。
「先生、わたし、この楽器がやりたいです。」
【♪♪♪】
……それからは、本当に毎日が大変だった。
全員が一年生の初心者で、楽器を教えてくれる先輩も居ない。
みんな『分かんない』『出来ない』と愚痴を零しながら、教則本を見たりして毎日必死に練習した。
北上先生が講師の先生を呼んでくれたりもして、なんとか吹けるようになっていって。
二ヶ月後、初めて合奏をした。正直レベルとしては低かったと思うけれど、みんな達成感でいっぱいだった。
『夏のコンクール、出ようよ。』その日、そう決めた。
みんなで一生懸命練習をして、た吹奏楽コンクールA部門。たった八人で五十人余りの大編成と闘った。
結果は『銅賞』。講評も、悪いことばかり書かれていた。
でも、それでもみんなは喜んでいた。賞をもらえただけでも良かった。そう言って。
それからというもの、地域の行事に演奏の依頼を貰える事が増えた。
小学校、公民館、老人ホーム。わたしたちは街中を回っては演奏した。
大変だったけれど、お客さんから『良かったよ。』との声を貰えるたび嬉しくなった。
同級生も途中入部してきたり、二年生からは後輩も一気に増えて、八人から三十人近くまで部員が増えた。
各自の演奏技術も、全体のボリュームもどんどん上がっていく。
その分、初めは優しかった北上先生もかなり怖くなって怒ることも増えたけれど。それだけ、演奏も上手になっていったんだ。
みんなは仲が良かった。和気あいあいとした楽しい毎日。音楽室には笑顔が耐えなかった。
でも、すべてが順風満帆というわけではなかった。
時に、部での人間関係のトラブルや楽器の上達に悩み、落ち込んだり涙する子たちも居た。
わたしはその子達を一人にしたくなかった。だから精一杯話を聞いて、励ました。
そうしたら、その子達はまた笑顔になってくれたんだ。
その度に、わたしの『夢』が少しずつ叶っていっているのだと感じて、嬉しかった。
そして、あっという間に三年生。
最後の夏が、始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます